55話 力の波間
「ダリルさん!」
コンラッドの声にランシャルは振り返った。見たことのある部屋の中で、コンラッドがダリルを引き止めている。
(ここは・・・・・・村の、診療所?)
「出てこいよ!」
外から大声がしてランシャルの見ている景色が切り替わる。
窓から怖々と覗き見る村人。見たことのある風体の男が2人、診療所に向かって声を張り上げていた。
(僕たちを襲った男達に似てる。・・・・・・まさか、別れて村に向かった者が?)
ダリルひとりが出てきて扉を閉めた。ランシャルの目の前に彼が立っている。
「何の用ですか?」
言ったダリルにニヤリと男達が笑う。
「痛みを感じない体にしてあげようかと思いましてね」
男達は剣を引き抜きダリルは剣に触れた。
「他所でしませんか?」
「いや」
首を横に振った直後に男はダリルへ向かって走った。
(ああ!!)
ランシャルは声も出せず見ていた。
男のひとりが診療所の入り口の階段を駆け上がる。ダリルはその頭上を回転しながら飛び越えた。
2番手の男の目の前に着地して、
「くっ!」
傷口に響く衝撃にダリルは歯を食いしばる。痛みを切り離して、立ち上がりざまに剣を繰り出した。
「はっ!」
男はのけぞり剣を避ける。
後ずさった男に背を向けて、回転した勢いのままダリルは背後の男へ剣を振るった。
「はっ、ははは」
楽しげに笑う男へさらに剣を見舞ってダリルは横っ飛びした。前後にいた敵2人を正面にしてじりっと後退する。
「診療所から遠ざけたいか?」
ダリルが負った傷は左肩。それでも動けば痛みが走る。
(ダリルさん)
ランシャルは3人の戦いを見ていた。3人の側でハラハラと見ているばかり。
「怪我人を相手に2人か?」
余裕がある表情を見せながらダリルはそう言った。
「悪いな、時間をかけたくないんだ」
言って男達が襲いかかる。
ふたりの動きは絶妙で、まるで二刀流の人間を相手にしているかと見えるほど。次々と襲い来る剣をダリルはことごとく弾き返す。しかし、防戦一方に見える。
(・・・・・・ダリルさん!)
ダリルがおされている、ランシャルはそう思えた。でも、それは違った。少しずつ下がりながらやり過ごしている。
軒先の柱の影に入って剣を交わし、荷車を間に睨みあう。
「いい腕だ、こっちに付かないか?」
言いながら息を整える。
「誉めてもらって悪いが、この白いマント気に入ってるんだ。脱ぐ気はない」
マントの白い背には王付き護衛隊の紋章が金色に光っていた。
「なら、しょうがない」
再び剣が火花を散らす。
2対1、どんなにダリルの腕が立っても動きは鈍る。傷口を縫った糸は切れ服を赤く染めていった。
遠くなった診療所。その入口にコンラッドが立っている。心配そうに立つコンラッドの姿が小さく見えていた。
ガシンッ!
ダリルの剣が捉えられ弾き飛ばされて弧を描く。次の瞬間、ダリルの足を男が払った。
「・・・・・・あぁ!」
地面に仰向けに倒れ込んだダリルの首へ、閃く剣が振り下ろされる。
「ダリルさ────ん!!」
がばっと起き上がったランシャルは荒い息のまま辺りに目を走らせた。
「また悪夢を見たのか?」
バリトンの声がランシャルを気遣う。その声の先にはダルフがいた。
ランシャルの心臓は忙しなく、握りしめた手はじっとりと汗をかいていた。
「はぁはぁ・・・・・・夢? 夢だったの?」
額や首の汗をぬぐいながら、ランシャルはうわ言のようにそう言った。
霊騎士たちに囲まれている今の方が夢かと思うほど、はっきりとした夢だった。まるで体験したことを思い返して見る夢のよう。
「夢じゃなければ先見か過去見だろう」
「なに? それ」
「竜の力だ」
ダルフはランシャルを見つめながらそう言った。
「虹竜は時を駆けることができるそうだ」
ダルフは端的に言ってフードを被り直した。
「視界に目移りしたり考え事をしてる昼間より、寝ている時の方が力の影響を受けやすいんだろうな」
明るい声でフィルが付け加える。
「ちょっと待って、それって・・・・・・いま見てたのが夢じゃなくて本当の事だってこと?」
「さぁな。竜の力だとしたら先か後かのどちらかだろうな」
「俺たちには見えない」
フィルとゴルザが肩をすくめる。
「夢か竜の力かはわからん。気にするな」
「でも」
ゾッとする。
あれが実際に起きたことならあのあとどうなったのか。これから起きることなら防ぎたい。落ち着き始めた心臓がまた早くなる。
「どうしよう・・・・・・今から戻れない? 戻ったらだめ?」
胸の奥がざわついて仕方がなかった。
救いを求めるようなランシャルの目を霊騎士たちはあえて避けている。ランシャルは来た道を見つめながら立っていた。
「どうだ? 遠見の力で何か見えるか?」
面白そうに言うフィルにランシャルは黙って俯いた。そんなランシャルの肩にフィルは腕を回す。
「不安なときは美味しいものを食べるに限る」
「ああ、腹が満ちれば不安も遠退く」
ゴルザが笑いながら言った。
「久しぶりにたらふく酒が飲みたいな」
「憑くのはかまわんが、子供を使って酒を飲むのは誉められたもんじゃない」
丸い腹をなでるゴルザへティトルが珍しく釘を刺す。
「いや、そこはそれ。現地調達してだな」
「ほどほどにしなよ」
声が小さくなっていくゴルザへティトルが重ねる。彼の高い声もあいまって、亭主を叱る女房のようだ。
「味気ない食事に飽きたろう? 今日は町にでも寄って美味しいものを食べよう」
ふたりの会話を聞いていたランシャルを覗き込んでフィルが笑顔を向けた。
「お金持ってる? 僕、持ってないよ」
フィルはひょいと肩をすぼめて小首をかしげる。
「俺も持ってないが・・・・・・。俺達の姿を見れば、お前が何者かわかるだろうさ」
「王様に食事を出せば褒美がもらえる」
「僕、お金も褒美になるような物も持ってないよ」
ゴルザが笑った。
「あの時の者ですって王都へやってくるさ」
ゴルザとフィルにはさまれてランシャルは首を捻る。
「皆が追いつくまで動かない。食事の味は我慢する」
ランシャルはそう言ってふたりの間から抜け出した。
「今日は町へ寄る。行くぞ」
ダルフが言って立ち上がる。するとどこからともなく霊馬が姿を現した。
「行かない!」
「じっとしていると悪いことを考えるものだ」
断言するダルフの声が場を包んだ。
「い、行かない」
「霊馬は歩かせる。少しでも先に進むんだ。違う景色でも見て気分を変えろ」
ぶっきらぼうなダルフの声は有無を言わせない。押し黙るランシャルのとなりにフィルが立った。
「あんな言い方だが、お前の事を気にしてるんだぜ」
耳打ちするフィルの声を聞きながら、ランシャルはダルフの背を見つめていた。
「気分が変われば悪い夢も見なくなるさ」
見たのが竜の力によるものじゃなければな。と、フィルは一言付け加えた。




