孤高の一族
ステゾーとセイジは、僕らを守るように背中合わせにアンドロイドたちの前に立ちはだかり、刀を手に身構えた。
「セイジ、俺は右を取るっ!」
「よっしゃ!俺は左な!」
ステゾーは言うが早いか、右方向から突進してきたアンドロイドの頭を力任せに蹴り上げた。
「おらよっ!」
のけ反ったアンドロイドの体を肩から袈裟斬りにすると、その胴体は小気味よい切断音をたてて真っ二つに切り裂かれ、いとも簡単に足元に崩れ落ちた。
セイジも左に自ら躍り出て、下段の構えから剣先を力任せに片手で天に振り上げると…
一閃!
凄まじい衝突音とともにアンドロイドの首が落ち、はねられた首がコロコロと僕らの方に転がってくる!
「やっ、ヤバッ?!」
カラはまだインジケータランプが点滅している首が飛んできたのを慌てて避けた。
あれほど僕らを苦しめてきたアンドロイドたちが、こうも呆気なく片付けられるとは…
とても…、信じられない…
これまで規則正しく編隊を組んでいたアンドロイドも、二人の力量を見て分が悪いと悟ったのか、今度は一斉に襲いかかってきた!
しかし、ステゾーとセイジは、目にも止まらぬ速さで彼らのあいだのわずかな隙間を駆け抜けていき、その通り過ぎたあとには、腕や首を失ったアンドロイドたちが火花や黒い液体が噴き出して立ち尽くすばかりだった!
あまりに速い動き…
おそらく、アイツらは、自分たちが切られたことさえ気づいていないんじゃないか?
カイン、カイン、カイン、シュヴァッ、ジャッ!
月光の下の校庭で、金属と金属が激突し、切断する音だけが延々と響きわたる。
ステゾーたちの動きは、まるで蝶の舞いのようだ。
切り払う、切り返す、踏み込む、走り抜ける。そのたびにアンドロイドが次々と倒れていく。
--------が、僕はある不思議なことに気づいた。
「カラ…見たか? 今の」
「ああ…にらんだだけで…奴らの顔が、逸れた…」
そうなのだ。
攻撃の直前、押し寄せるアンドロイドの顔を二人がグッ、と鋭くにらみつけると、まるでその視線そのものが武器であるかのように、アンドロイドの顔がプイ、と反対方向に弾き飛ばされる。
そして、彼らの構えが崩れた瞬間、日本刀は容赦なく正確にその首をはねていく…
「何なんだ?あれは?」
僕は呆れたような顔で軽々とアンドロイドたちを片付けていく二人の姿を見つめていた。
そして、奴らの半分くらいがステゾーとセイジに倒されたとき。
----------ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
背後からドローンの甲高いプロペラ音が聞こえた!
「え?」
僕が振り返ると、その上空には、三機のドローンに吊るされた、カーゴネットに乗ったマツオの姿が!
なんと、ネットの隙間からマツオが手を出し、消火器のホースを持って狙いを定めている!
「くらぇっ、泡の雨だぁぁぁぁっ!!」
未だ集団でステゾーとセイジの隙を狙っていたアンドロイドの群れのうえに、噴射された白い泡が降り注ぐ。
空からの泡攻撃は、全てのアンドロイドとはいかないが、数体の顔に降りかかり、彼らを混乱させた。
それを一瞬見上げたステゾーが微笑んだ。
「どうして、どうして」
セイジも反応した。
「よぉう。恩に着るぜ。じゃ、目くらました分は俺がいただくっ」
ステゾーがチッ、と舌打ちした。
「前回の負け、一気に取り戻すつもりか?」
セイジはニヤリと笑った。
「そういうことだ」
それからは、あっという間だった。
僕らの心に、驚きと疑念が混ざる中、アンドロイドとの死闘は、あまりにもあっけなく終息した。
校庭には、無惨に散らばるアンドロイド三十体の切断された胴体や首や手足…
最後のアンドロイドの首をステゾーがスパン、と切り終えると、彼は鞘の中に落ち着いた様子で刀をカチリと収め、セイジもニット帽を脱いで汗を拭った。
「上出来、上出来」
勝ち誇った顔でセイジがアンドロイドの残骸に足を乗せ、高笑いしている…
ステゾーも黙したまま満足げに校庭にちらばった彼らの残骸をゆっくりと見渡した。
僕は、二人に声をかけることさえ忘れて、自慢げな彼らの顔をただ、ただ、呆然と見ていた。
が…
いきなりなにかの気配に気づいたかのように、セイジが校門の方角を慌てて振り向いた。
ステゾーも同様だった!
「親方ッ?!」
ステゾーとセイジは驚いて目を丸くしている。
僕らが視線を校門に移すと、そこには、古びたローブに白いヒゲを蓄えた、白髪の髪を束ねた老人がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
あの、瀬神谷にいた長老格のおじいさんだ!
「なんとまあ…こんなオクごときにこのように時間をかけおって。先が思いやられるのぉ」
親方は眉間にシワを寄せ、さも不機嫌そうだ。
「親方っ? 来ていたんで?」
二人は思わず固まって背筋を伸ばした。
親方は鼻をふん、と鳴らした。
「少なくとも、今の半分の時間で制圧できねば、百体、二百体を相手にまともに闘うことなど出来んわ。帰ったら『芥屋』の中にでも籠もって修行し直すことじゃな?」
バツが悪そうに二人は頭をかいている。
「直接のお出ましとは? いったいどうなすったんで?」
ステゾーが遠慮がちに尋ねた。
今来た道をチラ、と振り返ると、親方はさも当然のように言い放った。
「まぁ、南西の夜空を見て、あのように気が乱れていれば、気付かないものなどおろうて…」
ステゾーとセイジは照れくさそうにうつ向いた。
が、すぐに、ステゾーはその場の重い雰囲気を打ち消すかのように、素知らぬ顔で僕らに声をかけてきた。
「いっゃ~、君らも…、ワタルくん?だったっけ? ドローン操縦して彼が手助けしてくれたんだよな? にしても、よくぞここまでアイツラから逃げおおせたもんだ。感心するよ、ホント」
セイジも口をはさんだ。
「お前ら、倉庫の闘いから気ぃ張りっぱなしだろ? ろくにメシ食ってねぇんじゃねぇのか?」
すでにドローンから降りてそばに来ていたマツオが目を輝かせて大きく何度も頷いている。
僕も食事、と聞いたら、途端に腹が鳴り出した。不思議なもんだ。
ステゾーが言った。
「よっしゃ、ここで、キャンプファイヤーといこうぜ!」
セイジが嬉しそうに白い歯を見せた。
「じゃ~オクたちの残骸、集めっか? こいつら、何の燃料使ってるかしんねーけど、よー燃えるんだよな、これが」
アンドロイドたちとの闘いが終わり、月夜のグラウンドには静けさが戻った。
冴え冴えとした月光に照らされて整然と並ぶドローンの手前には、累々としたアンドロイドたちの残骸がちらばり、僕らは薪がわりになりそうな大きさの破片を拾い集め、一ヶ所に山をつくった。
「カラ、着火棒」
僕がカラにうながす。
うなずいたカラは、ポケットからマグネシュウム棒を取り出し、ヘラを当てると、火花が散り、そこにいた全員が声を挙げて驚くほど一気に赤い火柱が立ち、あっというまにその火は全体に広がった。
「すげ~!鉄板焼みたい」
マツオが目を輝かせている。
「非常用持ち出し袋から鍋出して、テキトーに湯、沸かすといい」
ステゾーがうながした。
言われるまでもなく、僕らは思い思いのカップ麺を選ぶと、焚き火で沸かした湯をそそぎ、一分も待てずに、熱いめんをズルズルと勢いよく頬張った。
なんとか生き延びた…
温かい麺を口からかき込むたびに、自分たちが生きてるってことをしみじみと感じる…
未知の燃料で燃え盛る焚き火は、これまで地上で見てきたどの火よりも発色が良く、透き通るようなオレンジ色の巨大な炎の壁が夜空をチロチロと焦がしている。
ゆらゆらと揺れる炎は、火を囲むように座っている親方とステゾーとセイジ、そして僕らの顔を紅く染めている。
が、状況が落ち着いてくると、僕の頭の中には、さまざまな疑念が生じた。
アンドロイドは、そもそも何が目的で僕らに襲ってきたのか…
アンドロイドは誰がつくったのか
新型肺炎とアンドロイドの出現は関係があるのかないのか
ホームレスと思っていたステゾーとセイジが、なぜこれほどの力を持っているのか…
考えれば考えるほど、分からない。
「ステゾーさん…」
「ん?」
炎で顔を照らされたステゾーがこちらを向いた。
「あのぉ…」
僕が言い出しかけて押し黙ったのを見て、ステゾーが笑いながら応えた。
「いろいろと聞きたいことあんだろ? そりゃそうだよなぁ… もし俺が逆の立場だったら、頭が混乱して気が狂ってるかもしんねぇ。…ねぇ? 親方…。正直に俺らのこと、話してもいいんすか?」
問いかけられた親方は、蓄えたヒゲをしばらくモゴモゴと動かしていたが、やがて重々しくその口を開いた。
「そもそも…」
そもそも?
「そもそも、われわれは、その存在が世に知れてはいけない氏族なのだ。だが、一方で、なぜか、この滅亡寸前の混沌から世界を救い出す術を君らだけが持っている、と、わしの霊感が告げてくる…。ふふっ…なぜじゃろうのぉ…?」
僕は目が点になった…
カラもマツオも口をつぐんだままだ。
が、思い詰めた顔をしていたカラが突然顔をあげ、勇気をもって親方に問いかけた。
「僕らも…。あなたがたが単なるホームレスじゃないってことぐらい、もう分かりますよ。しかし、ここまで来たら、ここでいったい何が起こってるのか、ぜひ、知りたいんです。教えていただけませんか?」
カラは唇をぎゅっと結び、炎で光る眼を親方に向けた。
親方は、しばらくオレンジ色に染まったあごのヒゲをゆっくりと触っていたが、やがてその手を止めた。
「浮浪者は世を忍ぶ仮の姿。時が来たのだ」
そばに置いていたペットボトルの水で口を湿らすと、親方は語り始めた。
「その昔…。まだわが国において未だ大和王権の姿さえなかったころ。 九州において、武器となる「鉄」、いわゆる「モノ」を自在に操ることの出来る民、「モノ・ノ・ベ」がいた。彼らは百以上も乱立する他の国々のひとびとから畏怖され、彼らの崇拝する祖霊は「モノ・ノ・ケ」と呼ばれ、荒ぶる戦士たちは、「モノ・ノ・フ」と言われ恐れられた。が、その後関西地方の豪族を次々と併呑し巨大化していった大和王権によって九州王朝は滅ぼされ、我々一族も全国へと四散した。
が、モノノベの一族は、その後も、この国を常に正しい方向へと導くために、どちらか一方の者に加担してきた。
壇ノ浦の戦い。
大坂の陣。
関ケ原の戦い。
戊辰戦争。
天下分け目の闘いと言われた危急の際は、我々モノノベ一族は、正史に現れない国を守る影の武闘派集団として、数千年の間、国家の隠然たる勢力として君臨し続けてきたのだ。
そして…
一方では、ヒトではない者との闘いも続けてきた。
そのひとつが、君らが今回苦しめられてきた『オク』なのだ」
マツオが反応した。
「オク? あのアンドロイドのこと?」
ステゾーが口をはさんだ。
「ああ、そうだ。あの格好で、素知らぬフリして日本に潜り込んできてたんだよ。見かけは主婦なんだ。だから、俺らはアイツラをこう呼ぶ」
「どう?」
マツオが聞いた。
「奥さん」
マツオとともに、僕らもいきなりズッコケた。
「そのまんまじゃん?」
マツオが呆れて声をあげた。
ズッコケられたステゾーはポッっと顔を赤らめたが、少し腹を立てたように口を尖らせた。
「ま、ネーミングはどうでも良いんだよっ。縮めて『オク』、だ」
話しの腰をおられた形になった親方は、ニ、三度咳払いしてまた語り続けた。
「信じられんかもしれんが、我が一族は、今回の終末を、数千年前から予見しておった。なぜなら、きゃつらの侵略はこれが始めてではない。数年前からその勢力を強め、そして、我々の存在に気づき、闘いを仕掛けてきた。が、ここ数年、今までにない大量のオクを我々に指し向けてきたのだ」
「なぜなんですか?」
僕は問いかけた。
「それが分かれば苦労はせん。が、今回、新型肺炎というまったく新しい要素によって、彼らの目的が我々を滅ぼすことにあれば、まさに願ってもない展開だといえる。だから、危惧しておるんじゃ。我々はこのようなことのために、ホームレスとして瀬神谷に身を潜め、来たるべき時のために鍛錬を積んできた。いま、その時が来たのじゃ」
確かに、親方の言う通り、今の日本はこのままじゃ滅亡してもおかしくない。
けど、新型肺炎を封じ込めることはまだ難しいかもしれないけど、あの『オク』と闘うステゾーとセイジの圧倒的な力を見せられれば、まったく問題もないような気もする。
僕は疑問をぶつけてみた。
「けど、ステゾーさんやセイジさんって、バケモンみたいに強いじゃないですか? オクなんて、まったく歯が立たないって感じでしたよ。だから、怖がることないんじゃ?」
ステゾーとセイジは、顔を見合わせてニヤニヤしている。
なんで笑ってるんだろ?
ステゾーが口を開いた。
「あんなぁ、アイツラは『オク』だけじゃないんだよ。お前らは知らないだろうが、オクとは比較にならないほどの力を持ったアンドロイドもいる」
僕は驚いた。
「え~っ?! どんなヤツなんですか?」
「人型アンドロイド『殲』だ」
「殲?」
「ああ。これが一体でも来た日にゃあ、俺ら二人がかりでも怪しいってもんよ。だから、そいつが来たときは、逃げるが勝ち、と決め込んでる」
もう、次から次へと信じられない話しばかりだ。
僕はため息をついて、ひとまず会話を止めた。
まだまだ彼らに聞きたいことはごまんとあるが、まずは今日を生き延びただけで良しとしよう。
僕の様子を見て、親方が軽い笑い声をたてた。
「疲れるのも無理はない。早々に寝たいだろうが、あの、地下壕にいる仲間たちにも、まず、今日は安心するように一声かけてきたらどうだ?」
僕は慌てた。
「あっ! すっかり忘れてた!」
立ち上がっておしりの砂を払うと、まだ座ったままのカラとマツオに声をかけた。
「ミコと話そう!寝るのはそれからだ」




