67話 虹竜と玉座の間
日が暮れ始めて家に灯りがともる。
村人はそれぞれの家へ帰り、ヒツビの群れに囲まれたヒュルプ少年の家の周りだけがざわついていた。
小さな声で文句を言っているヒツビ達の毛から血が滴り、地面を濡らしている。
「誰の入れ知恵だ?」
「考えたものだな」
霊騎士たちは呆れた口調で言いながらヒツビと血を見ていた。幅広く立つヒツビ達のせいで家との距離が遠い。
「馬を走らせても飛び越えられそうにないな」
渋い顔で眺めるダルフはそう言った。
「着地した馬が動かなくなったら、馬の背から向こうへ跳ぶか?」
「そんなに跳べるか? その腹で」
ゴルザの案にフィルが笑う。
「足で跳ぶんだ、腹は関係ない」
少し怒った顔のゴルザが腹でフィルを押しやる。
「あはは、そうだな。だが困った。ランシャルを抱えて移動したように、俺たちも誰かにお姫様抱っこしておらおうか」
「馬鹿言え、その図体のどこが姫様だ」
村人のいなくなった今、霊騎士たちは気兼ねなく話をしていた。
「暗くなると俺たちの怖さは増すからなぁ。声をかける前に逃げられちまうだろうさ」
珍しくティトルが話に加わった。
「どうする?」
「しばらく様子見だ」
フィルの問いにダルフは短くそう言った。
(乾けば血も問題なくなる)
家の中の者に敵意は感じなかった。何か起こるとすれば外からだろう。そう考えて当たりに目を配る。闇に目をこらし耳をそばだてる。
静かに佇む霊騎士の姿は闇に溶けるようだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アンハルバー領、北東部。
領内でもっとも北東に位置する町ガルダ。
門の閉じる少し前、シリウスとロンダルそしてルゥイの3人は門をくぐった。
日が暮れて家々や店先に明るく火が灯る。
白馬は目立つものの濃紺のマントを羽織った彼らに目を止める者は少ない。兵士も騎士もそう珍しくない町だった。
ルゥイの飛ばした手紙で指定した宿へとまっすぐ向かう。客引きをする飲食店街を抜けて一軒の宿屋へ入った。
宿屋の主人に軽く会釈するだけで止められることなく階段を上がる。主人が指で示した部屋の扉をノックすると、開けた扉の向こうに部下達の姿があった。
「ご無事でなにより」
見せる笑顔がシリウス達の背後へ流れた。
「やはり新王様はご一緒ではないんですね」
「霊騎士と一緒だと噂を耳にしました」
引かれた椅子に腰を掛け差し出された水に口を付ける。
「怪我をされてるんですか?」
1人の部下がシリウスとロンダルの体を確認して手をかざす。
「助かるよ、お前の癒しの魔法。有り難い」
ロンダルの口から苦しげなため息が漏れた。
「替えの馬は用意できてるか?」
「はい。ラウル副隊や先輩達は・・・・・・」
心配げに先細りする質問。
「無事に戻ることを祈ってくれ」
死を告げられなかった事に安堵しながらも、部下達の表情は硬くなった。
「今夜はここでゆっくりなさってください」
「いや、治療が済んだら出る」
「そんなに急がなくても、王宮に残った者達が新王様をお迎えしお守りしますよ」
部下が笑顔を向けてもシリウスの表情は変わらない。
「新王様はいくつかの町や村に立ち寄られたそうです。今頃はどこかの町で休んでおられることでしょう」
シリウスとロンダルが見交わす。
「新王様に何かあったのか?」
「え? いえ、噂話では立ち寄ったというだけで詳しいことはなんとも」
「怪我はしていないか?」
「怪我をしていた話は聞いてないな」
「うん」
部下達が噂を照らし合わせるようにそれぞれに見交わした。
「それはいつの話だ」
「昨日です」
「この町は門を閉じて沈黙を通したと聞きました」
「新王が来たと噂を聞いてすぐに門へ向かったんですが、もう姿はどこにも」
少しかしこまった顔で部下達は続けた。
「霊騎士の他には見なかったと聞きましたので、ここでシリウス様を待つべきかと」
4人の部下達は目を合わせて頷き合っていた。
「他の町の対応は?」
「どこも門前払いをしたような話を聞きましたが・・・・・・今日は新しい噂はまだ」
「シリウス様?」
立ち上がったシリウスを部下達が不思議そうに見つめる。
「ロンダル、行くぞ」
「ちょっと待ってください」
「そんなに急がなくても霊騎士がちゃんと王宮へ送ってくれますよ」
傷を負い疲れの見えるシリウス達を気遣って部下達が引き留める。
「王宮じゃない」
「え?」
「霊騎士が新王を連れていく先は玉座の間だ」
部下達は皆、ぽかんとシリウスを見つめていた。
王宮に玉座の間はある。
謁見や任命式にも使われ、大々的に戴冠式も行われる大広間。
「玉座の間は王宮に」
「真の玉座の間は、そこじゃない」
面食らって言葉の意味を飲み込めず目を点にした部下達がシリウスを見つめる。
「霊騎士たちはレイラーンへ向かっている」
霊峰レイラーン。虹竜が今も棲むといわれる山。
「虹竜が勇者を王と呼んだ【始まりの場所】のことですか?」
そうだ、とシリウスは深く頷いた。
「始まりの場所、そここそが真の玉座の間」
王都からさらに西を目指した先にそそり立つ山並み。そのひときわ高い峰に虹竜は棲むという。
「あの場所で竜と会うことによって竜の力は解放される」
まだ上手く飲み込めない部下がひとり。
「でも・・・・・・霊騎士がついているのなら」
「慣例だ」
凛としたシリウスの声が稲光のように閃いた。
「新王を送り届けるのは我らの責務」
シリウスの引き締まった顔に、彼の凛とした声に神々しさを感じ、思わず息を飲む。
敬愛する人の揺るぎない信念に光を見て、部下達は眩く彼を見つめていた。




