65話 和やかさの影で
「あっ、お前・・・・・・!」
ヒツビ飼いの少年の声より先に仔ヒツビがランシャルへたどり着いていた。
めーめー この子この子
「え? ヒツビ、今朝会った仔!?」
嬉しそうに跳ねる仔ヒツビを見た他の仔達も回りに集まってきて一緒に跳び跳ねる。
めーめー
この子か? 話せる子か?
村へ戻ってきたヒツビの群れはヒツビ飼いの少年を追い越してランシャルへと向かった。
めーめー この子この子
めーめー
この子か? 本当か?
白い川のようなヒツビの群れがランシャルへ流れ着き周りを取り囲んでいく。
(うわぁ、困ったな)
面食らったランシャルをもみくちゃにしてヒツビの群れは増えていった。
ヒツビはよく鳴く。けれど、いつもより声が大きい。
めーめー 聞いてくれ
めーめー 人間に伝えて
ヒツビ達が見つめる先はランシャル。訴える先は1人の少年。
ヒツビの声のうるささに家にいた村人達も出てきて何事かと広場へ目を向ける。見知らぬ少年と村の女が数人、ヒツビに囲まれて立っていた。
「どうしたんだ?」
「こんな所にヒツビを集めて何してるんだ?」
ぼそぼそと囁き合う村人達の声が聞こえていた。
ヒツビの流れは止まらない。
他のヒツビ飼いが連れていた群れまで加わって収集がつきそうになく、押しくらまんじゅうの様な有り様だった。
餌を持っているわけでもない人間にこんなにヒツビが集中するのは珍しい。
その不思議さと見知らぬ少年に気をとられて、村人の多くは些細な奇妙さに気づかなかった。円く集まるヒツビの群れの1ヶ所がへこんでいることに。
見えない何かを避けるように歪になったその場所に、霊騎士達は立っていた。
姿を消しても動物は気配を察知する。
人が気づく前にと霊騎士達は一歩下がった。ヒツビの群れが膨らむとさらに一歩一歩と後ずさる。そうしてランシャルから少しずつ距離が開いた。
「邪魔なヒツビだ」
「ん?」
ゴルザの声を耳にした村人は何もない場所を不思議そうに見ていた。
声高に鳴くヒツビに加えて離れた場所の畜舎からも声が上がり始める。
もーもー ひひぃーん
ウウシも馬も鳴き出して村人が不安に感じ始めたその時、ランシャルはたまらず声を張り上げた。
「わかった! わかったからッ、黙ってッ」
動物達は泣き止み水を打った様な静けさが辺りを包んだ。村人達は驚き互いに見交わす。
驚く村人にかまわずランシャルはヒツビ達と話すことに集中した。
「君は何を言ってほしいの? ────言いたい事がこの子と同じヒツビはここに集まって。次は・・・・・・」
ランシャルの指示に従ってヒツビがより分けられていく。
「嘘みたい・・・・・・」
「あの子、動物と話してるの?」
「血族の子供なのか?」
にわかには信じられないが会話をしている様に見える。その光景に村人達は興味をそそられて集まり見ていた。
ヒツビ達を移動させることも忘れ、ヒツビ飼いの少年ヒュルプがその場所からいなくなったことにも気づかずに眺めている。
「北の方の牧草地は苦い草が混じってきているからどうにかしてほしいって言ってます」
ランシャルが伝えたヒツビの訴えをヒツビ飼いは驚きをもって聞いていた。
心当たりはある。けれど、詐欺師のように見て知ったことをヒツビが言っているように話してはいないかと、少し疑いながうなずく。
放牧ルートから毛刈りまでヒツビ達の様々な訴えをランシャルは伝えた。
「ウウシの乳の出が悪いんだが、動物の医者は原因がわからんと言うんだ。聞いてわかるもんなら聞いてくれ」
とうとう村人の方から声がかかった。
半信半疑、ダメもとでといった感じだったけれど、ランシャルは彼についてウウシ舎へ向かった。
移動するランシャル達の後ろを村人とヒツビがついてくる。ぞろぞろと移動する大群のことがだんだん気にならなくなっていった。
「乳の出が悪いのは誰?」
ウウシ舎に入ると囲われた中に1頭ずつ入ったウウシが並んでいた。彼らに向かってランシャルはそう聞いた。
ランシャルの声を聞いて飼い主より先にウウシが声を上げる。鳴いたのは両端のウウシ。
「こりゃ驚いた。乳の出が悪いのは両端の2頭です」
盛んに鳴くウウシへランシャルは頷く。片方のウウシ止めを外しながらランシャルは言った。
「こっちは暑がりであっちは寒がりなんです」
直接日は当たらないが、こちらは日が入り奥は暗い。
離れた向こう側のウウシが自分で横棒を外してこちらへ歩いてくる。その姿を見て主は目を丸くした。
それぞれのウウシが入れ替わって囲いに入り、心地よさげに膝を折って横になる。その姿に主は感嘆の声を上げるばかり。
ウウシ舎を出ようとしたランシャルに声をかけるウウシがいて、ランシャルは笑いながら主へ伝えた。
「乳の出とは関係ないと思うけど。あのウウシは首の付け根を撫でられるのが好きだから、ブラッシングの時にここを長めにしてほしいと言ってます」
そう聞いて主は苦笑いだ。
「ああ、こいつが好きなのは知ってる。しかし、もっと長くか? ウウシはいっぱいいるんだぞ、お前だけに時間はやれねぇよ」
主は目を細めて優しくウウシを撫でながらそう言った。
ぐうぅぅ
「あっ」
ウウシが返事するかわりにランシャルの腹の虫が鳴いて笑いが起こる。
物見遊山をするようについてきていた村人達の中から声がかかった。
「お昼食べてないのか?」
「・・・・・・ええ」
恥ずかしそうなランシャルの仕草に女達から笑いが漏れる。
「家に来る?」
村娘を制してウウシ舎の主は妻へ声をかけた。
「なにか食べ物はあったか?」
「昼のスープが少しなら」
「礼と言っちゃなんだが、食べていくか?」
「いいんですか?」
ぱっと表情が明るくなったランシャルに女達から嬉しそうな笑い声がこぼれた。
少なくはないスープとパソを食べてほっと息をつく。味のついた食べ物は久しぶりで、耳の下が痛くなるほど美味しかった。
窓から覗かれて居心地の悪い思いはしたものの、彼らの好意がありがたかった。
(僕の村より少し暮らしは楽なのかな?)
継ぎ当てをした服を着ている者は少ない。いても子供が膝小僧に当てているくらいだ。そして、少ないとはいえ残るほど食事を作れる。
(どの村もこんな風だったらいいのに)
自分の育った村と同じような風景を眺めてランシャルはそう思った。
その後も村人に声をかけられて動物達の通訳は続いた。そうこうしているうちに太陽は傾き地面が近くなる。
「こんな時間から歩きじゃ明るいうちに隣の村に着けないな」
誰の家に泊めるかと皆が話している中、大人達に混ざってヒツビ飼いヒュルプがランシャルを見ていた。その目がランシャルを越えてその向こうの人垣に立つ青年へ向く。
村長と話をしていたあの青年とヒュルプは目を見交わしていた。




