59話 無意識下の発動
戦いの渦中でランシャルは立ち尽くしていた。火花が散り体をぶつけ合い、刃を擦り合わせて続く戦いの中に。
夢だ
これは夢だ
自分に言い聞かすランシャルの心を霊騎士の声が掻き乱す。
『竜の力なら、過去見か先見か』
違う! 違う!
飛ぶ汗が血飛沫が、生々しい息づかいが心を急き立てる。
助けたい
助けなきゃ!
どうしたら・・・・・・!
隙をついて刃がルゥイへ迫っていた。
(はっ!!)
「やめて!!」
ルゥイを庇ってランシャルは迫る剣の前へと躍り出る。同時に風が吹いた。
一陣の風が男を襲う。
剣を振り下ろそうとしていた男に風がぶち当たって男の体を浮かせた。わずかに体が浮いてバランスを崩しかけた男が後ろへたたらを踏む。
「くそッ」
男は即座に体勢を戻し剣を握り直す。男が続けて攻撃を行うまでにルゥイの注意も男へ向いていた。
風が吹いたことを男は気にとめていなかった。崖の上だ。突風くらい吹くさ、と。
「だいぶ疲れてるようだな」
シリウスへ向けられた声がランシャルの耳に届いた。
「試合の時の動きはどうした?」
体重を乗せて繰り出す剣をシリウスは弾き返す。
前後を敵に取られてシリウスは2人を相手に戦っていた。前の男の剣を跳ね返し後ろからの剣を避けて、忙しなく動くシリウスの剣は前へ後ろへと淀みない。しかし、こちらから攻撃を仕掛ける間を作れず応戦一方だった。
ダメだよ!
そっちは崖!
2人の剣をかわすシリウスが、じりじりと崖へ追い詰められていく。
相手はシリウスより太く大きな体をしている。繰り出す剣の重みが少しずつシリウスの体力を奪っていく。それはランシャルにもわかった。
もう、夢か竜の力かと考えている余裕はなくなっていった。
シリウスの荒い息がランシャルの心を焦がすようだった。
「やめて! やめて! お願いだから!!」
手を出すランシャルを人も剣もすり抜けて行く。
シリウスを崖に追い詰めて、並び立つふたりの男の剣が交互に彼を襲う。あと5歩で崖の終わり。
あと3歩、2歩、1歩。
シリウスの踵が崖の際にかかった。
「シリウスさん!」
シリウスが剣を弾き返した次の瞬間、男は彼へ体をぶつけた。肘を突き出してシリウスの胸元を後方へ突き上げる。
「くッ!!」
石塊がこぼれ落ち体が崖のラインを越える。
「シリウスさぁ────ん!!」
全てがスローになってシリウスの表情がこわばり、男の顔が勝利に笑む。
ランシャルは崖の向こうから走った。
鳥のように崖を吹き上げる風をつかんで走る。
「うわあああ────ッ!!」
両腕を広げて崖から林へと走り抜けた。
シリウスを崖の上へすくい上げて、ひときわ強い一陣の風となって男達を襲った。ロンダルをルゥイをすり抜けて、男達だけを巻き込んだ風が走り抜けていった。
はっと目覚めたランシャルは、夢の中の景色と目の前の風景が混ざって時間と空間に違和感を感じた。
夢だと思いながらあの場所にいたような強い感覚が残っている。どちらが夢かと惑う朝、霊騎士達は彫刻のように動かず黙っていた。
まだシリウス達といた感覚から抜けられないまま釣糸を垂らす。
覚めぬ夢を見続けるように追想しながら、ぼおっと川の面を見つめていた。
(ダルフさん達が言うように、ただの夢じゃなくて竜の力だったら)
あまりにもはっきりしすぎた夢。あれが現実だったなら、そう思うと胸騒ぎがしてしかたない。
(あの後どうなんたんだろう・・・・・・)
そんな事を思っていた時、すぐ側で聞こえた声にランシャルは引き戻された。
んめぇ──っ
「え!?」
思いもよらない声に目が点となる。なぜここにと疑問が先に立った。
めぇ
ヒツビの仔がランシャルの側で鳴いていた。
「え? なんで? どうしたの?」
んんめぇ~・・・
(ママいない)
不安げな潤む目がこちらを見ている。
「はぐれちゃったの?」
んめ (うん)
辺りを見回しても他のヒツビの姿はない。
川が作った小さな谷。見えるのは川と岩場と小高くなった両脇の傾斜くらいだった。高くなった場所には木々が生え下草が足元を隠している。
「困ったな。どこからきたの?」
めぇ
心細そうに鳴いた仔ヒツビは、ランシャルが腰かけている岩の反対側、川の向こうへ顔を向けた。
「ああ、川から頭を出してる石の上を跳んできたのか」
め──っ (そう)
嬉しそうに元気な声をたてる仔ヒツビに、ランシャルは苦笑いした。
「じゃぁ・・・・・・仲間は向こうかもね。一緒に行こうか」
め”──っ (いや)
「どうして? お母さん探してたでしょ?」
めーめーめぇ!
(叩くの 痛いの!)
大声で訴えていた仔ヒツビが、急にランシャルの後ろへ隠れた。
「おい! それは家のヒツビだ! 返せッ!」
川の向こうの高い場所から少年がランシャルを見下ろしていた。ランシャルと年の近い少年は草を分けながら下りてくる。
仔ヒツビはさかんに「あいつ、あいつ、叩く」と言っていた。
「耳の切れ込みを見ろ、家のだ」
少年は手にした棒で仔ヒツビを指しながら近づいてくる。仔ヒツビはランシャルに隠れながら鳴いていた。
「ちょっと待って」
仔ヒツビがあまりに泣きじゃくるので、ランシャルが間に割って入る。
「お前、ヒツビ泥棒か!?」
「違うよッ」
いまにも棒で殴りかかってきそうな少年に、ランシャルは慌てて否定する。
「叩かないであげて」
「はあ?」
「叩くから嫌がってる」
「群れから外れるやつは叩かれるもんさ」
「強く叩かなくてもいいでしょ」
邪魔臭そうにランシャルを見ながら少年は仔ヒツビに手を伸ばす。
「優しく叩いたらすぐ忘れる。痛いくらいがいいんだよ」
「そんなことないよ」
ランシャルは仔ヒツビを後ろへ庇った。
少年の声が大きくなってランシャルの声も大きくなる。
「何言ってんだ。動物と話せもしないのに、そんなことわかるもんか!」
「わかる! 僕は話せるから!」
「────はぁ?」
意表を突かれた少年が間の抜けた顔でランシャルを見つめた。
「食べるのに夢中で群れが移動したことに気づかないことって、よくあるんだよ。知ってるでしょ?」
ヒツビ飼いの少年は少しばつが悪そうな顔になった。
「そりゃ・・・・・・そういうことも、あるけど」
「気づかせてあげるだけでいい。軽く叩くようにして。お願いだから」
下手に出たランシャルにお願いとまで言われて、少年は口ごもり小さく頷いた。
「わかったから・・・・・・いいだろ」
ランシャルの返事も待たずに少年は仔ヒツビを抱き上げた。
「大丈夫だよ、もう強く叩かないって」
じたばたする仔ヒツビに声をかけて、ランシャルは少年に視線を移す。
「そうだよね」
「ん、うん」
腕の中の仔ヒツビが急におとなしくなるのを少年は不思議そうに見ていた。
そのまま何も言わずに立ち去ろうとした少年は、川の向こうで振り返り顔を強張らせた。その目はランシャルを越えて後ろに流れて凍ったようだった。
ランシャルが振り返るとフードを目深に被ったダルフが立っていた。
明るい朝の中、黒々とした彼の姿を恐れて少年は転びそうになりながら去って行った。
「あまり驚かせないでよ」
「誰かと言い争っているようだから見に来た」
少年が去ったあと、ランシャルは光る落とし物を川の側で見つけた。




