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【 王殺し 】王印欲しさに妖魔が人が命を狙う! 少ない護衛に守られて少年は玉座を目指す  作者: 天猫  咲良
西への旅路

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44話 夜明け

 ランシャルが大声をあげてのけ反る。

 体が後ろへかしいでランシャルは地面へ倒れこんだ。その上に妖魔が馬乗りになる。


 真っ赤な口を大きく開けた妖魔がランシャルを見下ろしていた。


「うわあぁぁ────ッ!!」


 首に噛みつこうと迫る妖魔の顔をランシャルは押し上げた。


「ギャハギャハッハッハッ」


 狂った形相で狂喜じみた声をあげて妖魔が笑っている。


「きぁあぁぁ──!!」


 ランシャルは全力で妖魔を押し上げる。けれど、両肩をがっつり掴んだ妖魔の力は恐ろしく強かった。押しても押しても妖魔の顔がじりじり近づいてくる。


「くッ!」


 迫る妖魔の顔をランシャルがぐいと押し上げたとき、両者の拮抗が崩れた。


 横に転がった弾みで妖魔の上にランシャルが乗っかり、ランシャルを引き寄せようとする妖魔から体を逃がしてまた転がる。ランシャルが下になり上になり、くるくると上下が入れ替わる。


「ラン!」


 手助けしようと剣を握ったままのコンラッドがおろおろとその後を追った。


「ランッ!」


 ランシャルを助けたい。

 それはシリウス達も同じこと。しかし、手助けする間を持たせず妖魔が襲ってくる。


 もみ合って転がるランシャルと妖魔。

 右へ転がり左へ転がる。

 シリウス達は妖魔の攻撃を跳ね返しながら距離を詰めようと横移動をしていた。


「止まれ! ラン、止まれって!」


 コンラッドが叫ぶ。

 妖魔を攻撃するタイミングがとれず、剣を振り上げては下ろし握りしめては手をゆるめる。


 ランシャルの耳にコンラッドの声は聞こえていた。

 聞こえているけれどどうしようもなかった。噛みつかれたくない。引き剥がさなくてはと、ただただ必死だった。


(死にたくない、死にたくないッ!)


 こんな時に涙が込み上げて視界が歪む。


(母さん! お母さん、お母さんッ!!)


 血まみれで椅子に座る母親の姿が目に浮かんだ。


 真っ赤な大口がもう首筋に迫っている。

 腕がぶるぶると震えていた。


(力が、力が・・・・・・ッ!)


 母は死の間際になにを思っていたのだろうかと、今更ながらに母のことを思った。


 あの小さな家のなかで、あの男どもに囲まれて。

 死の恐怖に包まれながら。


(お母さん、僕、もう・・・・・・)




『ランシャル、諦めてはだめ』




(はっ! ・・・・・・お母さん!)


 あれはいつだっただろう。

 もっと幼かった頃。

 幸せのクロウバ探しを諦めた時だったかとランシャルは思った。


『ランシャル』


 笑顔を向ける母の顔に血まみれの顔が重なる。


『もう少し頑張ってみよう、ね』


(おかぁ・・・・・・さん)


 最後に見た母の姿がくっきりと浮かんだ。目を見開いてまっすぐ前を見つめて母は座っていた。

 やつらは家にいた。町へは一本道。それなのにランシャルを追ってきてはいなかった。


(お母さん・・・・・・)


 ランシャルがどこへ行ったか。ランシャルの母は最後まで言わなかったんだろう。最後の最後、死ぬまで言わなかったに違いない。


(お母さんッ!!)


 母に守ってもらった命。

 助けてくれた騎士達。

 ついてきてくれたコンラッド。



『ランシャル、諦めてはだめ』



 ランシャルは手に握ったままの剣を強く握りしめた。

 妖魔の腹を蹴りあげて剣を逆手に持ちかえる。


「ああぁぁ────ッッ!!」


 妖魔にまたがって剣を振り上げた。

 母を殺した男達の顔が妖魔の顔とだぶって見えていた。


 ランシャルが夢中で剣を振り下ろす。

 ウルブの剣が叫ぶランシャルの声に呼応して唸り強く発光していた。


「よせ────ッ!!」


 怒鳴る妖魔の腕がランシャルの腕を叩く。剣の軌道がそれて妖魔の体から外れた。


  ザクッ


 体はとらえられなかった。だが、剣は妖魔の羽を地面に刺し止めていた。


「ギャアアァァ!!!」


 痛みだけではない恐れの混ざった悲鳴が響いた。

 じたばたともがく妖魔。その羽が剣の刺さった部分から消えていく。


「キイィイイイ──ッ!!」


 慌てて手足をばたつかせる妖魔に、馬乗りになったランシャルの手は勢いを止めなかった。

 突き立った剣を引き抜いて振りかぶる。


「よせっ! やめろぉ! やめてくれぇ──!!!」


 命乞いする妖魔の胸へランシャルは深々と剣を突き刺した。


 目を剥いた妖魔がランシャルを見上げている。

 恐怖と怒り、悲しみと憎しみがない交ぜになった表情で、ランシャルを見つめている。


 ぐずぐずと音を立てて妖魔の体が溶けてゆく。


「印、しるし・・・・・・ドラゴンの、ドラゴンの力・・・・・・」


 ランシャルの左肩を妖魔の手がまさぐる。


「私が・・・・・・わ、た、し・・・・・・が」


 翼が消え足が消えて、未練がましく左肩を掴む手が消えた。

 真っ白い妖魔の顔がランシャルを見ている。見開かれた目が開いた瞳孔がランシャルを見上げてる。


 その瞳は穴の様に黒く漆黒の虚無のよう。それは、最後に見た母の瞳を思わせた。


 ぐずぐずと溶けた妖魔の体がさらさらと消えてゆく。

 髪も尖った耳も消えて、白い顔が細くなって、ふつりと消えた。


 座り込んだままのランシャルの肩へコンラッドの手が乗せられた。


「・・・・・・ラン」


 その時になって食いしばったランシャルの口が開いた。


「───ハッ!」


 押し込めた息を吐いて、長い潜水をしていたように息を吸った。喘ぐような長い長い呼吸だった。


 ようやく息を吸い込んで、それでもランシャルは地面を見つめていた。


 涙がぽたりぽたりと地面に落ち、草の葉にこぼれて転がり落ちた。そうしている間もシリウス達は戦っていた。


 きぃきぃと悲鳴をあげてバタつく羽の音が聞こえていた。

 剣と爪の当たる音がして毒づく甲高い声がしている。


「離せ! 手をどけろ!!」

「次は許さない!! 覚えてろッ!」

「待ってくれッ」


 バタバタと忙しない羽音が空と地面から聞こえた。

 一体の妖魔がロンダルに取り押さえられて地面でもがいている。


  ちちちっ(朝だ)


 時を告げる軽やかな小鳥の声が遠くで聞こえていた。


「離せッ!! 離せ!」

「いや、逃がさんッ」


 ロンダルにぐいと地面に押し付けられても、なお妖魔はもがき続ける。


 朝日が木々の間を貫いて森に踏み込んでくる。

 ひとつふたつと、差し込む光の筋が増えていく。


「や、やめろ! 朝が来るッ、離せ!!」


 斜めに入る朝日が森の緑を鮮やかにする。


「やめろ! 助けてッ」


 朝日が妖魔の体に触れた。


「く・・・・・・れ・・・・・・」


 最後に声だけを残して妖魔の姿は全て消え去った。



 どさっと音を立てて騎士たちが地べたに腰を下ろす。深いため息と共に。


「夜が明けたか」

「朝日に救われた」


 夜通しの戦いが夢だったかと思うような明るく爽やかな朝。何事もなかったかのごとく、太陽は世界を明るい色に染め上げていった。






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