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84話 霧をぬけて

 シリウスと同様に高身長の影が近づいてくる。見上げるランシャルは影の圧にじりと後退して、それでも心で叫んだ。


(やってやる! 僕がやらなきゃ! 僕が持たなきゃウルブの剣はただの剣と同じなんだから!)


 真っ直ぐ影へ向けた剣が震えている。

 ランシャルは剣をにぎり直し、腰を据えて、腹に力を入れて足を踏み出した。


「わ────ッ!!」


 声を上げて一撃目を食らわせる。

 しかし、影にいなされて体が流れた。ランシャルはそれでも動きを止めず踵を返して続けざまに二撃、三撃と剣を見舞った。

 剣が当たるたびに枝を叩くような感触が伝わってくる。

 影の剣さばきはシリウスと似ていた。でも、その剣にはシリウスの放つ剣の重みはない。


(いける!)


 剣を握るランシャルの手に力がこもる。

 四撃目、左下から右上へと切り上げた剣が相手の剣を真ん中で断ち切った。半分から折れた剣先はくるりと回転し、かすかな音を立てて空中で消し飛んだ。

 人なら慌てるだろう。けれど、影に表情はない。それでもほんのわずか動きが止まり、ランシャルはその一瞬を逃さず動いた。剣に力を込めて振り下ろす。影の肩から脇へと斜めに剣を走らせた。

 影の上半身が斜めにずれて滑り落ちる。ぼろりと崩れて地面で消えた。


 剣で撃退するのは初めてだった。でも、喜んでいる暇はない。次々と現れる影へランシャルは剣を振り続けた。伸びる手をかい潜り切り捨てて、前後左右、これほど動けることにランシャルの心は踊った。

 一撃で倒せることは少ない。それでもランシャルの心は強さを増した。


(僕にもやれる!)


 やる気が心を目の前に集中させる。そして足元がおろそかになった次の瞬間、ランシャルは足を木の根に取られて地面に転がっていた。あっという間に影に取り囲まれて仰向けになったランシャルへ剣が振り下ろされた。


  ガキッ!


 辛うじて剣で受け止める。

 剣は止められたものの身動きが取れなくなった。影たちに腕や足を拘束されてランシャルがもがく。


「くっそ! 離せ!」


 身をよじりもがくランシャルの服がはだけて肩が少し露になった。


「え?」


 その時、突如として周りの空気が変わった。


「シ、シルシ」

「オウイン」


 影たちがざわめく、誰の声でもない風のような声で。口々に言葉を発し驚いた無数の手が潮が引くように離れた。

 ランシャルには見えない肩の後ろで王印が金色に光っていた。

 次の瞬間、影たちの手が一斉にランシャルへと伸びた。我先にと押し合い圧し合いランシャルの肩に掴みかかる。


「来るな! 触るなッ!!」


 迫る手を叩き振り払っても追いつかない。

 争奪戦を始めた影たちにランシャルは右へ左へと引き回され持ち上げられて天も地もわからない。


「オウイン」

「ホシイ」

「チカラ」


 王印に触れようとする手を別の手が叩く。


「チカラ!」


 欲望が影の形を際立たせてゆく。

 争う影に弾き上げられて胴上げされる様にランシャルは宙を舞った。

 沢山の手に押し上げられて宙で体が回転した。そして、ランシャルは見た。影の集まる端でひらめく銀光を。


 影がばたばたと倒れ崩れて消えてゆく。その向こうに闇をまとった者が4つ動くのを見た。


(霊騎士!)


 迷いもなく美しく流れる剣が次々と影たちを消し去っていく。その後方に白いマントのシリウス、ファスティアが続き、最後尾にロンダルの姿があった。


 霊騎士たちは一太刀で影を切り捨てる。一撃で一体どころか二体同時に消すことすらあって、見る間に影は数を減らしていった。

 切られて散る影もあれば逃げて霧散する影もあって、そして影たちは消えていった。霧もいつのまにかなくなり、辺りは穏やかな山の風景となっていた。


「大丈夫でしたか、ランシャル様」


 声をかけて伸ばしたシリウスの手を、ランシャルは複雑な表情で見つめた。


「どうしました?」

「いえ」


 あの影は本当にシリウスに似ていた。だから、ほんの少し怖さが思い起こされて今ごろになって心が震えた。

 にぎったシリウスの手から温かさが伝わって、やっとランシャルはほっとした。


「ルゥイ大丈夫か?」

「おい、ラウル」


 ファスティアとロンダルがふたりに声をかける。ルゥイはわずかに微笑み返したが、ラウルは目を開けずぐったりとしていた。


「だいぶ吸われたようだな」


 霊騎士のリーダーダルフはそう言って、続けて霊騎士のティトルへ声をかける。


「持ってるか?」

「ああ」


 ティトルが腰のバッグを漁る間にダルフはファスティアに聞いた。


「おい、宝石の他にも出せるか?」


 ファスティアは無礼な口ぶりに一瞬面食らって、むっとしながら「知っている貴金属なら出せる」と答えた。


「では、鉄を出せ。豆粒くらいでいい」


 そんな会話をしているダルフへティトルがコップと黒い粒を差し出す。ダルフはカラカラと粒をコップへ放り込みながら言った。


「さっきのはフォグルだ、普通は直接人を襲わない。誰か水を持ってるか?」


 差し出されたダルフのコップへロンダルが水を注ぐ。ダルフは話し続けていた。


「声を盗み人を惑わして恐怖を煽る。霧のなかで怪我したり切り合って血が流れるのを待つ。吸血系の魔物だ」


 ダルフは話しながら水の入ったコップに鉄を入れる。


「これは血を作る。鉄がなくてもいいがあった方が効き目が早い」


 そう言いながら円を描くようにコップの底を回す。ランシャルはそっと覗き込んでシュワシュワと溶ける粒を不思議そうに見ていた。

 ダルフは朦朧としたラウルの口へそれを含ませる。


「そっちのお嬢ちゃんは私が」


 と、霊騎士フィルが近づくのをファスティアが止めた。


「おや、止めるならシリウスだと思ったんだけどなぁ」


 笑うフィルへゴルザが呟いた。


「女癖の悪いお前を近づけたくないんだろ」

「酷いなぁ、女性に優しいと言ってくれ」


 フィルとゴルザは互いの肘でつつき合ってにやりと笑っている。


「ゴルザ、この男を背負ってくれ」


 ダルフに言われて文句ひとつ言わず、ゴルザは軽々とラウルを背に乗せた。


「彼女は私が」


 シリウスが進み出る。


「戦力が削がれるが、まぁいいだろう」


 どうせ5分か10分くらいで体力が戻るから、と言いながらダルフは先頭に立ち歩き出した。






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