47話 たどる跡
血の跡のそばで馬が足を止める。
馬上から男たちが見下ろしていた。
「ヒツビ飼いが示した方向に間違いはなさそうだな」
「今度は人間と戦ったか?」
男はやや疑うように片眉を上げてそう言った。
男たちはランシャルたちが水蛇と戦った場所を通過して、いま妖魔と戦った場所へとたどり着いていた。
「襲った者の血か騎士の血かわからんが・・・・・・」
「騎士だと楽になるんだがなぁ」
総勢10人ほどの男たちが顔を見合わせて一様に頷く。
転々と続く血の跡をたどって進む彼らは1人の村人を見つけて足を止めた。
「子供を連れた騎士を見なかったか?」
男たちに声をかけられて、初老の男は細い体をこわばらせた。しかし、言葉のイントネーションから彼らが王都に近い場所の出だと感じて表情を緩めた。
暴力を振るわれることはなさそう。その村人はそう感じた。
まとまったひとつの部隊のような彼らはならず者とは少し違って見えたからだ。
「騎士様の、お仲間ですか?」
少し疑わしそうにしながらも村人はそう聞いた。
服装は違う。けれど身なりはわりと綺麗で子供連れという具体的な言葉に迷い、聞かずにはいられなかったようだった。
(知っているようだな)
そう考えて嘘をつく。
「そうだ」
リーダーらしき男は躊躇せずそう言った。
恐る恐る服や馬に目を泳がせて確かめていた村人。その目にほっとした気配がうかがえる。
「部所が違うから服は違うが、護衛の任を受けて行動を共にしている。襲ってきた者に少々手こずって怪我人と共にその方たちを先に行かせたんだ」
納得のいった表情になった村人はとたんに悲しげな表情を作った。
「怪我が重いそうで・・・・・・助かるといいんですがねぇ」
気の毒そうにする村人に合わせて男たちも心配げな顔をして見せる。
「村の診療所に」
「診療所、村はどの方角?」
村人の言葉を遮って馬上の男は聞いた。
「あ、えっとあちらです」
「全員村にいるのか?」
せっかちに問う声に殺気を感じて村人の表情が曇る。
「いや、その、怪我人を置いて無傷の騎士の方々は立ったと聞きましたよ」
「子供は? 2人いただろ?」
「1人は残って、もう1人は、騎士様と一緒に」
「ありがとう」
心のこもらない礼を言い、まごつく村人を残して馬を走らせた。
「リグ、ゼダ、ふたりは村へ行け。我々は本命を追う」
「残すほどの怪我人なんか気にしなくても」
リーダーとおぼしき男はにやりと笑った。
「折れて揺れる花は綺麗に手折ってあげなくては可哀想だろ?」
もしもに備えて息の根を止めておく。
確実に人数を減らすために。
自分の洒落た風な言い方に悦に入り、目指す獲物の近さを思って笑いが込み上げる。
「しかたない。すぐ追いつくからそれまで殺すなよ」
「どうかな? 待ちきれんかもしれんぞ」
笑い声に笑い返して2頭の馬が群れから離れていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ファスティアは自室で深々と椅子に座っていた。
手にしたグラスを肘掛けの上で揺らし、少なくなった酒の面はその中でくるくると揺れていた。
部屋に入ってきたアウルは、そんなファスティアの様子をそっと見て机の上を片付け始める。
「今日は沢山の宝石を生み出してお疲れになったでしょう?」
アウルの声かけに反応したのは鼻だけだった。
ふーんと無感情な返答をしただけで、それ以外にファスティアの様子は変わらない。
「もう寝てはいかがですか?」
グラスを取ろうとアウルの手が近づけるとファスティアの手が逃げた。
「考えても結論がでないときは寝るに限ります」
そう言ったアウルが手を伸ばす。
ファスティアは左手から右手へグラスを持ち変えてやり過ごした。
「誰だと思う?」
唐突な質問にアウルは主を見つめた。
今日の訪問者は領主たちだけではなかった。
ファスティアが王宮に送り込んだ医師も報告に来ていた。アウルは常にファスティアの側にいて話を耳に入れている。
安置された追うの体の状態を確認するため。
王妃にそう断って医師を行かせたのは2ヶ月と少し前のこと。
王妃やその他の者の目を盗んで血液などを採取するのに日を要したと医師は言っていた。その後、死因を調べ毒の特定を試みていまに至った。
「毒を2度口にさせられるのは近しい方かと思われます」
二種類の毒となる成分を時差で摂取させる。
どちらも1つでは毒の効果はない。が、合わさることで毒となる。
順番はなく、先に摂取した物の有効期間は2週間。
「あれは、この国では自生している場所が限られていますね」
「何が言いたい?」
「確か王妃様のご親戚にあたる領主様の・・・・・・」
「王妃が飲ませるわけがないッ」
「そうでしょうか」
アウルはすっとした顔のままだ。
「彼女は王を毛嫌いしてた。一緒に過ごすことはほとんどなかったと聞いている。彼女から食べ物を渡されて王が口にすると思うか!?」
黙ってアウルは肩をすぼめる。
「あるいは」
と言ってアウルは続ける。
「王がむげに断れない方からのお土産とか」
波風を立てないように、丸く丸くと収めたがる王だった。押しの強い者に押されて受け入れることも多く見かけた。
「それは私も考えていた。そんな事をしそうな人物は何人か思い浮かぶ」
それならば指示して調べさせればいい。しかし、この物憂げな様子はなにかとアウルは頭を巡らせる。
「王妃様のことが気がかりですか?」
ついと心を突かれてファスティアは酒を飲み干した。
「かりそめにも王妃と王は夫婦。思い浮かぶ者達が毒を持ち込んだ者ならば、王ひとりではないだろう」
相手に失礼にならないよう、王と王妃が同席する地位の者達だ。
「王妃様が毒を口にしていたかも、と思うと心配ですね」
ファスティアは黙っていた。
それは静かな肯定。
王が体調を崩したのは毒のせいだった。
気づきにくい毒に加え、元々体が弱かったことで見過ごされてしまった。あるいは医師が気づかぬふりをした。・・・・・・のか。
同じところをぐるぐると回る思考をファスティアは見つめていた。
(誰が、毒を・・・・・・)
毒の経路を調べに行かせた者はいつ報告にくるのか。
窓の向こうに見える王宮の灯りをファスティアはいつまでも眺めていた。




