85話 沈黙と交わす目
霧が晴れ遠くまで見通せるようになった森の中、まだ緩い山の傾斜をランシャルたちは歩いていた。奇妙に曲がり枝の折れた木々をもの珍しそうに見ながら進む。
所々に木々が折り重なって倒れ開けた空間を見ることがあった。ぽっかりと覗く空から光が降り注がれて、その美しさに一瞬レイラーンにいることを忘れてしまう。
「ランシャル様」
「あ、はい」
小声で呼ばれて止まった足を動かす。
ズズーン
重い音を耳にしてももう驚く者はいない。野太い雄叫びも木が折れる音にも慣れ始めている。音が近いと感じたときにだけ木や岩影に身を隠して辺りをうかがい、そしてまた移動する。
霊騎士リーダーのダルフを先頭にロンダル、ルゥイを背負ったシリウスとラウルを背負った霊騎士ゴルザが続く。仲間を背負って歩く2人の後ろにランシャルと霊騎士フィル、最後尾をファスティアと霊騎士ティトルが歩いていく。
(あれは何だろう)
ランシャルは先程からこそこそと着いてくるものが気になっていた。手に4・5匹は乗りそうな小さくて黒いものたちが木から木、岩から岩へと隠れながら着いてくる。
「気にするな」
チラ見するランシャルへフィルが言った。
「ドワーブの雑用係だ」
「え? レイラーンにドワーブがいるんですか?」
ランシャルの質問に少し呆れたようにフィルは笑う。
「竜のいるところドワーブあり、さ」
話ながらもフィルの目は警戒を怠らず、抜け目なく辺りに向けられていた。
「ドワーブと竜?」
不思議な組み合わせにランシャルは首をかしげた。
「竜は血も涙も汗も全部が金になる。落とし物すらな」
「落とし物?」
ちょっと考えてランシャルは苦笑いした。
「角に牙、骨や肉に鱗。土に埋もれて時間が経てば宝石の原石や金属へと変化する」
「ドワーブはそれを採掘してるんですね」
正解を言い当てた生徒を見るような表情でフィルが頷く。
「竜を倒せば金銀財宝が、なんて言うが宝石を散りばめた王冠やネックレスが出てくるわけじゃない」
そう言ってフィルは鼻で笑った。
ランシャルたちがそんな話をしていると、後方を歩くファスティアが前へと声をかけた。
「ラウル、気づいたか?」
「あぁ、はい。もう大丈夫です。下ろしてください」
ラウルは自分を背負っているゴルザへ声をかけたが、彼が止まる様子はなかった。
「あの」
「黙って背負われてろ」
「しかし」
「山道は歩くだけでも疲れる。中途半端な回復で歩かせると返って足手まといだ」
低くがさついたゴルザの声は一見怒っているように聞こえる。頑固そうな声にラウルは黙った。微妙な空気にいたたまれずランシャルが口を開く。
「あの、皆さんずっと姿が見えてますけど疲れませんか?」
霊騎士たちへランシャルが質問を投げ掛けた。姿を見せるには念が必要なはずだった。
「ここまで来たら虹竜の力の範囲内だ。念じなくても姿を現していられる」
和ませようとするランシャルの意図を汲んで、答えたフィルの声も明るい。
ズン!
唐突に地響きが伝わってきて足を止めた。わりと近い場所から音がしてそれぞれに近くの物陰へと体を隠す。めきめきと木が割かれる音と共に倒れる木が視界に入り、
(近い!)
音から遠ざかろうと体が自然に動く。列は乱れながらも同じ方向へと逃げ出した。
木を避け根を避けた拍子によろめいてランシャルは岩に手を付いた。が、手を付いた岩はふいに動いた。
(え!?)
次の瞬間にはもうランシャルは地面に手を付いていた。
(岩が動いた!)
面食らうランシャルを尻目に白い岩たちがいくつも走り過ぎて行く。辺りにあった岩がどれもこれも足を生やしてヒツビの群れの様に逃げていく。
「うわっ!」
頭上を岩に飛び越されてランシャルは地面に突っ伏してうずくまる。ランシャルは誰かが庇って覆い被さるのを感じて頭を上げた。
「フィルさん」
腕をフィルに引き上げられて再び走り出す。
走るランシャルの横を岩ヒツビが駆け抜けて、視線が後方へと流れた。
(お、大きい!)
角を生やした巨大な魔物が別の魔物に食らいつき押し倒そうとするところだった。
悲鳴のような叫びが耳を叩き足元に地響きが伝わってくる。
タスケテ──ッ!!
魔物の叫びが言葉になって心に突き刺さり、ランシャルは思わず両手で耳を押さえた。しゃがみこみそうになるランシャルをフィルが強引に連れていく。
「止まるな! 走れ!」
捕まった魔物が逃げようと地面を転がりもがいて折れた木々をぶちまける。
「わッ!」
飛散した木切れを避けながらランシャルたちは逃げた。
逃げるランシャルの横に太い木が落ちてきて地面で跳ね上がる。跳ねてあらぬ方向へ飛び回転してまた跳ねて、動きに翻弄されて逃げ惑う。
(えッ!?)
近くで跳ねた木が横っ飛びに向かってきてランシャルは地面に這いつくばった。辛うじて避けたランシャルはすぐさま立ち上がり走り出す。夢中で逃げるランシャルをフィルの腕が止めた。
「・・・・・・!?」
直後、目の前を走っていた岩のヒツビが目の前から消えていた。
木の折れる音とぶつかる音がほぼ同時に聞こえて、何かが左側の木々から飛び出しヒツビを拐っていったのだ。
離れたところでガリガリと音を立てて岩ヒツビを食べているものがいる。それは15メートルはありそうな細長く大きな体にウルブの頭を乗せたような魔物だった。
フィルが止めていなかったら今あそこで食べられていたのはランシャルだったかもしれない。そう思うとゾッとする。
辺りには岩ヒツビたちの悲鳴と捕食者の歓喜の声で満ちて、ランシャルは気持ちの悪さを飲み込んだ。
岩ヒツビを食べる魔物に気づかれないように、そっと動くフィルに合わせてランシャルもゆっくりとその場から離れる。
「動かなきゃ気づかれなかっただろうに」
フィルの呟きを知らないだろう岩ヒツビたちがうずくまり、岩へと擬態する。動かなくなったそれはもう岩か岩ヒツビか見分けがつかなかった。
太く長い体をくねらせて、ウルブの様な頭を持つ魔物がうねうねと獲物を探している。見えているだけであと2匹。
ランシャルとフィルが隠れている場所から魔物を間にして、向こう側にシリウスたちの姿があった。
争っていた魔物たちも決着がついたのか辺りは静まり返っていた。聞こえるのはうねうねと動く長い魔物が立てるサリサリという微かな音だけ。
動けば見つかるだろう。けれど、じっとしていればいづれ見つかってしまう。
どうするか。
2つに分かれた仲間同士、黙ったまま目を見交わす。




