51話 霊騎士の素顔(1)
闇を纏った騎士が馬から降りると、4人の馬は音もなく姿を消した。
「ガ・・・・・・霊騎士だ」
何人かの男が驚愕の面持ちで後ずさる。
フードに隠れた顔は影にのまれ、どこを見ているのか誰を見つめているのかわからない。だが、狙うなら男たちに他ならないだろう。
武勲か指示か反逆か。そんなことは霊騎士には関係のないこと。
王に刃を向ける者、排除するべき者が彼らの獲物。
霊騎士の1人が一歩足を踏み出す。
恐怖に駈られた様に霊騎士の一番近くに立つ男が向かっていった。
「うわ────!!」
声をあげて恐れを振るって走り込む。
剣を真っ直ぐに向けて柄に手を当てて突っ込んでいく。避けもせず悠然と立つ霊騎士へ剣を突き立てた。・・・・・・はずだった。
「はっ!? ・・・・・・そんなッ」
手応えがなかった。
男はただ冷たい空気の塊をすり抜けただけ。振り向けば霊騎士の背が見える。重量感のあるはっきりとした姿で立っている。
こちらへ振り返った霊騎士へ、男は再度剣を向けた。その剣先が目線の先でぶるぶると震えている。
「うわ────!!」
再び声をあげて襲いかかった。次の瞬間、男の剣は弾かれ宙を舞った。剣を抜く動きさえ見えなかったのに、いま霊騎士は片手に剣を下げて立っている。
(こちらの攻撃はすり抜けるのに・・・・・・!)
見開く男の瞳が恐れに震えていた。
「馬鹿なッ!」
別の男が霊騎士に剣を振るう。結果は同じだった。
「シリウス」
低く地を這う声がシリウスの名を口にする。
「この男達は任せた。殺せ」
「なッ!」
何を言うのかと言いかけてランシャルは口を押さえた。霊騎士の顔がこちらを向いたからだ。
「王に刃を向ける者に容赦はいらない」
別の霊騎士が付け加える。
「死なずに済んだら追いかけてこい」
霊騎士が言い終わらぬうちにランシャルは拾い上げられて馬の背に乗っていた。
(はっ・・・・・・)
次の間にはランシャルの背後に霊騎士が乗っていて馬の手綱を握っていた。
「ちょっと、待って」
ランシャルの声もむなしく霊馬は走り出す。
「皆の手助けをして! 戻ってよ!」
ランシャルがどんなに頼んでも霊馬の足は止まらない。
聞こえていた剣の音は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
霊馬は走り続ける。
日は真上を通過し西へ傾いていく。
ランシャルが強く空腹を感じる頃、霊騎士は馬を止めた。
「ここらで休むか」
バリトンの心地よい声がランシャルの背後からそう言った。
ランシャルと一緒に馬に乗っていた霊騎士が先に降り。手を貸そうとこちらへ顔を向けた。フードに隠れた顔は相変わらず闇のまま。
間近で見るフードの中が怖くてランシャルは身を委ねることを躊躇した。
(どうしよう)
断ったら怒るだろうかと不安に思う。何よりも彼に触れることが怖かった。
人の手と何ら変わらぬ手がランシャルを待っている。厚みのあるごつい男の手。
迷うランシャルに霊騎士が手を伸ばした時、彼のフードがするりと脱げた。
(はっ!)
そこに現れたのは人の顔だった。
まだ沈まぬ太陽が彼の顔を照らし出している。黒褐色の髪、口周りと顎のラインに生えた髭。どちらにも白髪が混じっている。そして琥珀色の瞳。
驚いて見つめるランシャルにかまわず霊騎士は彼を地面へ下ろした。
見回すと他の霊騎士もフードを外している。ランシャルを下ろした霊騎士は少し離れた所で腰を下ろし、代わりに別の霊騎士がランシャルに声をかけた。
「あれはダルフ、俺はフィルだ。よろしく」
フィルは甘いオレンジ色の髪をしていて、テノールの明るい声が親しみやすい気さくさを感じさせる。彼の背には矢筒があった。
差し出されたフィルの手を握ろうとしたランシャルの手がすり抜けて、彼は笑った。
「すまん、久しぶりでタイミングをミスった」
そう言ったフィルはランシャルの手を握った。
「火は起こせるか?」
ランシャルがこくりと頷くと彼はランシャルの肩に手を置いた。
(冷たい)
見た目は人と変わらないのに、相変わらず霊騎士の体は氷の様。
「服も万とも着ているし火も起こせる」
「半裸のままならあいつらに連れて行かせるが、この格好ならこのまま玉座の間へ連れていってもよさそうだ」
別の霊騎士が言った。
赤毛のその男はダルフと同じように髭を蓄えている。ダルフより横幅があり腹が突き出ていた。
「こいつは酒飲みのゴルザ。あっちはティトル」
フィルの指差す先で紹介されたティトルが軽く手を上げる。黄色に見えるほど薄い茶色の髪は前も横もぱつっと切られたおかっぱスタイル。ややへの字口から無口そうに見えた。
「火が起こせるのはいいことだ」
言ったゴルザにフィルが笑う。
「あの王は8才だったっけ?」
「凍え死にさせるところだったな」
苦々しそうにゴルザは首を振った。
小枝を拾うランシャルを横目にふたりだけ話をしている。ダルフとティトルは黙ったままだった。
霊騎士たちの放つ冷気が周りに溜まっていく。木々が下草が凍ったように静まって静止画の中にいるような気にさせた。
手がかじかんでうまく火が起こせない。ダルフとティトルの黙した気配が気にかかって心もかじかむ。
「あの」
「ん?」
たまらず口を開いたランシャルにフィルが反応した。
「皆さんも疲れるんですね」
「いや」
否定されて心がぎくりと跳ねる。質問を失敗したと思ってランシャルは目を手元へ戻した。
「これはお前のための休憩だ」
驚いてランシャルが顔を上げる。
「俺たちは腹も空かないし疲れない」
言ったフィルの目がダルフへ向く。
「あっちは疲れてるだろうけどな」
ダルフは何も言わなかった。
「幽霊に肉体はない。だから体は疲れないが心は疲れる」
ダルフがひらひらと手を振った。こちらにかまうなと言いたげだ。
「こちらの物に干渉するには念がいる。霊馬に人は乗れない。だから、朝からずっとダルフがお前を浮かせて運んでた」
眠るように座るダルフをランシャルは見ていた。
「早く火を着けろ。日が暮れるともっと冷えるぞ」
促されてランシャルは火起こしに集中した。




