42話 牙と爪と剣
太い枝の上で横並びに立つ妖魔が翼を開く。そして、翼をひと振り。
ふわりと浮いた4体の身体が沈んだ。入水するように足からするりと落ちて音もなく迫ってくる。
「ゴウモラだ。四肢の爪に気をつけてッ」
ルークスが人形のコウモリ様妖魔の名を皆に知らせた。
名前だけならお馴染みの存在。けれども滅多にその姿を見ることはなかった。彼らはたいてい魔法使いや魔導師を狙って現れるからだ。
(あれがゴウモラ!?)
ランシャルは騎士達の輪の中にいて、迫る妖魔を見上げていた。
横並びに落下する妖魔の両端がそとに膨れて陣形を変える。
妖魔たちは螺旋状に弧を描いて落ちてくる。その顔は白くどれも似ていて判別がつかない。
回転の速度が増し敵の数が増えたようにさえ思える。闇を背に白く浮き上がる顔と灯りを浮けて薄赤い体が急速に大きくなる。
十分引き付けた次の瞬間、騎士達の剣が走った。下から上へと白銀の光が駆け上がる。
仕留めた。
そう思えるタイミング。しかし、血の代わりに風が吹きつけた。
嘲笑う声がきぃきぃと耳を刺す。
「あぁ・・・・・・!」
ランシャルとコンラッドはたまらず耳を塞いだ。
翼ひと振りで空中へ舞い上がり、剣の届かぬその先で真っ赤な口を開けて妖魔が笑う。
人と同じく地上戦を行う相手ならば妖魔だろうと気にしない。が、空からの敵では勝手が違った。
舞い降りてきては剣をかわしてひらひらと逃げ回る。
距離をとったかと思えばすいと近づいて熊手の様な爪で切りかかる。
シュッ
風を切って妖魔の手がダリルに迫った。
鋭い爪が首を狙う。その腕を切り落とそうと振ったダリルの剣を、
ガキッ!
妖魔の足が掴んだ。
「くっ!」
妖魔の体重がダリルの腕にのし掛かる。
バランスを崩しかけるダリル。彼の剣の上にしゃがむ妖魔が笑ってる。
「お前に決めた」
「は!?」
「若い騎士ならやわらかかろう」
見上げるダリルを金目が見下ろす。
いきなり妖魔が飛び上がった。わざと剣に体重を加えて蹴り上がる。
「くうぅッ!!」
崩された体勢を立て直そうと踏ん張るダリル。それがかえって隙を作ってしまった。
ザシュッ!!
「ああぁ──ッ!!」
ダリルの肩をひと蹴りして妖魔が駆け上がった。
左肩から胸にかけてダリルの体に血が滲む。蹴られた反動と雷撃のような痛みにダリルは地面へ転がった。
「ダリルさん!」
ランシャルは思わずダリルの側にしゃがみこんだ。そこへ妖魔が舞い降りてくる。
「危ない!」
痛みをこらえて立とうとするダリルの目の前に光る剣が現れた。それはウルブの剣。
ランシャルが妖魔へ剣を突きつける。
シャ────ンンン・・・・・・
ウルブの剣が聞こえぬ咆哮をあげた。
「キイィッ!!!」
妖魔の笑顔はひきつり、悲鳴と共に高く飛び上がってランシャル達から距離をとる。
ランシャルは無我夢中だった。
ただ突き上げるようにして両手で持つランシャルの剣先はカタカタと震えていた。
ランシャルの剣を下ろさせてダリルが立ち上がる。
「来いよ! ひと噛みもさせないからな!」
煽るダリルへ妖魔は再び舞い降りた。
ルークスも人とは勝手の違う敵に苦戦していた。地上なら逃げて距離を置く敵を追いかけることができる。しかし、妖魔は攻撃してきては舞い上がり剣が空を切る。
「逃げるなッ、降りてこい!」
焦れるルークスの目の前をいたずらに妖魔が飛び回る。
剣を足蹴にしたかと思えば足で剣を掴んで奪い取ろうとする。
「放せ! このッ!」
足を掴まえようとすると逃げられる。舞い上がった敵に意識が向いたその時、
「はっ・・・・・・!」
目の前に別の妖魔が立っていた。
(・・・・・・音が)
無音だった。
気配すら消した妖魔が正面に立っている。
(近いッ)
肘から指先までの距離もない。
クワッ!
真っ赤な口がルークスへ迫る。
やけに白い牙が光を反射していた。
剣を振るうための距離もとれず一歩下がる。下がりながら剣の柄を妖魔の顎へ叩きつけた。
ガツッ
顎に当たる音がして妖魔の口の軌道がずれる。ルークスの首を狙った口は彼の肩に食い込んでいた。
妖魔はそのままルークスに抱きついて両手の爪を体に食い込ませた。
「ぐあぁ────ッ! くぅッ!」
肩に食い込む牙と体に矢が突き立つような10本の爪の痛みに、ルークスは声を上げずにはいられなかった。
ずぶりと音を立てて牙と爪が引き抜かれる。
「ぁああぁぁ────ッ!!!」
唐突に妖魔がルークスから離れた。
「ルークス!」
ロンダルの声が遠退く意識を引き止める。
剣が風を切る音がして骨を断つ音が続いた。妖魔の断末魔のような声が響いて、ルークスは足元にひとつ腕が落ちるのを見た。
「しっかりしろッ」
倒れそうになるルークスの体をロンダルが支える。
片腕と片羽を切り落とされた妖魔がのたうちながら逃げていく。怒る妖魔たちの声がきぃきぃと高まって耳を叩いた。
ルークスの回りで皆が耳を塞いでいる。
鼓膜をつんざく妖魔の声に皆が苦悶の表情をしていた。
(意識が朦朧としていて良い事もあるものだな)
ルークスひとりが妖魔たちの動きを見ていた。そして、ロンダルへ攻撃を仕掛けてきた妖魔へ剣を振るった。
(痛すぎて笑えてくる)
極限の痛みを越えて痛みの感覚が遠退く。
無痛どころか自分の体がいまどう動いているのかさえわからない。そんな状態でありながら、無意識に体が剣を振るう。
振るった剣が弾かれて、妖魔の白い顔が近づいてくるのを、ルークスの目は見ていた。




