46話 思いと噂と思惑と
「彼の具合はどうでしょうか」
シリウスの質問に村の医者は重く溜め息をついた。
「肺を圧迫していた空気を抜く応急処置をしました」
「空気? 体の中に?」
医者の言葉をルゥイが繰り返す。心配するルゥイは両手を胸の前で合わせて見守っていた。
「外から見た傷口は小さな穴ですが、深くて肺に穴を開けているようです」
その場の皆が息を飲むのがわかった。
「極小の穴だとは思いますが、ここではこれ以上は何も。ラハトゥのラシュハを呼ばないと・・・・・・しかし」
これから呼んだのでは間に合わない。そう口にしなくても医者の顔がそう言っている。
「ラシュハの町にはもう仲間が向かっています」
「そうですか、間に合うといいんですが」
深い眉間のしわは消えなくても医者の表情がわずかに明るくなった。
そっと振り返る医者の視線を追ってその場にいる全員の目がルークスへと向く。けれど、青白い顔で苦しそうに息をする彼を長く見ていることができず、誰もがすぐに視線をはずした。
「私たちはもう行きます」
「シリウスさんッ」
ランシャルは思わず口をはさんだ。
「置いていくんですか? ラウルさんが」
「ランシャル様」
きりっとしたシリウスの声がランシャルの声を遮る。
「狩人は獲物を追うものです。獲物は誰ですか?」
言われてランシャルの心がぎくりと軋む。
「この人数では村を守れません」
いま動ける騎士はシリウスとロンダル、そしてダリル。しかし、ダリルは肩を怪我していて普段通りには剣を交えられないだろう。
剣術では男にひけを取らないルゥイも魔物や猛者相手では力負けしそうだ。
見回した面々の顔に疲労の影を見てランシャルはうつむいた。
「村に迷惑をかけられません。行きましょう」
シリウスに諭されてランシャルは黙ったままうなずくしかなかった。
「俺、残る」
重い空気を割ってコンラッドの声が強く響いた。
「ラッド」
驚いてコンラッドの腕をつかもうとランシャルが手を伸ばす。その手からコンラッドが逃げた。
(ラッド?)
「身の回りの世話をする人が必要でしょ?」
コンラッドはシリウスへそう訴え、ランシャルを見はしなかった。
「守る人数は少ない方がいいし、馬の世話もしなくちゃ」
「ラッド」
「ラウルさんがお医者さん連れてきたら癒しの力であっという間に治って、すぐに追いかけるから」
明るく振る舞うコンラッドの声に涙がにじむ。
「もし、もし・・・・・・ラウルさんが、間に合わなかったら・・・・・・」
コンラッドの声は徐々に小さくなっていった。
「俺・・・・・・ルークスさんの側に居たい」
「・・・・・・ラッド」
コンラッドの真剣な目から一筋、涙がこぼれた。
「母ちゃんに言ってくれたんだ。俺を守るって、力を尽くすって」
大泣きしそうなコンラッドが拳を握って必死にこらえている。
ランシャルはたまらずコンラッドを抱きしめた。
「必ず、必ず追いついてきて」
そう言ったランシャルにコンラッドは何度も頷いた。声を出せば泣き出しそうだったから。ランシャルもコンラッドの顔を見ずに背を向けた。
「よろしくお願いします」
ランシャルの後ろでシリウスがそう言うのを聞いた。
シリウスを先頭に外へと出ていく。
住居兼診療所の前に村人が多数集まっていた。出てきたシリウスを見て村娘たちが色めき立つ。
「あの人がそう?」
「王付きの護衛隊隊長?」
「噂通りの美しい方ね」
声も体も弾ませる村娘たちの頬が赤く染まっている。はしゃぐ娘たちのお喋りは嫌でもランシャルの耳に届いた。
「王様の右腕だとか」
「影の王様だって噂も」
「あんな素敵な人と結婚したい」
「私もぉ」
ランシャルが見上げる先で凛としたシリウスの表情に変化はなかった。
楽しげなざわめきをかき分けて村長がやってきた。
遅蒔きながらの歓迎の挨拶をする彼はわかりやすく戸惑っている。すぐに立つと告げると彼の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「この村のことを心に留めてもらえたら幸いです」
シリウスへ恭しく頭を下げる村長がこちらの様子をうかがっている。
「この恩は忘れません。貴方の顔を覚えておきます。即位の礼の際にはお招きしましょう」
式典に席はなくともなんらかの謝礼が用意されている。そう解釈した村長は満面の笑みで再び頭を下げた。
「王都から遠いこの村にも噂が届くほどのお方、どうかご無事で」
そう言って村長はランシャルにも深く頭を下げる。
肩を負傷したダリルもコンラッドと共に村に残してランシャルたちは西へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ファスティアの訪問に煙たそうな顔で「何の用だ?」と聞いたギャレッドは、新王の所在を聞いて表情を和らげた。
「北のルートから向かっていたか」
ギャレッドの目が品定めするように動いている。誰に声をかけて動かそうか、ボードゲームをするような思案をする瞳をファスティアは見ていた。
「噂ですよ。ちょっとしたお土産の代わりの噂です」
微笑むファスティアに「無事でなにより」と言ったギャレッドは、微かに残念そうな顔をしていた。
「大伯父様もお元気そうでなによりです」
社交辞令の笑顔を崩さないファスティアへ、ギャレッドは大きく鼻を鳴らす。言葉にせずとも伝わる気にくわない表情と一緒に。
「わしの事を馬鹿だと笑っておるのだろう?」
「馬鹿だとは思っていませんよ」
「では老害か?」
困ったと言いたげな表情でファスティアは苦笑いした。
「印を受けるには得策とは言えないかと」
ギャレッドは声を立てて笑った。
「お前は有望だ。わしより先に印を受けるだろう」
この気難しい老人が他人を誉めることは珍しい。ファスティアは意外に感じた事を隠さず表情に出した。
「わしが泥を飲んでやると言っておるのだ」
嗄れた声が荘厳な部屋に響いた。
「印は王族が持つべきだ。いつまでも外の血の者に渡していてなるものかッ」
自分の発した言葉に勢いを得て、ギャレッドの声に血からが増す。
ファスティアは軽く頷いた。同じ考えではないが反論するほどでもない。ここは黙って流しておこうとそう思う。
「わしがお前を王にしてやる」
しわ深く老いた顔の中でギャレッドの目だけがぎらぎらと光っていた。
「私に勤まるかどうか」
謙虚な面持ちでファスティアがうそぶく。
「心配だろうから、カーテンの裏で立ち会ってあげよう。心を読むわしと組めば怖れる事などなにもない」
そうですねと流してファスティアはギャレッドの館を後にした。
「政治に興味のない者を立てれば思い通りになると思っていらっしゃるようだな」
馬車の中、隣に座る従者アウルへファスティアは呆れ声で言って、小さく呟いた。
「老いぼれの古狸はいつまで元気でいるつもりか」
車窓を眺めるファスティアへアウルが声をかける。
「領主の方々がお待ちです」
ファスティアは鼻で笑って物憂げな様子だ。
「宝石を欲しがるならいくらでも生み出してあげるけれど」
そう言うファスティアの目は王宮の高い塔を見ていた。
「ただほど怖いものはないって、知ってるのかなぁ」
ファスティアを乗せた馬車は彼の館へまっすぐ走っていった。




