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88話 聞き耳をたてる者

「僕が虹竜の力を得て王になるのなら。人が暮らしやすい国だけではなく、レイラーンに生きるものたちにも配慮できる王になれるよう努力します」


 再度頭を下げたランシャルを母スネーブルは見つめていた。

 安請け合いするような言葉ではなく、なれるよう努力すると言ったところに誠実さを感じることができた。


  ・・・・・・約束だぞ


「はい、約束します」


 念を押す彼女にランシャルは真っ直ぐな声で誓った。

 母スネーブルの瞳に残っていた怒りの炎が消え、すいと細くなる。金色の虹彩の中央で縦に細くなった瞳孔が黒い穴のように見つめていた。

 それはまるで鍵穴。

 約束という鍵で怒りを閉じ込めたように、ぎらりとしながら落ち着いていた。


「約束しちまいやがった」


 まだ悲しみが横たわる静かな中に、ゴルザの呟きがぽとりと落ちる。

 母スネーブルは動かなくなった我が子の頭をなで、愛おしそうにふたつの亡骸を抱え上げた。そっとゆっくりといだくその姿は、死を受け入れ生きた時間を誉めているようだった。


 立ち去るスネーブルの後ろを生き残った1匹の子がついていく。彼らの後ろ姿を見送った後、シリウスが口を開いた。


「出来るかどうかわからぬ事を勝手に約束しないでください」


 苦言のようでありながら怒りをまとった声に、霊騎士たちは声もなく笑った。


「思い出すな」


 静かに言ったダルフの言葉に霊騎士たちも静かに頷く。


「まるで虹竜とユリシズのようだ」


 勇者ユリシズ、今は亡きリーダー。

 フィルがくすりと笑い他の者がにやりと口の端を緩める。霊騎士たちは同じ場面を思い返していた。


 虹竜へユリシズが最後の一撃を見舞おうとしたその時のことを。


「殺さないで! 私の子を殺さないで!」


 虹竜は腹に手を当てて懇願した。

 子をはらみ心が乱れて災害を起こしてしまったと。涙ながらに助けを乞い訴えた。


「私の力を貴方に託します」


 手を止めたユリシズへとどめを刺せと皆は言った。だが、ユリシズの心は動いた。


「私の力が弱まれば災害も起こらなくなるでしょう。力が全て私へ戻るまでの間、貴方と貴方の子孫とで自由に使ってください」


 無垢なる命を殺してしまう事への罪の意識と、災害が起こらなくなれば約束が果たせるという思いがユリシズの心をつかんだ。


「子供が生まれ安心できるほど育つ頃には力は戻ります。私は豊かさを返礼しましょう」


 皆が止める間もなくユリシズは約束を交わしていた。


「人間が竜の力を上手く扱えるかどうかもわからないのに勝手なことを」


 怒るダルフにユリシズは言ったのだ。


「やってみなきゃわからない、だろ?」


 笑うユリシズの前向きさに怒りを越えて呆れ笑いがこぼれる。何度この笑顔に救われてきただろう。


「竜を倒してパーティー解散? そんなことしている場合じゃない。この力で世界を1つにするぞ!」


 スネーブルとランシャルが約束をする姿に霊騎士たちの目が潤んでいた。


「運命か」

「必然か」


 ぽつりぽつりと交わす声に温かさがこもる。


「ん?」


 なごんでいながら、ダルフは気配を察知した。すぐに他の霊騎士やシリウスたちも気づいて身構える。


「さすがに寝首はかけねぇか」


 少し離れた木の上から声がして、その者たちは姿を現した。

 ランシャルたちを囲むように円を描いて立っている。





 彼らはランシャルたちがスネーブルと出会す前から子供たちを追いかけていた。親離れ直前の子供たちを狩るために。


「巣立ちか?」

「いやまだだ」

「だが行動範囲が広いな」

「狩るにはちょうど良い頃だ」


 大人と比べれば体が小さく値は下がるが、なかなかの高値で売れる。

 独りに慣れた個体と差のない大きさで世間知らず。赤子の手をひねるとまでは言わないが、美味しい獲物だ。


「岩ヒツビばかり狩ってたんじゃつまらねぇ」


 3匹全部を捕るのは無理だが1匹でもかまわない。スネーブルの子供1匹で岩ヒツビ50頭分くらいの値段になるはずだ。頭の中で金を数えてほくそ笑む。


「親の姿は近くに無し」

「腕が鈍りかけてた、ちょうどいい」


 岩ヒツビたちに夢中になっているところを狩ろうとした矢先に現れたのがランシャルたちだった。

 冒険者が死んでも構わない。そんな気持ちで遠巻きに見ていた。彼らが少しでもスネーブルに傷を負わせられたらこちらが楽できる。そんな事を考えながら余裕の面持ちで眺めていた。


 だが、2匹を仕留めた冒険者に驚き、現れた親との大立回りの後に驚きが待っていた。


「あれが王?」


 ランシャルがスネーブルと約束を交わす姿を見ていた男たちは目を丸くした。


「レイラーンに人を入れないだと!?」

「やるか?」

「どうする?」


 リーダー格の数人が顔を寄せて話し合う。


「白マントが4つと黒マントが4つ、王の護衛と傭兵ってところか」

「魔法使いは少し面倒だが小娘だ。不意を突けば大したことはない」

「霊騎士が着いているはずだがどこだ?」


 彼らは気づかなかった。

 霊騎士といえば顔すら見えない黒い影。人としてはっきり姿を現している霊騎士をそれとは思わなかった。


「レイラーンに連れてくるのが役目なんだから、もう消えたんじゃないか?」


 勝手に解釈して値踏みを始める。ランシャルたちの総力と自分達の総力どちらが勝るか。

 スネーブルが子供だったとはいえ、ランシャルたちが2匹を仕留めたのは正直目を見張った。だが、こちらも何度も狩ってきた獲物、引けは取らない自信がある。こちらは人数も倍以上だ。


「やろう」

「でも、兄貴」


 横から手下が口をはさんだ。


「王殺しは大罪ですよ」

「全員殺してしまえば誰が殺したかなんてわからんさ」

「でも、王が死んで約束が守られなかったらあのスネーブルが町や村を襲うんじゃ?」


 兄貴と呼ばれた男が笑った。


「良いところを突くな。だがな、俺たちは山へ入るなと言われても入る。どのみち町は襲われるさ」

「勝手に約束するやつが悪い」

「あの小さい王が新しい法律を作れるかもあやしい」


 なるほど兄貴凄い、などと誉めながら手下はまた質問をする。


「それじゃ、王様は殺さなくてもいいんじゃ?」

「法律を作られては動きづらい。こそこそするより大っぴらに稼げた方が気分が良いってもんだろ」


 そんな会話の後、彼らはランシャルたちに近づいて行ったのだった。






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