54話 力は寄せる波のごとく
ファスティアが紅茶に酒を垂らすのを見て、兄ファラール・ラウ・ハイライティアは眉をひそめる。
「酒で気をまぎらわせず彼女に会いに行け」
「もう会ってきた」
少しいじけたようなように言ってファスティアは紅茶を口に運ぶ。そんな彼に兄は小さく首を振った。
「シリウス達の手助けでもして早く新王を玉座に収めてしまえ。そうしたら彼女は王妃の座を退いて自由になる」
そう言いながらファラールは手首に腕輪を通す仕草をする。誓いの腕輪だ。結婚しろと暗示させてファスティアを見つめてる。
「楽しい生活が待ってるぞ」
「私はいまでも楽しく過ごしてるよ」
「そうは見えないが?」
見つめるファラールの視線を避けてファスティアは揺れる紅茶の面を見ていた。そんな彼の口から寝言のようにかすかに言葉が転がり出る。
「王の死因は毒だった」
兄ファラールは聞いているのかいないのか、紅茶のカップに口を付けてすいと一口紅茶を喉に落とす。
「私が無事か顔を見たかったなどと言って、本題はそちらか」
苦笑いする兄にファスティアはいたずらっぽく笑うだけ。
「誰が犯人か、兄さんの力で見れないかと思って」
おねだりする様なファスティアの目を避けてファラールはもう一口紅茶を飲んだ。
「王はしばらく臥せっていた。少しずつ効く毒ならば、どれほど前に王が口にしたのか・・・・・・誰にわかる? 日時もわからぬのでは過去見の力は使えん」
そっけない兄にファスティアが食い下がる。
「なんとかならない?」
「占い師のように都合よく見られると思うな。そんな事ができるなら、今頃多くの人間の尻尾を操ってのしあがってるさ」
それもそうかとファスティアは笑う。
「それより」
声をひそめた兄にファスティアはちらりと目を向けた。
「昨夜か今朝に、過去見の力を使った者がいる」
楽しげな兄の目をファスティアが覗き込む。
「兄さん以外に過去見の力を持つ人いる?」
「今まではいなかった・・・・・・はずだ」
兄の顔は秘密の鍵を見つけたようにうきうきとしている。
「幼子が使えるほど成長したとも考えられるが・・・・・・あるいは」
ファラールの瞳が問いかける「わかっているだろ?」と。
「あるいは、新王か」
言ったファスティアの胸を「わかってるな」と言いたげに兄の指がつつく。
「新王はどこまで来てる? お前の情報網なら知っているんだろう?」
力を使った者が新王ならばだいぶ近づいているにちがいない。ファラールの目が好奇心に満ちている。
「彼が住んでいたという辺境から王都までの距離で、半分を越えたところかな」
ファスティアの答えに「ほう」と短く言ってファラールは窓の外へ目をやった。
「その距離で力が発現するのか」
竜の力が解放されるのは玉座についたあと。しかし、力の源に近づくほど影響を受けて力は発現しやすくなる。ハイライティア家、勇者の直系の者の多くがそのことを知っていた。
「だけど、開放されるまでは力は不安定なんでしょ? 心配してるの?」
「そんなことは気にしてない」
子供に戻ったように顔を寄せ会って話は続く。
「同じ力を持つ者がいると、私は初めて感じた。心が震えた!」
少女の様に目をきらきらとさせてファラールはそう言った。
「私だけが触れていた弦を、遠くで誰かが弾いた。そんな感じだった。心の奥が跳ねたんだ」
少し興奮した兄を見て恋する乙女のようだとファスティアは思った。
「新王に会ってみたい、顔を見てみたい」
「息子も娘もいる人がそんなにはしゃいで」
笑うファスティアへファラールが恨めしそうな目を向ける。
「お前はハウンディー・ハグルドが力を使うとわかると言っただろう? 私は羨ましかった」
「羨ましかった?」
ファスティアが目をしばたたく。
「そう、それはまるで・・・・・・双子。そう、双子の片割れのようじゃないか」
ファスティアは苦笑いした。
「双子・・・・・・ねぇ」
「新王がさらに近づけばより多くの者が感じ始めるだろう。他の者はどう思うかなぁ」
うきうきとする兄の横でファスティアは思考の海に浮かんでいた。
(王が私と同じ力を使ったならもっと近くで感じるはずだ)
「ランセル王が存命中に使った感じはしなかった」
「そういえば、そうだな。私も感じたことはなかった」
(王はなぜ使わなかったんだろう)
開放された力なら自由に使えたはずなのに。
死を避けることができたはずなのに。
紅茶を口に含むと、加えた酒の香が鼻腔をくすぐる。そして記憶の中の王、その人の顔を琥珀色に染めていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ランシャルが霊騎士たちと行動を共にしてから1日が経ち2日が経った頃。
「今日はここで野宿しよう」
「まだ昼過ぎだぞ、霊馬が速すぎて疲れたか?」
ランシャルは首を振る。
「霊馬が速すぎるからゆっくり時間をとらなきゃ、皆が追いつけないでしょ?」
霊騎士達が肩をすくめて呆れた顔をする。
それでもランシャルは気にしなかった。頼むよりも意見を言ったほうが霊騎士達が従ってくれることに気づいたからだ。
丘の中腹にある平らな場所で馬から降りる。
見下ろす平地に村や町がぽつぽつと見えていた。ランシャルが住んでいた地域よりそれぞれの距離が近い。
ランシャル達は村々を避けてここまで進んできた。
森の濃い緑とヒツビたちを放牧する草地の明るい緑が織り成すのどかな風景。
穏やかな風景に合わせてか霊騎士を恐れてか、敵の襲撃を受けることなく順調に進むことができていた。
「待ってるのか?」
平地を見下ろしているランシャルへバリトンの声がそう聞いた。
「俺たちに任せて追うのを止めたかもしれんぞ」
ランシャルは首を振った。
「霊馬の足は速い。もう諦めたんじゃないか?」
「そんなことない。速すぎて追いつけないだけだよ。待ってたら追いついてくれる」
「どうかなぁ」
のんきな声で言ったフィルは弓を手にしている。
「近くに川はなさそうだから俺が食料を調達してやるよ」
そう言ってフィルは大声を張り上げた。
声に驚いた鳥が飛び立つ。
間髪入れずに放たれた矢はあっさりと鳥を射貫いていた。
ランシャルは眉間にシワを寄せ両耳を押さえてじっとしていた。
「苦手か?」
「うん」
「魚はさばくのに?」
フィルは面白そうに笑った。
「魚より鳥の声のほうが感情がはっきりしてて、辛いから」
そうかと言いながらフィルは鳥の首を絞める。
「淡白な味にも飽きたろ? 近くの村に寄るか?」
ランシャルは首を振る。
「今日はここにいる」
「本気で来ると思ってるのか?」
ダルフが聞いた。
「来る」
「信じてるのか?」
「うん、きっと来てくれる」
「人を信じすぎるな」
ダルフの忠告を聞きながらランシャルは彼に目を向けなかった。
「なんだかわからないけど、きっと来てくれる。そんな気がするから」
来た道に白い点が見えないかと見つめるランシャルを、ダルフは黙ってみていた。




