66話 食卓の灯りと外の闇
大人達がわいわいと話す中、ランシャルは1人の少年に目を止めた。
口を真一文字に黙って立っているのはヒツビ飼いの少年ヒュルプだった。彼と目があって落とし物の事がふいに思い出された。
「あっ、君。これ君のじゃない?」
駆け寄ってポケットから取り出した物を差し出す。
ランシャルの手に乗った物を見た少年は慌ててポケットに手を当てて驚き、奪うように懐中時計を手にした。
「あんた、また勝手に持ち歩いてッ」
「痛ッ」
側に立つ母親らしい女性に頭を叩かれて少年は頭をさする。
「落としたのにも気づかなかったのかい? 失くしたらただじゃおかないよ」
母親の説教は続く。
「なに黙ってるんだい。礼のひとつも言えないの? 困った子だね」
母親の手がまた動く。ランシャルは慌てて声をかけた。
「礼なんていりません。塩、ありがとうございました。分けてもらえて嬉しいです」
見間違いでなければ塩を分けてくれた女性のうちの1人だ。
「分けたっていってもほんの少しだしねぇ・・・・・・あ、そうだ。家に泊まっておくれ」
「母ちゃん!」
引き留めようとする息子にかまわず、彼女は他の大人達と話を付けて決定してしまった。
相変わらず着いてくるヒツビを引き連れてにぎやかに彼女の家へと向かう。
黙り込む少年に気まずさを覚えつつランシャルは好意に甘えることにした。
「これは亡くした父の物でね」
彼女は道すがら懐中時計の事を話して聞かせてくれた。
「怪我がもとで兵士をやめた時、偉い方から頂いたそうなの。ほら、こことか金が使われてるでしょ。これは高く売れるから大事にしなきゃね」
大切そうに懐中時計を撫でる彼女の目が、高価な品というだけではない思いを感じさせた。
家にもう着くという頃。青年に呼び止められて彼女は立ち止まった。
少年とランシャルだけが先に家に入り、束の間の気まずい時間が流れる。
「どうぞ」
ぎこちなく、わずかな迷いが混ざった顔で少年は椅子をランシャルにすすめた。
「ありがとう」
少年の顔に迷いとかすかな緊張を感じてランシャルもぎこちなくなる。
「えっと・・・・・・あの時計、君ので良かった」
作った笑顔を真顔で見つめられてランシャルの表情も固まる。
(そういえば、ダルフさん達はどうしてるんだろう)
もうずっと冷たい気配を感じていない。家の中にもいないように思えた。
「さぁ、今夜は美味しい料理を沢山作りますよ」
ドアが突然開いて明るい声と共に両手いっぱいの食材を持って入ってきたのは、少年の母親だった。
開いた扉の向こうにヒツビ達の姿を見えている。
「俺、ヒツビを戻してくる」
気まずさから逃げようとしたのか、本来の仕事を思い出したのか、ヒュルプ少年はそういった。
「いいのいいの、こっちを手伝って」
「え?」
ヒツビを放っておいても叱られないなんて・・・・・・と、少年は不思議そうに母を見ていた。
手伝いの女性が1人増えて、忙しなく料理が作られていく。肉もふんだんに使われ祝い事でも始めるような勢いだった。
「あの、そんなに豪華なものでなくても・・・・・・」
「何をおっしゃるやら、私らみたいのが食べるような物じゃ、とんでもないことですよ」
使い慣れない丁寧な言葉を探しながら彼女はそう言った。
「えっと・・・・・・」
なんだか妙だとランシャルは思った。村の子供に話すようだった彼女の言葉使いが変わっている。
「もしかして、僕の事なにか・・・・・・聞きました?」
「ああ・・・・・・あぁ」
少し迷い少し困って白状する笑いが漏れた。
「ちょっと前にそこで聞いたんですよ。私の家じゃちょっとって言ったんですけどね」
言いながらも料理する彼女の手は止まらない。
「よその目があるから盛大にはできないですけど、領主様のお気持ちだそうです」
もう1人の女が話を続けた。
「ウウシを2頭も買い取ってくださって、その肉を私らもご相伴に預かれるなんてねぇ」
「ねぇ」
楽しそうに笑い合う彼女らを見てランシャルは嬉しくなって、そして、ほんの少し悪い気もしていた。
(ウウシ、2頭も殺されちゃったのか・・・・・・)
料理が各家庭へと持ち帰られて、この家の者達もそろい夕食を食べ始める。
夫婦と子供3人に祖母、ランシャルを含めて7人。
狭いテーブルに顔を寄せあって美味しい美味しいと食べる夜。温かなオレンジ色の灯りに照らされて、笑顔に包まれた食卓。
(ラッドは、どうしてるかな)
親友コンラッドの家での食事風景と重なって懐かしさに心が包まれる。
(ラッドやシリウスさんや皆と一緒に食べたいな)
幸せな空気に温められた心が、ふっくりと膨らんで胸が締め付けられる。
(皆・・・・・・無事かな。早く会いたいな)
ランシャルの不安を掻き立てるようにヒツビ達の声が小さく聞こえていた。
血だ 血だ
怖い 怖い
汚い 嫌だ 血だ 血だ
(ああ、ウウシが殺されるのを見たのかな。聞いたのかも。次は自分かもって思うと怖いだろうな)
ランシャルの背筋をぞくっと冷えが走った。
ランシャルも巨大なスパイドゥや妖魔に命を狙われた。殺される恐怖をいまも覚えてる。だから、少し心が痛い。
ひたひたと雫がこぼれ落ちて転々と地面を濡らしている。
日が暮れて闇の落ちた地面を濡らしているのは赤い液。それは温かさが抜けたばかりの血。
怖いと鳴きかわすヒツビ達のその背を濡らして滴り落ちる。
ランシャルの居る家の周りをヒツビの群れが取り囲みぐるぐると歩かされていた。
「ほら、もっと広がれッ。動け」
村長の指示にしたがって村の青年がヒツビの群れを誘導する。
「あの子供に霊騎士は近づいていないか?」
村長に問われて青年は頷いた。それはランシャルが動物の通訳をしていた頃の事。
領主から命ぜられたと村長から聞かされて、今その通りに彼は動いている。
「ヒツビに血を? なんでそんなこと」
初めて聞いた時、不思議に思った彼は村長へ聞いた。
「霊騎士は血を嫌う。触れるとしばらく動けなくなるらしい。新王から遠ざけるためだ」
「なぜ霊騎士を新王から遠ざける必要があるんですか?」
不安を感じて彼は質問を重ねた。
「領主様が後でいらっしゃる。領主様とて人の子、切られれば死んでしまう。どんな事で怒り出すかわからん霊騎士は怖かろうよ」
少しのひっかかりを感じつつ、村に金が入ることと皆の腹が満ちることに嬉しさを感じて、彼は従うことにしたのだった。




