52話 霊騎士の素顔(2)
火を起こし魚を釣って焼き上がる頃には、足元に影が落ちていた。
青みの残る空を仰ぎ見ながらランシャルは魚にかぶりつく。
調味料など持ち合わせるわけもなく、塩の一振もない食材そのままの魚だけれど。それでも空腹のランシャルには美味しく感じられた。
「本当に、食べなくていいんですか?」
霊騎士が誰も食べていない中、ひとりで食べることに気が引ける。
「気にするな、食べたら寝ろ。人間には睡眠が必要だ」
言ったフィルはランシャルに目を向けることもなく所在無げに座っている。他の騎士も似たような様子だった。
馬を走らせている間会話はなく、休憩に入って初めて彼らと交流を持つかたちとなって、ランシャルの彼らへの印象が大きく変わった。
謎に包まれ畏怖の対象だった霊騎士。
これまで見てきた彼らの幽鬼的姿そのイメージが、フードを取ったとたん人間へと変わった。互いにタメ口でよく話をする。どこにでもいる騎士崩れのグループ。そんな感じになってしまった。
変わらないのは冷たい空気を放つところくらいだ。
騎士は紳士的な人。そんなイメージもランシャルにはあった。
シリウス達の口調やランシャルへの対応を見て、なおさらそのイメージは強くなっていた。けれど、彼らは違った。ランシャルへの態度はシリウス達のそれとはかけ離れてる。
「僕、本当に新王ですか?」
「そうだ」
何を今さらという顔でフィルが返した。
「僕にタメ口だから」
言ったランシャルへフィルが意外そうな顔を向ける。
「敬語を使ってほしいか?」
「いえ、そんな」
「俺達の王は1人だけだ」
離れて座るダルフが言った。その言葉に他の者達も頷いている。
「1人?」
「ああ、ユリシズだけだ」
「ユリシズ?」
ランシャルの問いにゴルザが答える。
「お前達が呼ぶ勇者様さ」
「ユリシズ・ハイライティア」
ぽつりと名を口にしたティトル。その声は高く女性のようにやわらかかった。
「自分達の王じゃないと思うなら、どうして・・・・・・新王の守護をしているの?」
「竜との契約だ」
「契約? なぜ?」
次々と問いかけるランシャルにゴルザが大きくため息を漏らす。
「子供は厄介だ」
フィルは笑って気にするなと言った。
「どこから話せばいいかな」
しばらく視線を遠くに投げていたフィルが話し出す。
「この国が今と同じくらいに大きくなった頃、流行り病で多くの者が死んだ」
空を見上げて話す彼は地上を見たくない、そう言っているようだった。
「ユリシズも俺達も方々に駆けずり回って病人を癒した。けど、モグル叩きみたいに一掃したしたはずの場所にまた病人が出る」
霊騎士たちの顔が曇った。そう見えた。
「一気に全土を癒せればよかったが、そうはいかなかった」
「竜の力が足りなかったの?」
「いや、力が大き過ぎたんだ」
「大き過ぎた?」
フィルは大きくうなずいた。
「町や村の人を1ヵ所に集めて癒しの力を使うことはできた。しかし、一気に全土を・・・・・・となると、力を解放しすぎて制御が難しいとわかった」
焚き火がはぜてランシャルは炎に目を向けた。
「制御の方法を虹竜に聞いたが、人の力では無理だと言われた」
「じゃあ、虹竜にお願いしたの? それが契約?」
「まぁ・・・・・・そうだ」
「そうして俺達はこの世界に繋ぎ止められることになった」
フィルが言葉を濁しゴルザが継いだ。
「多くの力を与えた虹竜は、いま持っている力では制御できないから少し力を返してくれ・・・・・・と」
ランシャルはフィルを見つめていた。物語を聞く子供の目で。
「俺達4人分でいいと虹竜は言った」
ランシャルの知っている伝承では、勇者が竜の力を使って民を癒し病から救ったという話だった。吟遊詩人が高らかに話す声を覚えている。
「与えられた力の大半をユリシズが持っていたから、それでかまわないと俺達は言った」
「俺達は竜にはめられたんだ」
ゴルザが唸るように言った。
「はめられた? 竜に?」
「ゴルザ、口の聞き方に気をつけろよ」
フィルがたしなめる。
「本当か嘘かはわからん。わからんが、竜は言ったんだ。死をもって力は解放され我が身へ返る・・・・・・って」
息を飲むランシャルの声だけがしていた。
「命を救うことは死ぬ運命を書き換える事に等しい。世の理に触れた者は天へ上がれなくなる、とも言っていた」
ランシャルはダルフの頬に光るものを見たきがした。
「それでもいいと思った。子の成長を見れて孫やひ孫も見れるならいいじゃないかと、そう思ったんだ」
ゴルザが鼻をすする。その背をティトルが撫でた。
「目的もなくここにいるのは辛い。せめてこの国の行く末に関われるようにと護衛役を願った」
「俺達は元々冒険者だ」
少し湿った声でゴルザが言った。
「魔物との戦いならまかせておけ」
ゴルザは涙声をごまかすように威勢よくそう言った。
「でも、僕が妖魔に襲われたときは来てくれなかった」
「うぐっ」
ランシャルに1本取られてゴルザの勢いが弱まりフィルとティトルがくすっと笑って小突かれる。
「僕が・・・・・・王様に相応しくないから?」
探るようなランシャルの声に霊騎士達は黙った。
「それとも、試されてたの?」
誰もなにも言わない。重たい口が深く長い時間を感じさせた。
「どんな王様だったら貴方達に認められるの?」
ランシャルが重ねた質問に少しの間があった後、ダルフが重い口を開いた。
「俺達に認められる王にはならなくていい」
「?」
ダルフはランシャルを見てはいなかった。
闇に向けられたその瞳は何を見ているのか。
「時代は移り変わる。今この時の民を幸せにできる王なら、それでいい」
ランシャルは噛むように心のなかで繰り返す。けれどこの答えは曖昧でランシャルにはつかみ所のない霧のようだった。
「質問はもう終わりだ。食べ終わったなら寝ろ」
無愛想なダルフはそう言ってフードを目深に被る。彼にならって他の霊騎士達もフードを被った。
ぱちりとはぜる炎をしばらく眺めていたランシャルはマントを掻き寄せて横になった。
マントを握るランシャルの手がことりと地面に倒れて寝息が聞こえてくる頃、霊騎士達は彼の寝顔を眺めて息を潜めた。
「竜の目に叶う心は持っていてもそれだけでは駄目だ」
「そうだな」
「統べる力と運がなければ・・・・・・」
「運は大切だ。なければ力は発揮できない」
密やかな声だけが流れる。
「運は、あるようだが」
「玉座に座るまでにどれだけ強い心を育てられるか・・・・・・」
冷気が直接届かないように霊騎士達が距離を取る。
夜の闇に濃紺のマント姿が混ざって彼らの姿は夜に溶けていった。




