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飛べ!ドローンよ!

 導善博士も通話に割り込んできた。

「Jesus Christ! ドローンが飛び立つ前に君らが捕まったら計画は台無しだ!街の未来も閉ざされる!ワタルっ、急げっ急ぐんだっ!」


 トランシーバーの向こうにいるワタルは無言のままだ。

 僕の心に火が付いた!

「なぜ肝心なときに固まるんだよっ?」


 冷静を無理に装おうとしているのか、こわばったワタルの声が聞こえた。

「固まってるんじゃない…割り出しているのさ…。さっきも言ったように、パスワードに安易なものを利用しているのは間違いない…しかし、AIがこれまでに割り出した候補は、どれも見たかぎり、五十歩百歩で、確証が持てない…。 

 …Athena! さっきの三人の情報を含めた形で再度パスワードを割り出すんだ!」


 カッコつけてんじゃねぇよ、生きるか死ぬかって時に!


 見ると、モニターに映る三体のアンドロイドが、正面玄関の門を押し倒している!!

「まずいっ、カラ、マツオっ! あの勢いでは、すぐにここまでやってきちまうぞ!格納庫前のドアを塞ぐんだ!」


 ワタルが叫んだ。

「三十分経過!パスワードロック解除!」


 けたたましく鳴り響くサイレン音に機械音声が重なる。

「玄関から何者かが侵入しました。警備員は直ちに現場に急行して下さい。入口電子錠パターン変更。入口電子錠パターン変更」


 ワタルは、もう、半分叫びながら話している!

「ターゲットロック完了!

 来いよ!

 来いよ!

 来いよ!

 来たっ!3つだ!


 deborah_0906

 deborah#0906

 deborah0906」


「そ、それって、僕がさっき言ってた社長の娘の誕生日?」

 マツオが驚いた。

「マツオっ!のんきに会話してる場合かっ? 一緒に手伝え!」

 僕は思わず叫んだ。


 格納庫のドアのそばには、背の高い掃除用具入れやスチール書庫があり、僕らはそれを横倒しにすると、ドアの前に密着させ、幾つも重ねていった。それでも重量が足りず、手分けしてバーベルほどの重さがある交換用のドローンの台座を三人がかりで持ち上げ、スチールラックが動かないよう固定させた。

 そこで、またセキュリティの音声が?!

「玄関ドアの電子錠が何者かに破られました。ただちに警備員は現場に急行して下さい」


「ワタルっ、まだなのか?」

 導善の焦りも頂点に達している。

「もう入力してる!…けど、二つは蹴られたんだよっ!

 残るはあと一つ!


 deborah0906…


 けど…

 けど、僕の直感が、なぜか違う、と言ってくるんだ…


 チャンスはあと一回きりだ!

 ……      

 Athena! ヒントはっ、

 他に…

 …何か、他にヒントはないのか?…

 ヒントをくれ!


 Come on!

 Come on!

 Just think!

 Think!

 Think!」


 ワタルは自らを鼓舞するかのように絶叫している。


 もう間に合わないのか? せっかくここまで来たっていうのに?

 …自分が何一つ力になれないってのがもどかしすぎる!!


 最悪の事態も備えて、次の一手を僕が必死にひねり出そうとした時!


 そこにマツオが突然、悲鳴に近い声でワタルに問いかけた。


「デボラはっ、、、三女だッたよね?!」


 一瞬の沈黙のあと… ワタルが言った。


「!

 そ、そうかっ!!

 いや?待てよ…

 ………

 うん…


 ……よしっ!

 これだ!

 きっと、これしかない!


 一か八かだ!


 デボラは…三女!


 残る最後のパスワードは…


 deborah0906


 …これを3文字目から始める!


 すると、それは…


 borah0906de


 これでっ…

 これで、

 どうだあっ!!」


 キーボードを力任せに指で叩く音が!


 ……


 ピッ!


 トランシーバーがAIの冷静な声を拾った!


「認証に成功しました」


 …時が…止まった…

 

「突破!!

ハハ、ざまあみろ!やったぞ! 見たか、大甘セキュリティ!」


 ワタルが歓喜の声をあげた瞬間!


 ドン!ドン!ドン!

 格納庫ドアを乱暴に叩く音が聞こえた!


「来たぞっ、来たぞっ! みんな、武器になるものを持てっ!」


 僕はカラとマツオに声をかけると、開いていたスチールラックの中の支柱を力任せに引き抜いた。

 カラは、その場にある工具箱からレンチを取り出した。

 マツオはしばらくキョロキョロしていたが、小さな消火器を手に取り、身構えている。

 生きるか死ぬかっていうのに、僕はつい吹き出しそうになった。


「よし、制御システムに入った。Athena!現在の飛行計画データを解析、指定地点への新航路を編成…ドローンIDナンバー…積み荷はコンテナ1から100まで、全てだっ」

 ワタルがそう言い放つと、床に埋め込まれたLEDランプが赤から緑へと次々と変化していく。

 僕は思わず息を飲んだ。


「指定ルート。セガミタウン郊外ルートCに変更」

「航路、維持。発進プログラム、スタンバイ!」

 ワタルの声が弾んだ。


 ガツッ、ガツッ

 格納庫の扉と金属が激しくぶつかり合う音が室内に鳴り響く。

「タケシ、自分たち、どうしたら…?」

 カラが青白い顔で尋ねてきた。

 マツオも今にも泣きだしそうだ。

 そうだ! この前は運よく二体に勝てたが、今回は三体。とてもかなう相手ではない。荷物が学校まで運べたとしても、自分たちが捕まってはどうしようもない‼


 ドアが激しく叩かれる!

 金属製の分厚い扉がゆがんできしんでいる!

 少しずつスチールラックが僕らの側に押し戻されている!


 僕は歯を食いしばるしかなかった。

「ワタル、何か策はないのか?」


 ワタルは即座に命じた。

「ドローンに乗るんだ!」


「え? なんだってぇ?」

「ドローンに乗れってば!」


「うそでしょ? そんなこと出来ないよ?」

 マツオの眉が絶望的なまでにハの字になった。

「いいから聞けって!」

 ワタルが舌打ちした。

「ドローン貨物の一部を離脱させるっ。コンテナ1番、2番にタケシ、5番、6番にカラ、7・8・9番にマツオ。荷物網に入って、もう一方のドローンの網とカラビナで接続しろ。機体はこちらで同期させて安定させる! 迷っている暇はない。今すぐ行くんだ!」


 ワタルの声に背中を押され、まず僕とカラはぐずるマツオをドローンのかご網に無理矢理押し込み、金具で三つの機体をつないだ。すると、網が巨体でぎしぎしと音をたてた。

「どうしたらいいの?」

 マツオは不安そうだ。

「どうしたもこうしたも…乗ってりゃいいんだよ。アトラクションの一種と思えば楽勝だろ!」

 カラが言い放つと、僕を振り向いた。

「次は俺たちだ!」


 互いにうなずくと、僕らは自らドローンのかご内に入り、金具を隣のドローンのかごに引っ掛け、力任せに引っ張り、強度を確認した。


 ガン、ガン、ガシャーン‼

 ドアの扉のヒンジが金切声のような断末魔の叫び声をあげたかと思うと?

 

 とうとう、僕らがつくったスチール棚のバリケードを破り、主婦型アンドロイドが室内になだれ込んできた!


 僕は慌てた!

「ワタルっ! まだかっ?まだ発進しないのか?」


「チッ、警備システムが干渉してるっ… 

 仕方ない。 強制出荷ボタンを押すっ!!

 飛べっ! 飛ぶんだ!!」


 ピッ

 ピピッ


「全機、発進!」


 キィィィィィィィン‐―――

  回り始めたプロペラの風斬り音に鋭いモーター音が重なり、空気が振動する。

 整然と並んでいたドローンの機体に次々とLEDライトが点灯し、心臓が脈打つように明滅している。


 ワタルが叫んだ。

「格納庫が開くぞ!」

 見上げると、格納庫の天井ドームがゆっくりと開き、夕暮れ時の冷たい風が一気に吹き込んできた。

 ドローンのプロペラがいっせいにうなりを上げる!

 

 ゴォォォォォォォォ―――


 まるで集団の意思を持つかのように同時に浮き上がる機体!


「う、うわっっ」

 カーゴネットが次第に持ち上がり、僕らの身体は徐々に床から離れ始めた!

 白いダストが舞い、百機のドローンたちが空間を埋め尽くし、中空で姿勢を維持したまま留まり、ゆらゆらと揺れている。


 アンドロイドは、室内に飛び込んできたものの、事態が飲み込めないのか、しばらくキョロキョロと格納庫の広い室内を見回していたが、やがてそのうちの一体が僕の姿を認識すると、全速力でこちらに向かってきた!


「ヤベェ!」


 すでに僕の乗るドローンは今まさに床を離れ飛翔しようとしていた。

 が、アンドロイドはドローンの離発着用の台座を足蹴にし、軽々と跳躍すると、右手で僕の足元のネットを掴んだ。

「こっ、この野郎! 離せっ、離せっ!」

 何とか掴んだ指をほどこうとするが、びくともしない。

 アンドロイドの全体重がドローンにのしかかると、機体はその重みに耐えかね、バランスを必死に立て直そうとしているが、今にも墜落しそうだ!

「くそっつ!」


 一瞬…


 もうダメかもしれない。

 カラとマツオにあとは託そう。


 そんな考えが浮かんだ。



 が!

 そんな思いを吹き飛ばすかのように、次の瞬間、僕の身体とアンドロイドの身体は泡まみれになっていた?!


 振り返ると、マツオが網の中から消火器を構えている!


「マツオ!お前…」

 サンバイザーが泡だらけになったことで、視界を失ったアンドロイドは、バランスを崩して落下し、大きな音をたてて背中から床に激突した。


「身体だけでも重いってのに…消火器持って網に乗るなんてよ…」


 突っ込みどころ満載だな。


 …なぜか笑みが止まらない。

 マツオはニンマリと笑って親指を立てている。

 苦笑いするしかない。


 ドローンの群れは、下から僕らを見上げるアンドロイドたちをあとにして、天井のドームを越え、いったん格納庫上空で静止した。


 網の中から僕らが見たのは、はるか瀬神湾方向に見える夕日だった。

 ドローンの白い機体が夕焼けで一機々々真っ赤に染まり、浮かんで姿勢を維持する様は、この世のものと思えないほどに美しい。

 しかし、景色だけを純粋に楽しむ余裕はもちろんない。

 なにしろ、足元には何も床がなく、ネットに引っかかっているだけなのだ。

 あ、アンドロイドたちが為すすべもなく立ち尽くしたまま発着場からまだ僕らを見つめている!


「ざまみろ、人間様に逆らうなんざ、十年はええんだよ!」

 カラが下を向いて叫んだ。

 航路を見定めたのか、百機のドローンは一斉に瀬神高校の方向へと、夕日を背にしてゆっくりと渡り鳥のように集団で動き始めた。

 海からの夕暮れの冷たい風が心地よく後ろから吹き抜けていく。


 トランシーバーからワタルの声が聞こえた。

「どうした? 皆んな? 無事なのか?」

 導善も緊迫した声で尋ねてきた。

「無事なら返事してくれ!一言でもいい!」


 二人の声で僕はようやく夢から覚めた心地がした。


「ああ、大丈夫。全員怪我もない」

 ややあって、導善が応えた。

「…良かった…この成功は…、大きい…大きいぞ!よくやった。よくやったっ…」


 導善の称賛を聞きながら、僕は遠くで夕日を浴びて輝く、瀬神高校の白い校舎をじっと見ていた。


「ワタル」


 僕は声をかけた。


「なんだい」

 まったく。ぶっきらぼうな返事だ。


「恩に着るぜ」


 しばらく無言だったが、やがて照れくさそうなワタルの小さな声が聞こえた。


「We got it.」


 闘いは始まったばかりだ。

 けど、僕の心の中は、なぜか、高揚感でいっぱいだった。




 


 


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