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半兵衛温泉宿に滞在す  作者: 十三岡繁
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後編

 三日目の夜に盗み聞きをするつもりは無かったのだが、その娘さんの若い男との会話が半兵衛の耳に入ってきた。


「千蔵さんは私が江戸に行って妾になっても構わないんですか?」

「僕はしがない竹細工屋の跡取りだよ。妾でも大店だったら玉の輿じゃないか。僕にはそれをとやかく言う資格はないよ」


 翌日半兵衛は竹細工屋に土産を買いに行った。店先で作業をしている朴訥な青年がいた。お世辞にも二枚目ではないが真面目そうな好青年である。彼は半兵衛に気が付くと

「いらっしゃいませ」と軽く頭を下げた。


 予想に反してと言ったら悪いが、店に置かれた竹細工はそれは見事なものであった。半兵衛は盛ざるを一つ買う事にした。青年が盛ざるを丁寧に和紙で梱包しながら半兵衛に聞く。

「お客さんお江戸の方だよね。大店であれば妾というのも幸せなものなんだろうか?」

「子を産んだら途端にお役目御免になって、遊女になる妾も多いらしいよ。江戸にいないと分からないかもしれないけどね」それは嘘だった。当時は妾であっても子を産めば主人の死後でも大切にされた。



 半兵衛は当時としては珍しく戯作げさくで生計を立てている。宿帳には適当な名前が書いてある。彼の私生活は嘘で塗り固められている。しかし彼の書く戯 作には嘘が無い。食事のうまい温泉宿と細工のいい竹製品屋はその後大層繁盛した。


 親しい者は彼を『嘘つき半兵衛』と呼んでいる。



江戸と平安は日本独特の文化が花開いた素晴らしい時代ではないかと思っています。

スマホもTVもないその時代と今を比べてみて、今の方が幸せだと言い切れる人がどれくらいいるんでしょうか?


江戸という時代背景の中で、何気ない日常の何気ない変化を、ゆっくりと流れる時間と共に映し出せたらいいなと思います。とりあえずラジオ大賞用に1000字以下の短編で書いてみましたが、いつか長編を書いてみたい主題です。

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