78話 虹のたもと
向かい合う2つの騎馬隊の間に分け入ったファスティアの馬は、中央で足を止めた。
「ファスティア様?」
「ファスティア様だ」
手綱を引かれた馬達の足が宙を掻いて地に下りる。
進む船が波を作るように、騎士たちのざわめきが伝わっていった。
白馬に跨がりランシャル達に背を向けているその人物は、シリウスの輝きに増して神々しく見えた。
「ギャレッド大伯父、お止めください!」
少し息の上がった声はそれでも力強い。
「何故そなたがここに!?」
たたらを踏んで止まった馬は戦意が収まらず蹄で土を掻き落ち着かない。
「騎士たちよ、下がってくれ! 私に時間を、話し合う時間をくれ!」
周りに向けたファスティアの目がギャレッドの後方、部隊長へと向く。
「貴方たちは王妃の護衛だ。元はギャレッド大伯父に仕えていただろうが、今は王妃を守る護衛のはずだ。違うか?」
ファスティアの声に責める気配はなかった。
「腕に王妃の腕章をつけて王に剣を向ければ、王妃と王の戦いにしか見えない。王妃を蚊帳の外に置いて王殺しの汚名を彼女になすりつけるつもりか!?」
騎士たちの顔から戦意が薄まる。
「王妃に対して情はないか?」
騎士たちの視線が逃げる。
「君たちにとっても世間が噂するような王妃だったか?」
王妃の彼らへの行いが悪いとファスティアは聞いたことがなかった。むしろ意外に情があると耳にしていた。
「ギャレッド大伯父に逆らえとは言わない。少し時間をくれ」
声の届いた騎士たちはわずかに動揺し、ざわめきと共に後ずさっていった。
「ギャレッド大伯父、貴方にとって私や彼女はただの駒ですか!?」
口を真一文字にギャレッドは黙っている。
「竜の決めた王です。国が良くなるならいいではないですか、王族も勇者の血族の流れの1つにすぎません。同じ血筋なのですから」
「ならん!!」
ギャレッドの声がファスティアの言葉を絶った。
「王族こそ濃く血を受け継ぐ者だ! 血族ではない者が多く混じり薄まった者より、我々がふさわしい!」
唾を飛ばし声を荒らげるギャレッドの顔が赤く染まる。
「竜は間違っている! 人の世を知らぬ竜に何がわかるか!!」
「ギャレッド大伯父!」
「わしを老人の冷や水と笑うか!?」
噛みつかんばかりのギャレッドにファスティアが息を飲む。
「心を読むわしを疎み遠ざけ老人のすることと笑っておるのだろう!」
ファスティアを指すギャレッドの指が怒りに震えている。
「そんなことはありません」
「お前こそ相応しいと思っておった! だがなんだ、その腑抜けぶりは!」
堰を切って溢れた思いは淀みない。
「人の言いなりに宝石を生み、人は自分より竜の力を喜ぶものだと世を儚んで知ったかぶりおって!」
遠くから聞こえる雷鳴は、腹立たしく唸る竜の声のよう。
「なぜ使われる側でいる!? なぜ力を有利に使おうとせんのだ!!」
ギャレッドの拳が宙を叩く。
「諦めてなにもしないお前たちのためにわしは動いておるのだ!」
「こんな事をして欲しいなんて誰が言いましたか!?」
「腹に溜まったものがないと言うか!?」
そう問われてファスティアは思わず胸にぶら下げた稀石に触れた。
「いま心を読まずとも知っておる。酒で紛らわせ矢面に立つことから逃げて何が変わる!」
ふいに振り返ったギャレッドの視線に騎士たちがたじろぐ。そんな彼らに背を向けたギャレッドの視線は、再びファスティアへと戻った。
「老害と影で笑うな! 老人の考えが時代遅れと言うのならそなた達がやって見せろ! 動け!!」
雷鳴が轟き、遠くから雨音が近づいてくる。
「この世の中、簡単には変わらん。しかし、王になれば自分で流れを作れる。だからわしはその者を」
「いけません!」
「王印が王族に戻るまでわしが手を汚すと言っているのだ!!」
「流れは変えられません!」
剣を持つギャレッドの手に力が入る。
「変えてやる! そこを退け!!」
「我々は支流になったんです! 本流の向きは変わった!」
「また知ったかぶったことをッ!」
ファスティアを避けて進もうとするギャレッドをファスティアが阻む。
「ランセル王の息子です!」
「!?」
「新王はランセル王の息子なんです」
「なッ・・・・・・!」
空を稲妻が走り人々の顔を白く浮かび上がらせる。
「ランシール王から息子ランセルへと印は移り、いまランセルの息子の体に印はあるんです」
「そんな、まさか・・・・・・」
雨がぽつぽつと地面で音を立てている。
「貴方も知っておられたんでしょう? 生きていたんです。そして、印を授かった」
愕然として身動きもとれないギャレッドの頬を雨が伝い、顎からぽたぽたと流れ落ちてゆく。
稲妻は空を駆け雷鳴が空気を震わせる。
力が漲っていたはずの老人の体から力が失せ銅像の様に動きが止まったまま。
「都では王妃が新王を殺すために騎士たちを送ったと噂が流れています。どうか、貴方の口から訂正をお願いします」
穏やかなファスティアの声はギャレッドの耳に届いているだろうか。彼の瞳は色を失ったままだ。
「ギャレッド大伯父。マリーヌを噂の呪縛から救ってください」
うつむき虚ろなギャレッドの目が騎士たちの腕章へ向いて揺れた。そして、ゆるりとランシャルへと流れる。
「どんな国にしたい? どう治めていくつもりだ?」
ギャレッドの口から出た声は力が無く、そよ風のようだった。その声に乗って多くの目がランシャルに注がれる。ギャレッドの希望を失った暗い瞳に見つめられてランシャルは迷った。
「僕は、僕は・・・・・・」
雨粒が細かくなって辺りが静かになっていく。
全ての視線を受け止めて、ランシャルは口を開いた。
「僕はまだなにも知りません。何が正解かわかりません」
小さな村で会った家族の顔が思い出された。
王が変わるたびに法律が変わり暮らしが変わる。
「だから、沢山の人の話を聞いて、先人の助けを借りたいと思います。ただ・・・・・・」
そこまで言って、ランシャルは息を整えた。
「一人の意見に頼らず、時には国の皆に頭を下げて説明し、その時の最善をつくしたいと思います」
ただ見つめる騎士たちの顔に可も不可も見つけられず、ランシャルは付け足した。
「説明もなく突然人生が変わるのは、誰でも嫌だと思うから・・・・・・だから、対話を大切にしたい」
気づけば雨は止み、雲が割れて地表に光が差していた。
見上げればそこには虹が立ち、ランシャルを優しく見守っているようだった。




