63話 策略 闇の誘い
「兄さん」
エルザンに声をかけられて記憶を思い返していたアウザンの心が今に戻った。
「殺してしまおう」
「は? なに?」
唐突すぎて話の流れが見えなかった。
「その子が新王なら。我々の行動を知られ反逆を疑われるなら、殺してしまおう」
不安げで焦りの色が濃厚だったエルザンの瞳に光がさしていた。それは強い意思を感じさせて、今までにない気迫にアウザンは気圧された。
まっすぐ見つめるエルザンの瞳に飲まれて見つめ返さずにはいられない。鬼気迫るその瞳から目をそらせなかった。
そして、アウザンは見逃した。
床に落ちたエルザンの影の中に目には見えぬ何者かが潜んでいたことに。
「兄さんが婚約する前、妻になる人の出自を確認したいと言って王宮図書へ行ったこと・・・・・・覚えてる?」
話題が飛んで繋がりが見えない。
アウザンは戸惑い短く返答して頷いた。
「暇を持て余して歩き回った僕が、たまたま見つけたあの伝承のことは?」
そう言ったエルザンの口元がかすかに笑っていた。
「ある男が王を殺した」
文章の冒頭がエルザンの口から語られた。
「王を押し倒した男は王に馬乗りになって、王に剣を振り下ろした」
古い挿し絵がアウザンの脳裏に鮮明に浮かんだ。同時に鼻の奥に古くカビ臭い匂いが香った。
「絶命した王の体から竜の光はほとばしり、いままさに天へ駆け上がろうとした光は・・・・・・」
「──男の体に遮られ、光は男の体に留まり印となった」
アウザンの口から文章の続きがついて出ていた。その声にエルザンの声が続く。
「そして、その男は王となった」
アウザンの視界いっぱいにエルザンの笑う顔があった。
確信に満ちた彼の顔に狂ったなにかを感じ恐れながら、アウザンの心は王印に惹かれていた。
竜の光をこの身に受けてみたい。そう心の中の少年が冒険心がアウザンを揺さぶる。揺れる心をエルザンの声が押す。
「新王は我らの手の内にある。新王は子供だ」
ととととと
罪の意識と不安が心の奥で小走りしている。
子供の頃、親の目を盗んで高価な飴を舐めた日のわくわく感と秘密を共有する楽しさがよみがえる。
「我らも勇者の血族。遥か昔に王宮を去り領主として代を重ねてきたが、王の器に足る者だ。何を恐れる必要があろうか」
エルザンの声が甘く耳に届く。
先の伝承の男は王の息子だった。親を殺した男ですら印があれば王として迎えられる。────アウザンの心の奥から、ささやく声が聞こえるようだった。
エルザンは続けて言った。
「いま村にいる少年王は我らと直接血の繋がらない子供だ。息子を殺すわけじゃない」
甘美な言い訳が正論のような理由にすり変わる。
「だが、王殺しは・・・・・・大罪」
辛うじて理性が覗く、押し止めようとかすかな理性が声をあげる。
父王を殺した男にはそうすべき理由があったはず。と、揺らぐ心をかき分けて理性が顔を覗かせる。────けれど。
「直系の王族ですら狙う命」
「はっ・・・・・・」
「我らが狙ったとして誰が責められる?」
アウザンの心の奥で音がした。強く響いた枷の外れる音。
もうアウザンは抗えなかった。
「・・・・・・霊騎士はどうする?」
口をついて出た声が震えている。
「それは僕に考えがある」
「考えが?」
「汚れを嫌う竜とそれに付随した霊騎士について、もう1つ知っていることがある」
いままでにこれほど弟が頼もしく感じられたことはなかった。
村長が呼び戻され、密やかに計画は伝えられた。
罪の意識と高揚感に心がざわつく。
窓の下に遠ざかる村長の後ろ姿を見ていたその時だった。
「兄さん、ギャレッド様だ!」
弟エルザンの警告に心を引き締めた直後。
「アウザン、何をしていた」
乾いたしわがれ声が頭の中に響いた。と同時に心を這う感覚があった。冷たく乾燥した古木の根が心の中に這い広がるような嫌な感覚だった。
「どうだ。見逃したと言っていたが、最近シリウスの姿を見かけたか?」
ギャレッドの声は落ち着いていた。
つい今しがた心を埋めていた計画を悟られた様子は感じられない。
「シリウスの姿は見ていません」
その場にいなくても膝を着いて頭を下げてしまう威厳がギャレッドの声にはあった。
「そなたの領を例の子が通る。ルグルからそのように聞いているが、もう通過したか?」
企てを感じ取られぬように、慎重にアウザンは答えた。
「いま、私の領におられます」
「殺すつもりか?」
間を空けず突かれて思わずアウザンの心がぎくりと跳ねた。
「ほぉ・・・・・・悪巧みの気配はそれか」
思考は止めても感情の気配までは消せなかった。アウザンの首を嫌な汗が伝った。隠すか言ってしまうか、と思考に上らないように感情の中に必死に埋めて迷う。
「ギャレッド様のためにあの子供へ刃を向けようと話しておりました」
そう言ったのはエルザン。アウザンは驚き視線を彼に投げた。
「おや、エルザンも側におったか」
「はい。近くにいるだけでお声が耳に届きました。お力が健在でなによりでございます」
「相変わらず口が上手いのう」
まんざらでもなく喜ぶ気配が感じられる。
「隣の領を越えれば次は王都のあるラインシュルト領。ここで断てば王族の方々にとって好ましい時間が続くのではないかと話しておりました」
前から考えていたかと思うほどするりとエルザンはそう言った。
お喋りで会話の機転は利く方だったが、心を覗かれながら躊躇いも感じさせない弟に舌を巻く。
「シリウス達と互角に戦える者はいるか?」
「お気になさらずに。いまは霊騎士と一緒です」
「それならばなおのこと。王妃の使い魔を差し向けよう」
主導権を取られそうになる。が、エルザンは引かなかった。
「ご心配などなさらずに。私に考えがあります」
感心するギャレッドの気配がする。
いままで兄の影に隠れていた男の力強い声に、驚き面白がっている感情が伝わってくる。
「竜の光がどこへ飛ぶか。楽しみにお待ちください」
ギャレッドの心が笑っている。
「そこまで言うならば、楽しみに待ってみるとするか」
ギャレッドの声が止み、心に這い広がった気配も消えてだいぶ経った頃。ふたりはほっと肩の力を抜いた。




