62話 領主と竜の力
報告したいことがあると村長が来た。そう聞いた時点でアンハルバー領主アウザン・チェスはこめかみに手を当てた。
「本当に申し訳ありません」
シュルツ村の長グロワは深々と頭を下げたあとアウザンを盗み見ていた。
(何故だ。どうして我が領では違う動きをする)
椅子に深く腰をかけ肘掛けに置いた手で頬杖をつくアウザン。彼は目を固くつぶって身動きひとつしない。そんな領主の姿にいたたまれなくなった村長は続けた。
「ヒツビ飼いが見た影は1つだと聞いています。見間違いかもしれません。ただの旅の少年の可能性も・・・・・・」
アウザンの眉間のシワが深くなる。
ただの少年ではないとアウザンにはわかっていた。だから頭が痛い。明らかに頭を悩ませている領主へ村長はさらに言い訳を続けた。
「先程お伝えした通り、村に入ったのは少年1人。霊騎士が一緒なら他の町や村と同じく決して」
「わかった」
アウザンは村長の言い訳を遮った。長々と聞いている気力はない。
昨日、いくつもの町や村から報告を受けての今日だ。動きを追ってはいなかったが間違いないだろう。
「入れてしまったものはしかたない。早く出て行ってもらえ。無礼にならぬよう自然にな」
アウザンが払うようにひらりと手を振ると、グロワはこめつきバッタのように頭を下げて早々に部屋から出ていった。
「他の領地はただ過ぎたというのに、何故」
独り言のようなアウザンの声を弟エルザンは聞いていた。隣に並んで置かれた椅子で顔を青ざめたり紅潮させたりしながら。
「昨日報告があったのが本当に新王だとしても、シュルツ村のは別人じゃない?」
エルザンは肘掛けを越えてアウザンに体を寄せてそう言った。
「いや、同じ少年だ」
「嘘だろ? だって霊騎士が一緒じゃないって」
「いま確認した」
「もう一度見てくれ。見間違いってこともあるだろ」
せっつく弟にアウザンは声を荒らげた。
「この距離で見間違えるわけがない! 私の力を疑うのか!?」
激昂したアウザンを前にエルザンは縮こまるばかりだった。
「兄さんの遠見力を疑ってるわけじゃない」
40歳を過ぎた弟が椅子の中で小さくなっている。その姿を見てアウザンは怒りをぐっと抑えた。
不安に駆られ焦っているのはアウザンだけではない。
領主である父を早く亡くしてから兄弟でなんとかやってきた。弟とは運命共同体だ。
「疑ってはいないけど、子供を2人見たと言ってたでしょ? どっちが王かわからないって」
アウザンは弟から顔をそらして片手で顔を押さえた。
「霊騎士が一緒にいる方が王に違いない。いま村にいるのはその少年だ」
エルザンの表情がくるくる変わる。
驚き不安と恐れに揺れ焦り、思考の流れた先に疑念が浮かぶ。
「昨日、新王が立ち寄った町や村はどこも物資や武器を隠している場所ばかりだ。まさか・・・・・・」
エルザンは床に目を落とし呟くように言った。それと同じ思考をアウザンもすでに辿っていた。
アウザンは遠見の力を持っていた。望遠鏡で見るように遠く離れた場所を見る力。そして、弟エルザンは竜の力が自分に近づくとわかる感知の力を持っている。いずれにせよ攻撃には向かない力。
「知ってる? 誰かに聞いた?」
エルザンの呟きは独り言か質問かわからないほど小さくなっていく。
「聞いたとしたら、たぶん。ハウンディー・ハグルドあたりか」
アウザンの言葉にエルザンは頷く。
ハウンディーに頼み込んで何度か剣を造らせたことがあった。質素を好むランセル王が受け取らないだろうことを見越して豪華に宝石をちりばめた物を。
案の定、200本のうち10本だけ受け取りあとは返してきた。
戦闘に不向きな装飾を取り秘密裏に売って物資に替え隠す。そうして少しずつ備蓄してきた。
王へ反逆の思いがあるわけではない。けれど、攻撃系の力を持つ血族や兵力をちらつかせて無理を言ってくる者に対抗しなくては。もしもの時のために・・・・・・とそうしてきた。
(だが、不確かなことを口にする男か?)
献上後の剣の行方を調べた形跡はない。そう思っていた。
ハウンディー・ハグルドは思慮深い男だ。調べずともこちらの動きに感づいているとも考えられはするが。
(ハグルド家の方角からく来るのを見た。ただそれだけ)
アウザンが見たのは、新王がこちらに近づいていると聞いて遠出をして2つ向こうの領から力を使った時のこと。
ハウンディーと接触したかは定かではない。
「ただの偶然?」
そうであってほしい希望。エルザンは心配げな顔で、ぽつりとそう言った。
「ルグルは何と言ってた?」
アウザンの問いにエルザンの顔はさらに不安さを増した。
「今朝も不在だった。昨日もいなかった。兄さん、探してみてよ」
「建物の中までは見えん」
そう言ってアウザンは深いため息をもらした。
ルグル・スウォルはアウザンの治めるアンハルバー領の北東で接する隣の領主。未来を見る先見の力を持っていた。
「新王はあちらの領からこちらを抜けて西へ行く。彼はそう言ったな」
「ああ、そう言っていた。接触してくるなんて言ってなかった」
ルグルからこの事を聞いたのは5日ほど前のこと。アウザンは遠見の力で新王を連れたシリウスの姿を確認している。
「接触してくることを知っていればもっと徹底しておいたのに。今回はどうして言ってくれなかったんだ?」
ルグルとはずっと上手にやってきた。互いの力を補いあって難題を潜り抜けてきた。今回に限って何故。
(どんな未来を見た? 関わらないように逃げているのか?)
未来は変えられるかと。昔、彼に聞いたことがあった。
『未来は見える。でも、介入した後どうなるか。それは関わった後でなければ見えてこない』
変えられないとは言わなかった。けれど、ルグルの悲しげな顔が印象に残っている。




