49話 王に向ける刃
軽い朝食を終え馬の手綱をほどこうとしたその時、小鳥たちの警戒する声が響いた。
ぎちちちちち
(人間だ 怖い 人間だ)
ちらりと小鳥を見上げたランシャルが不安そうに辺りへ目を走らせる。
「怖い人間がいるって言ってる」
ランシャルのその言葉に警戒の表情を浮かべたのはルゥイだけ。シリウスとロンダルは小鳥が鳴く前から気配に気づいていた。
ランシャルの様子から気づかれたとわかった者たちが木々の影から姿を表した。
(・・・・・・!)
驚きながらもランシャルの目は男たちを追ってぐるりと一周する。
ざっと見て10人強。他に隠れている者がいるのかいないか。
「腹ごしらえが済むのを待っていましたよ」
リーダーらしき男はそう言った。
口調も言葉も穏やかそうなのに、酒焼けした様なざらついた低い声が戦闘を匂わせる。
「なんの用だ」
「貴方に用はないですよ」
問うたロンダルへ男は軽く会釈してそう言った。
ほんのわずかな時間男を見つめたロンダルは短く息をはいた。
「どこかで見た顔だな」
「おぉ、顔を覚えてもらえていたとは光栄です」
リーダーの男が笑って見せる。
ロンダルの目が彼らの服装を観察していた。
兵士というほどの装備はしていないが持っている武器はしっかりしている。やや着古した感のある服はどこかで支給された制服の寄せ集めのようにも見える。
不始末を起こしたか、派閥のトップの入れ替わりで切り捨てられた者が地方へ流れることはよくあること。
「送り込まれたか? それとも落ちたか?」
ロンダルの「落ちた」という言葉にリーダーの男の顔から笑みが消えた。
「どっちでも構わないッ・・・・・・だろ?」
沸いた怒りをすぐに収めて平静を保つ。
「その子供をこちらへ渡してくれませんか?」
「断る」
ロンダルはにべもない。
答えは知っていたとばかりに男たちは笑った。
「いくら貴方がたでもこの人数差では勝ち目はないでしょう?」
男のその言葉が合図だったように、いままで隠れていた者たちも姿を見せる。総勢20人ほどがランシャルたちを囲んで立っていた。
森の際、木々がまばらになりはじめるこの場所で、男たちは剣を鞘から引き抜いた。
「お前たちが狙っているのは印の者か?」
「そうだ、護衛を必要とする者だ」
いままで黙っていたシリウスが口を開いた。
「誰に刃を向けているのか知っているのだな?」
リーダーの男の口から乾いた笑いが漏れる。
「我々は追い剥ぎじゃない。その子供が何者か知っている」
男の目がこちらに向いてランシャルはロンダルの影に隠れた。
「後悔するぞ」
静かなシリウスの声に男は不適な笑みを返す。
「我々が推す方が印を得れば、これも武勲」
引く気などさらさらない。男たちの顔がひきしまり兵士の顔に切り替わった。同時に四方から音が立つ。
下草がざわめき空気が動く。
ランシャルは慌てて剣を引き抜いた。
「ランシャル様」
ロンダルの腕がランシャルを背後に隠す。
シリウスとロンダルの剣が同時に音を立てた。
ルゥイもふたりに遅れず動く。
「ぐっ、この女ッ」
侮っていた男の顔が驚きに変わる。
ランシャルを囲んだ三方で剣が音を立て火花を散らす。
激しい音がするたびにランシャルの肩はびくりと跳ねて目をぎゅっと閉じる。
シリウスとロンダルの剣に圧されて輪が広がった。ランシャルとの距離が空いたことでふたりの護衛の動きが大きくなる。
ギィン! ガキッ!
繰り出される剣がぶつかり合い激しい音が響く。
(隙がないな)
シリウスが、ロンダルがそう思う。
いままで襲ってきた者たちとは違う。ふたりの集中力がさらに高まり剣捌きが早くなる。
互角とはいわずとも気の抜けぬ相手。しかも数が多い。
シリウスとロンダルの間を剣が抜けて行く。
3人が作る輪の内側へ男が切り込んだ。
(させるか!)
シリウスの剣が相対する男の剣を弾き返して踏み込んできた男へ向かう。的確にとらえた剣に切られロンダルに蹴られて、男はあっという間に輪の外へと転がり出ていた。
蹴ったロンダルに隙を見つけて別の男が襲う。
体を屈めて剣をかわしたロンダルの目が下から男を見つめていた。鋭い猛禽類のような目にとらえれて、おもわず男が声を漏らす。
「うッ!!」
ロンダルが上体を起こすと同時に銀光が下から上へと走った。
「ぅわあ!」
辛うじて後方へ退いた男との間に別の男が飛び込んでくる。
ギン!
息をつかせる間も与えない。それはシリウスもルゥイも同じ状態だった。
ルゥイの腕が立つといっても複数の男を相手にすると腕力の差が生まれる。押し負かされそうになってルゥイはおもわず魔法を使った。
「キゥウダ!!」
剣先を避けた男の体がルゥイの声に弾かれて後方へ吹っ飛ぶ。
「こいつ!」
「魔法使いか!?」
男たちが剣を持ち直しルゥイへの攻撃人数が増える。
向かってくる剣をシリウスが弾く。弾いた直後に剣が襲った。
ふたりの男が回転して入れ替わり、繰り出される手数が増える。
キンキキキン!!
次々と弾き返し体重をかけて男の体ごと押しやった。体勢を崩して折り重なるようにたたらを踏む。大きく後退した男との間にリーダーの男が割って入った。
ギリリ!
押し負けまいとする男の剣とシリウスの剣ががっちり組み合って、互いの顔を覗き込む。
「功績の証しをどうやって示すつもりだ?」
シリウスの問いに何を今更と言わんばかりに男は答えた。
「死体を持ち帰る、もしくは印を切り取るだけだ」
「それでは証しにならない」
「何を・・・・・・」
冷ややかに言うシリウスへ男が詰め寄る。せめぎ合う剣の刃がぎりと音を立てた。
「印は移る」
「知っている」
「死んだら体から印は消える」
「嘘をつけ!!」
男は力任せにシリウスの体を押し退けた。
「言葉の通り、印は移る」
「ほざけッ!」
「私は王の体を確認した」
男の目が迷う。
多くの者が竜の光を知っている。
王に印があることも知っている。
けれど、詳しいことはしらない。
竜の光そのものが印であり竜の力だということを。
印が常に1つの体にしか存在しないという事実を、多くの者が知らない。
「ここで新王を殺しても何処かの誰かの体へ印が移るだけだ」
「ぬ”うぅ・・・・・・」
男は紅潮し眉が怒り立つ。
初めて知ることに驚き、知らなかったことを恥じ、リーダーとしての地位の揺らぎを怖れて次の手を口にする。
「ならば、生け捕りにするだけのこと!!」
男はシリウスへ剣を振り上げた。




