72話 過去語り 毒と愛
ファスティアが兄ファラールの部屋の扉を開けると、馴染んだ香りが鼻をくすぐった。
「あ、ごめん。過去見中だった?」
この香りはファラールが集中したい時に好んで焚く香だった。
「かまわないよ、入って」
香りを部屋にとどめようとするように、ファスティアはそっと部屋に入った。
「最近は依頼を受けないと聞いたけど」
「ああ、下世話な依頼が多くてね」
椅子に深く腰かけたまま、ファラールは離れた机を指差した。
「またお前に手紙だ」
「また? この前受け取ったばかりなのに。なんで私の家に送ってこないんだ?」
「お前が家に居つかずうろうろしてるからだろ」
そう言ってファラールは軽く笑う。
「私に送った方が早く本人に届くと思ってるんじゃないか?」
「兄さんが呼ぶから何かと思って急いできたのに」
ファスティアが宝石の依頼を避けるのは、兄の理由と似たようなことだった。
「祝いのための装飾に使う宝石なら、いくらでも喜んで生んであげるんだけどなぁ・・・・・・」
なんだかんだと理由をつけるけれど、結局はお金に換えてしまう者がほとんどだった。
「お前の力は喜ばれる。お前は人気者だな」
「人気者? 目当ては私じゃない、宝石だよ」
ファスティアは気乗りしない顔で手紙をめくり宛名を確認する。目は手紙に向けながらファスティアは聞いた。
「兄さんの興味を引いたのは何? 内密の依頼?」
「依頼じゃないよ。暇ができて力が鈍らないように、王の毒殺事件をちょっとね」
「事件だなんて」
「事件だろ。毒殺だと言ったのはお前じゃないか」
ファラールはファスティアへ向けた人差し指をいたずらにくるくると回した。
「断ったくせに」
「少し興味が湧いてね」
ゆったりした口調でやんわりとした会話はこの兄弟らしい。
「ランシール王は貴族に切り殺されて、息子のランセル王は毒殺。親子2代に渡って殺されるとは珍しい」
ファスティアは眉間に小さくしわを寄せて聞いていた。
「お前の言っていた毒は、2つ目を口にしてもすぐに死ぬことはない。数時間後になって症状が出るんだろ?」
「そう聞いている」
症状が出てから後はじわじわと体調が悪化していく。ランセル王の容体の変化そのものだ。
「それなら、ランセル王が体調を崩した日かその前日を集中的に見れば糸口がつかめるんじゃないかと思ってさ」
毒味役は生きている。調理中、配膳の段階では毒は入れられてはいないだろう。
「献上された菓子も毒味役が口にする。ならば、毒味をするのがはばかれる人物か、信頼されている者から直接渡された物じゃないかと思ったんだ」
それは、兄に断られた後ファスティアも考えたことだった。
2つ合わさって毒となる物。最初の物は食事に混ぜても気づかれない。気を付けるのは2種類目だ。
「あの日、持ち込んだ食べ物を王へ渡した物は3人いた」
ファスティアは兄ファラールへ熱い眼差しを向けた。
「ギャレッド大伯父」
ファスティアの顔が確証を得た表情へと変わる。
「シリウスは除外するとして、もう1人が興味深い」
ファラールの目がファスティアをうかがう。
「その人物は・・・・・・王妃マリーヌ」
「ありえない、彼女は違う」
即座に否定するファスティアにファラールは笑った。
「なぜ? 仲の悪さは皆が知っている。寝室どころか食事も別、公的行事以外では顔も合わせない」
兄ファラールへファスティアは反論した。
「それは噂だ」
「事実だと侍女から聞いてるんだろ?」
ファラールに突かれてファスティアは口ごもった。
「だから今でも彼女が自分を愛してると信じて待っているのだろ?」
哀れみのこもった声にファスティアは唇を噛んだ。確かに期待する気持ちはある。
「2つ目を食事に混ぜて1つ目を直接渡したのかも」
「だとしても人物は限られる。だろ?」
ファスティアは首を横に振る。庇っているわけではなかった。
「兄さん、違うよ。彼女は王を殺さない」
「まぁ、ギャレッド大伯父の可能性もあるが」
「彼女は王を殺さない。王を愛してたんだから」
王を愛していた。ファラールはその一文を飲み込めずファスティアを見つめた。
「ランセル王が愛人を作った時には機嫌が悪かった。侍女のフロリアはそう言っていた」
王に愛人が居るという噂はファラールも聞いたことがあった。しかし、その話の続きに耳を疑う。
「王に子供ができた時」
「ちょっと待て、王妃の懐妊は聞いてない」
「愛人の方だ」
ファラールの目が丸くなる。
「王妃に気づかれた王は愛人を逃がした。彼女は刺客を送って」
「王妃が刺客を?」
「殺したと報告を受けたこともフロリアから聞いた。────いや、無理矢理聞き出した」
ファラールの脳が先走る。
「王妃の散財が始まったのは、王の愛人が消えたと噂された頃からだったな」
ファラールの目が宙を彷徨う。
「王がふさぎ込んだ後だ」
点が線になる。
「愛人を消しても自分に心が向かなくて荒れてたということか?」
だが、ファラールは首を振った。
「それにしては長過ぎる。20年近くも怒っていられるものか?」
そして、ファラールはファスティアを見つめた。
「それに私の見る限り、お前を見る王妃の目には愛がある。あれは恋する人へ向ける目だ」
ファスティア自身それを感じていた。だから迷う。耳にする事実と目にする彼女。そして、自分の知っているマリーヌならしないと思う行動の数々。
「今日はもう、帰るよ」
王妃マリーヌの本心を確認できずに過ごしてきた年月、数ヵ月前の出来事も正面から見ることができずに後ずさる。
「ん? 何事だ?」
兄の館から出て馬車に乗り込もうとしたファスティアの目の前を馬が駆けていった。
王族であるハイライティア家の紋章を付けた騎士が幾人も過ぎて行く。その数は10騎20騎どころではなかった。
家の建ち並ぶ石畳の道を馬が走る。
馬が石畳を蹴る足音が、堅く高く空気を震わせて人々の耳を打つ。人々は怪訝そうに不安そうに眺めていた。
「王妃様の私兵みたいだな」
腕に赤いリボンを巻いた騎士達。それは王妃を守る騎士の印だと誰もが知っていた。
人々は立ち止まり戸惑ってあれこれと会話を交わしている。
「新王様をお迎えに行くのか?」
「迎えに? 殺しに行くの間違いじゃないか?」
「しっ! 声が大きい」
ファスティアの姿に気づいて人々が口をつぐむ。ファスティア・ラウ・ハイライティア。彼も王族の1人だから。
ファスティアが馬車に乗り込むと扉は閉められた。外のざわめきが遠退き彼は御者へ声をかけた。
「王宮へ行ってくれ」
そう言った自分の声が焦っている。
「彼女が堂々とそんな真似をするはずがない」
自分に言い聞かせてファスティアは大きく息を吐いた。




