86話 スネーブルとの戦い
丸太ほどの太く長い体にウルブ似の頭、その姿からスネーブルと呼ばれる魔物3匹が這いまわるのをランシャルたちはじっと見ていた。こちらに気づかずそのままどこかへ行ってくれと祈るように見つめる。
スネーブルはくんくんと鼻をひくつかせながら木を避け岩の間をゆっくり滑る。わずかに青みを帯びた白い体には、びっしりと鱗が生え、光を反射して時折きらりと光った。
するすると動いていたスネーブルの動きが止まり、岩の間からむくりと頭が覗く。鼻先を上に向け風の中から匂いを嗅ぎ取ろうと集中しているようだった。
3匹がそれぞれにその場で止まって鼻をひくつかせている。ランシャルたちは息を潜ませたまま動かない。
ふと、1匹の頭がランシャルのいる方角へぴたりと向いた。
離れていてもわかる。
スネーブルの体から溢れる戦闘の気配が見えるようだ。縦に細かった瞳孔が丸く開きこちらに焦点を合わせている。
ヒトダ
ジャマモノ
ヨコドリユルサナイ
3匹がぽつぽつと呟く声に苛立ちや怒りが混ざっている。
鋭い眼差しに耐えかねてランシャルの腰が引けた。体重が踵にかかり、足下の何かを踏みつける。
パチッ
音に反応してスネーブルが即座に動いた。それはまるで音に弾かれた弾丸。
「まずい」
フィルの声よりも早く、滑るスネーブルの体がぐんぐん迫ってくる。
「ランシャル様!」
シリウスが走りフィルが背の矢筒から矢を引き抜く。
同時に二矢三矢と放たれた矢を迫るスネーブルは巧みに避けた。
「くそっ!」
ぎりぎりでランシャルの腰に手を回してフィルが横っ飛びする。
ランシャルのすぐ横をスネーブルが過ぎた。鬣が顔を撫でそうなほど近くを通り空振りした口が音を立てる。
ガシッ!!
一瞬遅れていたらスネーブルの口の中だ。
スネーブルのゆれる鬣に触れそうな近さで目の前を過ぎる瞳がこちらを捉えている。人の頭ほどの大きな目に驚くランシャルの顔が写っていた。
ランシャルを抱えたままフィルが岩を蹴り、スネーブルの頭が反転してぴたりとついてくる。
頭の動きをなぞって動くスネーブルの胴を蹴ってフィルは飛び越えた。そこへ2匹目の頭が突っ込んできてフィルはくるりと体を反転させた。そのままスネーブルの頭に足をかけて横へ逃げる。
フィルと入れ替わりにシリウスが割って入り間髪入れず剣を振るった。
シャン!
スネーブルは上手く避けた。が、鬣がわずかに切れて音を立てた。
着地したフィルが仲間と合流してシリウスも後退する。しかし、3匹のスネーブルは即座に彼らを囲んで逃げる間を与えなかった。
「3匹ともなると子供でもやっかいだな」
ダルフは唇をなめながらそう言って剣を持ち直す。
シルシ
チカラ
シッテル
ランシャルだけを見つめるスネーブルたちの目の色が変わった。
チカラ
ホシイ
ぐるると唸り声を溢してスネーブルがじりと近づく。
ランシャルたちは皆、腰をすえ剣を握り直した。
すいと頭を上げたスネーブルの高さは3メートルほど。
(これが子供? なんて、デカさだ・・・・・・)
見上げるランシャルは息を飲んだ。
立ち上がった胴が膨らみめきっと割ける。それは見る間に腕へと変わった。隠されていたのは腕だけではない。後ろ足も現したその姿は、さながら翼を持たない竜のようだった。
ヤメヨウ
1匹が止めた。だが、もう遅かった。
正面のスネーブルが腕を振りかぶり牙を剥いて横殴りに叩きつける。ランシャルはしゃがみこんでやり過ごし、ランシャルの上を飛び越えてダルフとゴルザがスネーブルの前へ躍り出た。
光の尾を引いてスネーブルの爪が襲いかかり、ダルフが剣でいなして軌道を変える。
鋭い爪が地面に筋をつけ、慌てた岩ヒツビたちが逃げていく。
後方のスネーブルと対峙するのはシリウスとロンダル。ラウルとファスティアが横から加わって撹乱する。
囲まれた形となったスネーブルは体を回転させて尾を振った。
後ろからぐるりと振られた尾が石を蹴散らし木をなぎ倒して、鞭のようにしなって迫る。シリウスたちは飛び退き転がってかわした。
前方ではダルフの剣がゴルザの斧がスネーブルの体を捉えていた。しかし、堅い鱗に傷が入るか剥がれるばかりで、霊騎士といえども一撃必殺とはいかなかった。
「テクンマータッ!」
ルゥイが唱える。小石が浮かび上がりスネーブルの目をめがけて放たれた。
石を避けスネーブルが瞬間的に目を閉じ手で石を払う。その隙をついてシリウスたちは剣を繰り出した。だが、剣は弾かれて致命傷を負わせることができない。
ダルフとゴルザは剣を集中的に浴びせて鱗を剥がしていく。鱗の覆いが取れた部分の肌が露になり、狙いを定めていたフィルの矢が風を切る。
シュフッ! すとっ
矢は軽い音を立ててスネーブルの柔肌へ命中した。
ギャアッ!!!
たまらずスネーブルが後ずさる。矢を払い落としスネーブルは咆哮と共に腕を振りかぶった。振り下ろした地面にダルフもゴルザもいない。その替わりに弓をまっすぐ向けるフィルがいた。
ヒュン!
風を切って矢が進む。
生きているように襲い来る手を避けて、矢はためらいもなく眼を目指して突き進んだ。そして、スネーブルの閉じた目蓋にまっすぐ突き刺さっていた。
ドンッ!
振り下ろされたスネーブルの手はむなしく地面を叩き、飛び退いたフィルは剣に切り替える。
スネーブルは唸り声を上げながら手で矢を払い落とし、尾を打ち振って足払いをかける。狙う敵がどこにいるかお構い無しだ。闇雲に地面を叩き尾を振り回している。
大きなガタイは重く見えるのに、ダルフもゴルザも軽々と尾を飛び越えて即座に反撃を仕掛けた。矢の痛みを覚えたスネーブルの攻撃が減り体を守る仕草が増えていく。
形勢が逆転して止めろと言っていたスネーブルも参戦せずにはいられなくなったのか、攻撃に加わった。
新しく加わったスネーブルへランシャルが剣を向ける。横にはティトルの姿があった。
向かってくる爪を避けてランシャルは踏み込んだ。渾身の力を剣に込めて横薙ぎに払う。剣先は鱗を切り剥がしてスネーブルの体に赤い筋をつけていた。
スネーブルが叫び声をあげ、ランシャルの顔に息がかかる。
狂ったように振り回された腕がランシャルへと向かう。
(ああッ!!)
スネーブルの勢いにランシャルの2撃目が追いつかない。駄目かと歯を食いしばったその時、ティトルが攻撃を弾き、さらに横から閃光が走った。
ランシャルの目の前でスネーブルの腕が1本切り落とされて地面で跳ねる。目の前に立つダルフの剣から血が滴り落ちていた。ダルフの動きに促されるようにランシャルは剣を振るっていた。
ランシャルの剣はスネーブルの太股を切り裂いて、スネーブルの体が傾ぐ。そして、ランシャルの目の前でダルフの剣がスネーブルの胸に突き立った。
(・・・・・・あっ!)
横たわるスネーブルの目は見開かれたまま。光を失った目と見つめ合って、ランシャルは立ちすくんだ。
ダルフがもう1匹へ剣を向けたその時。
「止めろ!! 私の子に手を出すな!!」
雷のような声が木々の上から轟いた。




