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小説

波打ち際の錯綜

作者: 永井晴

ー青年が二人、海沿いの宿で休んでいたー


「せっかくの機会なんだから、腹割って悩みでもなんでも話そうぜ」

そう友が言った。青年はつい最近、悩みの共有ほど無益なものはないと知ったばかりであった。

「まあ、うん、いいよ。じゃあ、まずはお前の方からでいいよ」

「そうだなあ、俺が一番考えてるのは、こうして俺らは結構深い関係だけどさ、他はなんか薄い人間関係ばっかりじゃん?それで大勢で群れたりしてて。学校とか特にそうじゃない?だから、結局みんな寂しいんじゃないかなってさ。だからどうしたら世の中もっと良くなるかなあってさ……」

友は友なりに考えているように見えたが、なんの期待もなかった青年は事なきを得たように感じた。

「確かにね」

「そう、俺になにか出来ることはないかなってずっと考えてるんだけどさ、」

青年は、この友は悩みを誰かと語り合うという状況を体験してみたいだけかと考えた。そうでなければ、あまりにも拍子抜けである。

少しの間、黙って青年は海を眺めていた。

「お前はなんか、悩みとかある?」

「うーん、悩みとかって他人に言ってもほとんど無駄だってことに最近気づいてさ、」

「そうか?」

「うん。共感なんてほぼないと思うし、」

「まあ聞かんことには分かんないしさ」

ほぼ、そんなことを言ったのがいけなかった!絶対にとか、全くとか、そういう言葉で、友の付け入る隙なんて作らなければよかったのに!

「うーん、じゃあ、ちょっとだけね」

なんの論理にもなっていないとは思いつつも、青年は友に、そっと自分の懊悩を覗かせた。彼が何か、青年の中に重大なものを発見するとを信じて……


誰もいない波打ち際、夕暮れが差す美しい時、波音が何やらぐずぐず言っている。

「ああ、ああ、ゆこうかな、ああ、ああ、」

何度も何度も、虚弱な往来を繰り返す。カモメは沖の方から帰ってくる。梢にとまって、この入江を見渡す。遠くの空間は歪んで、夕日が風に揺れている。手前に広がる砂地は、痛いほどに眩しかった。

「ああ、ああ、あいつにとかされてしまうかも、ああ、」

熱く揺らめく地面の上に、波の消え去る幻が浮かぶ。

「ああ、きれいなんかじゃ、ないって、ああ、ああ、」

その呟きは、気まぐれに響く。しかし辺りはほとんど静かであった。

波は、カモメの発つのと同時に陸地へ上がって、海の中へと戻って消えた。波の煩いは、幻に終わった……


「若さっていうのは本当に綺麗だなってね、」青年の悩みというのは壮大であった。また、大変美しくもあった……


そしてまた、新しい波が来る。しかし大きな波は沖の方にいつも居座っていた。それもいくつか、複雑に混ざりあったような大波である。それらが何を持って、この砂地にやってくるのかは分からない。誰も大波の性質を知らないのである。こんどこそは、本当に砂の中に呑まれるかもしれない。だからいつまでも沖にいるのかもしれなかった……


(波というのは、揺れている間は光を反射してきれいだ。でももし、それが若さの本質であるなら、僕はいつか、大波の消えるその前に……)

青年は海を眺めていた。きっと友に語るにはもう十分な位を過ぎてしまったから、ただ黙って外を見ていた。そんな彼を、暖かい表面と肌寒い尻尾で愛撫する潮風が部屋を抜けた。辺りは今すぐにでも崩れてしまいそうであった。

(最近、海の波音が聞こえる時がある。耳鳴りのような、遠い記憶のような、そんな感じが時々する。耳をすまし、目を閉じれば、誰もいない小さな海岸が目の前にあった。波は、打ち寄せては還った。

僕の悩みというのは、波のようなものかとふと思った。何遍かグズグズしたあと、さっと消えてしまうような小さな波では無い。もっと壮大に、僕の方に迫り来る大波である。それもいつかは砂浜に着き、砂に溶けてなくなるのかと。しかし今沖の方に見えるそれは、美しい煌めきを纏う。波が来れば、悩みが消えれば、僕は何も煩うこともなくなるはずだが、あの美しいものも消える。そっちの方が遥かに重大であった。あの波はいつ来るのか。僕は懸命に想う。はたまた遠くに見えるというのは、蜃気楼であろうか。そんなことを考えて、僕はいつも恐ろしくなる。波音がする。どの波の音かも分からぬような、そんな錯綜の中に沈んでゆく感覚がする……)

友は言い出しっぺであることも忘れて、スマホを弄っている。青年は彼をちらと見て、また海の方に視線をやった。潮風の中、荒れる波打際ををただ一人で歩いてた。



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― 新着の感想 ―
やがて自分を飲み込むかもしれない『大波』とは、若さを失った大人としての凡愚な未来の自分なのか、今も外部にあって、時折、ブツブツと呟きかける『大衆性?民衆性?』のようなものなのか?まだ沖の方に美しく見え…
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