53話 夢・現(ゆめうつつ)
幼いランシャルの前で母が花冠を編む。
ささくれ立ちかさついた手で編み上げる。
「ほら、できた」
いくつも束ねられ編まれた花冠は太く、ランシャルの頭にしっかりと乗せられた。
「似合うわよ。私の小さな王様」
母と幼い自分の姿をランシャルは見ていた。
母の笑顔が笑う声が懐かしくて、喉元にせり上がる悲しさで目頭が熱くなる。
(・・・・・・お母さん)
幼いランシャルが花冠に手を伸ばす。
「ぼくのお父さんも王様?」
「そうよ。でも、皆の前ではシ──ッ」
口元に指を当てて母が笑う。
「ほんとうに王さま?」
「本当よ」
「お父さんってどんな人?」
母が少し悩んだ顔を作る。
「優しい人よ。優しすぎていつも困ってた」
母はそう言って困ったように笑った。
春のような暖かな場所で、初夏のように鮮やかな風景の中で母とふたり。
母と暮らすふたりっきりの日常を悲しいと思ったことはなかった。
「お父さんは毎日なにをしてるの?」
「んー・・・・・・いろんな事を考えて、皆が少しでも幸せになれるように頑張ってるのよ」
母の答えは曖昧で、幼いランシャルはわかったような顔をしながら小首をかしげた。
「しあわせ?」
ぴんとこない顔を可愛いと言って母が笑う。
(人を幸せにできれば、良い王様?)
唐突にダルフの声が割って入った。
「今この時代の民を幸せにできる王なら、それでいい」
ダルフの声が暖かな世界に冷たい風を吹かせる。
(幸せって・・・・・・国中の人の幸せって、なに?)
冷たい風が花畑を散らしていく。
「ランシャル、お父さんの手助けをして」
(お母さん)
「彼の、王様の理想の国を作るお手伝い」
理想の国。
父の顔は浮かばない。彼の思う理想の国も描けない。
「時代は移り変わる」
ダルフの声が重ねる。
「俺達に認められる王にならなくていい」
一気に日が落ちて世界が暗くなった。
「民に認められる・・・・・・王?」
4つの影が消えてランシャルは辺りを見回す。
「領主ハウンディーは優しいと民は言いますが」
シリウス達を見つけてランシャルの目が止まる。
「頼りなく思われているようです」
「優しいだけではな」
微熱でぼーっと聞き流した会話の様子がおぼろげに浮かんだ。
「ランセル王も優しすぎだったな」
(ランセル王? 死んだ王様? ぼくのお父さん?)
ぐるりと世界が回る。
「統べる力と運がなければ」
霊騎士の姿はどこにもないのに、その声だけが大きく世界を揺さぶる。ランシャルはぐるぐると目を走らせた。
「お父さんの手助けをして」
「お母さん」
「優しすぎていつも困ってた」
「お母さん、お父さんはもう・・・・・・」
「ランシャル、王様の手伝いをするのよ」
母の優しい手がランシャルの頭を撫でる。
「お母さん! 王様はもう死んだんだよ!」
母に黙っているつもりだったのに、いまランシャルは大声で叫んでいた。
「お父さんはもういないんだ!」
笑顔が崩れて母の目から涙がこぼれ、涙は雨へと変わった。
あの男達は母に言っただろう。心の準備をする間も与えず父の死を口にしただろう。
雨はどしゃ降りになってランシャルの足を腰を飲み込んでいく。
階段の上の椅子から王冠が転がり落ちて、とぷんと見ずに落ちていった。
「お母さん!!」
母がどこで死んだか知っているのに必死で水の中に母の姿を探す。水を掻いてどんなに探しても母の姿は見つからない。
冷たい風が吹く暗い世界のあちこちから手が伸びる。
「お前が王か?」
「お前が印の者か!?」
(ああ!!)
沢山の男達が妖魔が魔物達がランシャルに取りすがる。
「やめてッ」
沢山の手に飲み込まれて体が千切れそうになる。
「印」
「王の印」
払っても払っても伸びてくる手が、とうとうランシャルの首にかかった。
(ああぁぁ──!!)
「行きましょう」
人の手がランシャルを引き上げる。
(シリウスさん!)
「玉座の間へ」
銀光を閃かせてシリウスの件が闇を切り裂いた。
キン! ガキッ!
剣のぶつかり合う音が耳に痛い。
(え!?)
血飛沫が舞ってランシャルの顔や吹くに赤い点をぽつぽつと付けた。
(シリウスさん?)
シリウスの腕に頬に傷が付く。
ルークスがダリルが傷を負い、ロンダルもその背に真一文字の傷ができる。
「ランッ! ダリルさんがッ!!」
コンラッドの声に振り返れば、2人の男を相手に戦うダリルの姿があった。
苦戦するダリルが足を払われて倒れ込む。
「やめろぉ──ッ!!」
コンラッドの声が駆け抜ける。
光の線を描いて剣がダリルを襲う。剣はまっすぐダリルの首へと落ちた。
「ああ────ッ!! ・・・・・・あ」
ランシャルの視線の先に霊騎士がいた。明るい森のなか、地面を光が照らし出している。
「はぁはぁはぁ・・・・・・夢?」
首も胸も背中も汗で濡れていた。
生々しいコンラッドの声が耳の奥に残っていた。
「怖い夢でも見たか」
ランシャルの回りには霊騎士しかいなかった。
「皆は?」
「まだ来ない」
焚き火は消えてくすぶっている。ランシャルはぶるっと体を震わせた。
「皆、大丈夫かな? 皆がどうしてるかわかる?」
「知らん」
ランシャルの問いに冷たく短い返事。
「お守りはお前だけでいい。他は知らん」
霊騎士達に急かされて朝食を調達して食べる。
「悪いが町へは行けない。俺達は金を持ってないからなぁ」
「俺達の姿を見たら年寄りが沢山死んじまいそうだしな」
言ったフィルに被せてゴルザが言い、皆が笑った。
「今日は移動しないで、ここでシリウスさん達を待ちたい。いい?」
聞いたランシャルに霊騎士達は黙って頷いた。




