76話 つばぜり合う言葉
馬は走る。
駆けて駆けて町が遠くなり、畑が遠ざかって人の姿が消えていく。ランシャル達は町や村を遠くに見ながら、人の活動の薄い場所を選んで西へと走り続けていた。
丘を登り下って背後に目を凝らすと丘の稜線に黒い影を見た。「足が早い」とシリウスは心で舌打ちする。
「早駆けの魔法を使っているようですね」
シリウスの視線を読んでロンダルがそう言った。
黒い群れは時々光を反射してきらりと光る。重装備ではなくてもそれなりに整えてきているのだろうと思えた。
(このまま逃げ続けるか?)
自分に問うシリウスの心が「否」という。
このまま走り続けて逃げきれたとして、体を休める間もなくレイラーンに踏み込むのは得策ではない。レイラーンに恐れをなして追っ手が足を止めたとしても、魔物の闊歩するレイラーンへ入れば休憩の時ですら気を抜けなくなる。
シリウスの後ろを走るランシャルも遥か後方から追ってくる者達に気づいていた。
(あっ!)
ウルブの剣が鳴動して魔物の接近を知らせる。腰で揺れる剣に落としたランシャルの視線が後方へと流れた。
(まさかあの群れが魔物? あんなに沢山!?)
揺れて太ももを叩く剣がランシャルの心を不安にさせる。まさかと振り返ったその目に黒い複数の点はさらに近づいているように映った。
ランシャルの視界にあるのは後方の黒い群れだけ。だが、ウルブの剣が知らせたのはあれではなかった。
「ラン、見ろよ」
呼びかけにコンラッドが指し示す空へと目を転じる。
「ぅわあ・・・・・・」
頭上を鳥のように群れを成して飛んで行くものがあった。それは渡り鳥が飛ぶ姿に似て、矢じりの様に尖った配置で頭上を越えていく。
「す・・・・・・ごいな」
魔物が群れをなして飛ぶ姿に、開いた口を閉じるのも忘れてふたりは空を見上げていた。
これまでにも空を飛ぶ魔物を見たことはあった。けれど、それは1・2匹。渡り鳥のように整って飛ぶ群れを見るのはこれが初めてだった。
高みを飛んでいながらその存在の大きさに視線をもっていかれたまま、ぐんぐんと西へ遠ざかる群れを見送る。
「レイラーンへ帰るんですよ」
魔物の群れに心を引かれたようなふたりへ、側を走るラウルがそう言った。
「魔物はレイラーンに棲んでるんじゃないんですか?」
「常にいるわけじゃありません」
そうか、と思う。
魔物がどれだけいるのか想像はつかないが、同じ場所にいると食べ物も減る。遠くへ狩りに行ったりもするのだろう。
空を行く黒い魔物の点を追ってランシャルの視線はレイラーンへと流れた。いまではレイラーンの尖り連なる山並みにかすかな点を見ることができる。
(魔物の棲む山、レイラーン)
きっと翼のある魔物だけではなく山の地肌をうごめく魔物も多く待ち構えているのだろう。そう思うとランシャルは身震いせずにいられなかった。
魔物が巣くう山脈、レイラーン。その懐に入る前に邪魔物は減らしておきたい。そう思うシリウスにロンダルが指示を求める。
「追っ手は稀石を使っているようですね。どうします?」
ロンダルの言葉はシリウスの推測と合致していた。
これまでに雑木林へ入って進行方向を変えるなどしてみたが着いてくる。遠く離れた相手の視界から消えて進路を変えれば見失いそうなものだが彼らはついてくる。
ランシャルを見失ったシリウス達が稀石を使って合流したように、彼らも石を使っていると思って間違いなかった。
(こちらの顔を知っている者か。誰だ?)
稀石は命じればどこでも誰でも指し示すわけではない。持ち主の踏んだことがない土地の方角を示せず、顔を知らぬ人物を追えない。
魔法使いや希少な石を所有できる者は限られている。そのことから追っ手は王族かそれに準じる者だと推測できた。
(話し合いに応じてくれる者ならばいいが、もしあの方だったなら時間を稼げばあるいは)
心当たりは2つ3つ、シリウスが顔を浮かべた者たちならば接触と同時に攻撃を仕掛けてはこないだろう。しかし、別の者という可能性もぬぐえない。話し合いの余地がある者であれと思わずにはいられなかった。
十中八九と心を決めたシリウスの視線がレイラーンへ向けられる。
(運を天に任せるか。────もし、天が私に味方してくれるのならば・・・・・・虹竜もあるいは)
そこまで考えてシリウスは大きく息を吸い込んだ。
「止まれ!」
シリウスの声が響く。
「追跡者が近づくまで体力温存、備え待て」
─・─・─・─・─・─
薄灰色の雲が青空を隠しては過ぎていく。
ランシャル達の緊張を知ってか知らずか、近くの林で小鳥達が鳴き交わしている。
なんだろう なんだろう
囀ずる小鳥達の声はのどかそうに聞こえるけれど、ランシャルには野次馬のおしゃべりに聞こえていた。
怖い? 怖い?
小鳥達の声が伝播していき、動物達もそっと足を遠ざけて辺りが静まり返る。
日の光をさえぎる雲の影が広い草地を流れてくる。その影に乗るように追っ手は近づいてきていた。もう、点ではなく人馬の見分けができるほどに。
「む!? あの方は」
低いロンダルの声に驚きが混ざっていた。
ぴりっとする騎士達の気配にランシャルとコンラッドの顔に不安がよぎる。
「誰?」
ランシャルは声をひそめてダリルに聞いた。
「王族の重鎮、ギャレッド・ダッド・ハイライティア様です」
そう言ったダリルの声が陰っている。
「高齢の身でここまで追って来るなんて」
ダリルに続いて聞こえたルゥイの声から驚きと畏怖が感じられた。
多くの騎士を従えて先頭の馬に乗っているのはシワ深い白髪の老人。高齢だと思えるその人は遠目からも迫力があった。ランシャルは思わず手綱を引いてシリウスの影に隠れながら老人の動きをそっとうかがった。
ギャレッドは片手を上げて騎士達を止め、彼を乗せた馬一頭だけがこちらへ近づいて来る。やがて、表情の読めるギリギリ離れた距離で彼は馬を止めた。
余裕のあるギャレッドを前に、ピンと張っていたシリウスの気配がわずかにゆるむ。
「その人数で迎え撃とうとは呆れた勇者だな。シリウス」
開口一番に彼はそう言った。
ランシャルは口髭の奥から出た声の力強さに驚いて、シリウスの影から顔を覗かせまじまじとギャレッドを見つめた。
(見た目は凄い年寄りなのに、なんて若々しい声なんだろう)
ギャレッドはシワ深い老人の顔を持ちながら背筋はしゃんとしていて、マントを羽織り金属の胸当てをしている。その姿は武人という言葉が似合っていた。
「私は勇者ではありませんし、ギャレッド様は竜には見えません」
生真面目に答えるシリウスの声は慎重だった。
「はっ、融通のきかぬ理想論者が。わしが竜に見えなくともこの体には竜の力が漲っておることは知っておろう」
唸るしがわれ声にシリウスの横に居並ぶ若い騎士達が気圧されている。その気配を感じてランシャルも固唾を飲んだ。
「お前の後ろにいる者がそうか?」
ぎくり、とランシャルの心臓が跳ねる。
主語を避けた言葉とギャレッドの目がランシャルを捉えていた。
「こちらで預かろう」
「申し訳ありません、目的地へは私どもが護衛を続けます」
手を差しのべるギャレッドへシリウスが軽く頭を下げる。
「渡せと言っているんだ!」
吠えるギャレッドにシリウスは怯まない。
「護衛は我々の役目。我々にお任せください」
シリウスは恭しく対応しながらも1歩も引く気はないと態度で示していた。




