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【 王殺し 】王印欲しさに妖魔が人が命を狙う! 少ない護衛に守られて少年は玉座を目指す  作者: 天猫  咲良
西への旅路

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70話 影のささやき

 温かなお風呂に入るのはどれくらいぶりだろう。体の緊張がほどけて目蓋も重くなる。眠い目を擦るランシャルへエルザンは申し出た。


「どうか罪滅ぼしをさせてください。どうか館にお泊まりください。誠心誠意の歓待を、どうかどうか」


 地面に額が着くかという勢いで頭を下げてそう言った。けれど、ランシャルはそれを断った。霊騎士達も当然といった様子。


「り、領主は続けられるでしょうか」


 エルザンは霊騎士にそう聞いた。


「我々の知るところではない」


 ダルフは目も合わせない。フィルが冷ややかな笑いを浮かべながら続けた。


「お前達は虹竜の決めた王を殺そうとしただけじゃなく、この地も汚した。虹竜の怒りを買っていないかを心配すべきかも・・・・・・しれないぞ」


 エルザンの青みを増す顔を、フィルとゴルザは面白そうに見ていた。





 ヒツビ達の声は遠ざかり家の片付けも終わって、ヒュルプの家に泊まることとなったランシャルはベッドの中。

 ベッドの横に藁を重ねて作られた寝床でヒュルプが並んで横になっていた。

 部屋を独り占めするのは気が引けるから、と2人で寝ることをランシャルが頼んだからだ。


「こんなベッドで本当に良かった? お屋敷のベッドが良かったんじゃない?」


 自分のベッドの簡素さをヒュルプは気にしていた。


「落ち着かないから」


 言いにくそうで少し困った様子のランシャル。


「んー・・・・・・そうだね。殺されかけたし」


 昼間の元気だった声とは違ってヒュルプの声も少し落ち着いていた。


「それもあるけど・・・・・・お屋敷って、広くて、怖いんだ」

「そう?」

「うん」


 ぽつぽつと雨垂れのように会話は続く。


「広くて、ランプの灯りが壁に届かないの」

「へ──っ」

「真っ暗な闇に包まれてるみたい」

「そりゃ、怖いな」

「うん」


 ヒュルプのやんちゃな口調がコンラッドを思い出させて、夜の暗さと静けさが不安を呼び起こす。だから、ランシャルは子猫のように体を丸めて小さくなった。


「俺がもっと大きくなったらお城に呼んでよ」


(お城に呼んで・・・・・・か。ラッドもそんなこと言ってたな)


 くったくなく笑うコンラッドの笑顔を思い浮かべてランシャルも少し頬をゆるめた。


「俺、兵士になりたいんだ。爺ちゃんみたいな強い兵士にさ」


 ランシャルが知っているのは兵士崩れの荒れた者達ばかり。安定した給料をもらい規律ある立派な兵士の姿をランシャルは知らない。


「兵士は格好いいんだ。皆を守ってくれるんだよ」


(守ってくれる・・・・・・か)


 村を出た日から何人の荒くれ者に命を狙われただろう。殺気だった男達の顔が浮かんで、ランシャルはぎゅっと体を抱きしめた。


「重い剣をびゅんびゅん振ってさ、ガシャンって剣と剣が当たってさ」


 横たわるヒュルプの腕が見えない対戦相手へ剣を振るう。


「任命式は王宮の玉座の間って所でするんだって」


 玉座の間。その単語が心の隙間に落ちて心を重くする。


「ピカピカの胸当てとヘルメットしてさ、王へ命を捧げますって、こうやるんだ」


 そう言いながらヒュルプは拳を自分の胸に当てた。

 きらきらとした目で楽しそうに語るヒュルプ。その目には豪華な広間と尊敬する祖父の姿が見えているのだろう。


「家族を殺せと命じられたらどうする?」


 そんな意地悪な質問をぐっと飲み込んでランシャルは目を閉じた。


「もう寝た?」


 覗き込む気配がする。でも、ランシャルはそのまま目を開けなかった。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 侍女フロリアを下げて、王妃マリーヌはバルコニーに立っていた。見つめる東の空はいつもの夜と変わりない。


「今日は残念な結果になりました」


 闇の中からざらりとした声がそう報告する。


「そのようね」


 今夜、竜の光が見えるかもしれないと言ったのは影だ。


 竜の光を見たいと思う気持ちと見たくないという思いでマリーヌの心は揺れていた。

 王妃ではなくなったら父や親族達の態度は変わるのか。たぶん変わるだろう。20年近くこの地位に縛られてきた。この場所から解き放たれたあと、どうすればいいのかと心がすくむ。


(自由って・・・・・・怖い)


 闇の中を杖もなしに一歩踏み出す怖さに似ている。

 思う人はいるものの、いまも心は変わらないと信じるには一緒に過ごした時間が短すぎた。


「王が殺されなくて良かった・・・・・・ですか?」

「人の心をもてあそぶのも大概にしなさい」


 闇の中からせせら笑う声がする。


「ご主人様から命令がなくて暇なもので」

「自由になりたいくせに」

「自由? それはお互い様。もっとも、私は貴女がこのまま王妃でいても良いですが」


 マリーヌが王妃である間、魔除けの力を持つフロリアが侍女として側にいる。


「彼女がいてくれると自由に動けて嬉しい」


 影はそう言ってくすくすと笑った。

 王妃の魔封じの力で縛られていてもフロリアの力がマリーヌの力をゆるめてしまう。だから、封じられた魔には都合がよかった。


「ところで、知ってます?」


 影のいたずらな声がマリーヌの耳にささやく。


「新王は子供です」

「知っている」

「ランセル王の」


「え?」


 耳を疑った。


「何と言ったの?」

「新王はランセル王の子です」

「まさか!」


 そんなはずはない。マリーヌは心の中で強く打ち消した。


 ランセルが愛した女が身ごもった事を知っている。殺すよう命じたのはマリーヌだったのだから。


(そんな、まさか)


 血が逆流するのを感じる。ざっと音を立てて昇った血が耳の奥でうるさくざわついている。


「彼女は死んだと聞いている」

「その報告は本当でしょうか」

「血の付いた服を見たわ。彼女が着ていた服よ」


 見えないはずの影の目が舌なめずりしている。そう感じだ。


「王宮で働く者の服はみんな同じ。本当に彼女の服だったと・・・・・・思いますか?」


 忠実な兵士だと思っていた。父親が選んだマリーヌのための兵士。


「忠実だとして、それは貴女へか。それとも、お父上へか?」


 黙り込むマリーヌに影が追い討ちをかけた。


「その兵士に子供は?」


 たしかあの時は・・・・・・小さな子供がいたはず、と記憶をたどる。


「身重の女に懇願されても殺せるほど、貴女に忠実な者でしたか?」


 兵士があの女に妻を重ねて見た可能性を影が示唆する。

 あの時の事を思い返すほどにマリーヌの心は遠い昔へ引き戻されていった。


 王と王妃、偽りの夫婦だった。互いに愛する者が別にいても構わないと思っていた。でも、子供は違う。


 愛する人との子が欲しかった。けれど、願ってはいけないことだった。回りや世間の目、そして王族としてのプライドが許さなかった。


 子ができた事を隠していても、ランセルのやわらかな表情が幸せを伝えてくくる。それが許せなかった。


(罪のない子の命を奪ったと自分を責めてきたのに!)


 心の闇を見透かして影はささやく。


「私が殺してきましょうか?」






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