表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

こどおじ

「十歳も年下の小娘にのぼせ上がって、簡単に利用された……いえ、今も利用されている貴方に言われたくないわ」


 大人達の争いに、アクエリアスは口を半開きにしてキョロキョロしている。

 話の雲行きが怪しくなったのを察したポーラが、ヴァルゴの腕から幼児をそっと引き抜いて退出した。


「囮にされたのにまだ目が覚めないの? 苦労して少しはマシになったんじゃないかと思ったけど、買いかぶっていたようね」


 亡命の際に、ヴァルゴは捨て駒にされている。

 陽動役を引き受けた彼は、逆にその行為によって一命を取り留めた。

 彼はグンキとは別国に入国した後、経緯は不明だがアクエリアスと出会い、以降世話係兼護衛を務めていた。


「俺が自主的に陽動役を買って出たんだ」

「貴方にそんな知恵が回るとは思わないわ。誰かに誘導されたんでしょ」

「違う」

「なら百歩譲って貴方が思いついたという事にしてあげる。その上で聞くけど、敬愛するお兄様と、惚れた女は命を危険に晒そうとする貴方を止めた? もし生きて亡命できたとしても、再会は絶望的。今生の別れに何を言った?」


 エリザベートの追求に、ヴァルゴの目が泳ぐ。


「それは……あの時は選択肢なんて。でもきっと、内心では――」

「現実から目を逸らすのは止めなさい」


 往生際の悪い男に、ピシャリと叩きつけた。

 必死に相手の良い面を探し、自分に突きつけられた理不尽から目を逸らす。

 かつての自分を見るようでエリザベートは苛立った。


「王族の身分を失って、それなりに世間を知ったんでしょう? 当時は見えなかったものに気付けるはずよ」


 王弟時代のヴァルゴは『子供おじさん』だった。

 当時は二十代半ば、ヴィクトリア国では自立して家庭を持っていておかしくない年齢。

 だがヴァルゴは先王から譲り受けた離宮で暮らし、肩書きだけの役職を与えられて勝手気儘に暮らしていた。


 烏の濡れ羽色の髪と、王族特有のアメジストの瞳。顔と血筋だけが取り柄の男。

 幼少期の英才教育により、一通りの教養と最低限の剣術を身につけているがそれだけ。

 年を重ねても変わらぬ少年のような瞳は、要するに成熟しておらず幼稚。


「もう盲目になるのは止めなさい。幻想を抱かず、冷静に彼等のしたことを考えなさい」


 エリザベートに見つめられて、ヴァルゴはたじろいだ。

 女王となった彼女の声には威厳があり、瞳には圧がある。


 彼は国を追われて数年間、庶民として生きた。

 生まれて初めて、本当の意味で自活した。最初は何をしたら良いのかもわからず、失敗だらけだった。

 屈辱と貧しさで死んでしまいたいと何度も思ったけれど、命を絶たなかったのは希望があると信じたからだ。


「……俺にとってキャサリンは希望だったんだ」


 生きてさえいれば、いつか何処かで再会できると信じていた。


「ふーん」

「アクエリアスを託された時、この子を守るのが俺の使命だと思った」

「へ〜」

「……」

「ほ〜」

「聞いてないじゃないか!」

「え? 聞いてる聞いてる。どうぞ続けてちょうだい」

「もう嫌だ!」


「御二方、よろしいでしょうか?」

「どうしたのルーク?」

「ヴァルゴ様が請けた護衛任務は本日をもって満了となります。貴方に王宮での滞在権はございません。既にヴィクトリア国民でもございませんし、命が惜しければ早急に国外退去願います」

「主人が主人なら、部下も部下だな!」

「情に流されない敏腕主従ってことね」

「お褒めいただき光栄です」


 二人がかりでおちょくられて、ヴァルゴは撃沈した。



「見てください陛下!」


 興奮した様子のポーラが持ってきたのは数枚の画用紙だ。

 アクエリアスが書いたのだろう、黄色と緑でグルグルと力強く丸が描かれている。


「見たわよ。それで何が言いたいの?」

「これ陛下ですって! 謁見の後、熱心にお絵描きしてたので聞いたら教えてくれました! 超可愛くないですか?」


 エリザベートは黄金の髪と、エメラルドの瞳のゴージャス系美女だ。


「……私に何を期待してるの?」

「期待とかそういうのじゃなくて、小さな子供に好かれてるって思ったら嬉しくないですか?」

「嫌いな女の息子に好かれても反応に困るわ」

「もう! 素直じゃないんですから!」

「今の私は、誰よりも素直なつもりよ」

「陛下は意地っ張りですねぇ。そうだ、今日の昼食をアクエリアス様とご一緒するのはどうでしょうか?」

「必要ないでしょ」

「陛下が引き取られたんですよ。監督義務があります」

「ポーラ。口が過ぎます」


 畳み掛けるポーラをクインが制止した。

 エリザベートがポーラを嗜めないので我慢していたが、流石にこれ以上の気安い振る舞いは許せない。


「ポーラの味方をする訳ではありませんが、昼食を共にするのは賛成です」


 書類を確認していたルークが彼女の案に同意した。


「放置すればよからぬ輩が近寄り、陛下の不利になることを子供に吹き込むでしょう。押し掛け護衛の元王弟も牽制する必要があります」

「ああ、まだ居座ってるのね」

「陛下が挑発するからですよ」


 昨日アクエリアスをヴィクトリアに送り届けた事で、彼の仕事は終了の筈なのだが、「悪女の支配する魔窟に、子供を置き去りにするなどできない!」と居座っているのだ。


 勿論彼には部屋も食事も用意されないし、給料も支払われない。

 城の面々には無責任に餌をやらないよう、エリザベートが命じた。庭に居着いた野良猫と同じ対応である。


「昨夜はアクエリアス様の部屋で過ごしたようです。アクエリアス様からサラダとパンの耳をもらってますね」


 実際は嫌いなものを押し付けられたのだろうが、幼児から施しを受けたようだ。


「子供の部屋を占領してたかるとか、恥ずかしい大人ね」

「『子供部屋おじさん』ってヤツですね。私初めて見ました」

「本来の意味とは違いますが、他に言いようがありませんね」


 エリザベート、ポーラ、ルークは言いたい放題だ。


「私は彼を雇っていないし、今後もそのつもりはないわ」


 ヴァルゴもキャサリンに惚れた一人だが、クーデターの原因となった王家の数々の愚行には関与していない。

 何もしてこなかった事が罪というレベルだ。

 彼は兄と歳が離れていたため継承権争いをしたこともなく、アリエスが生まれるまでは只々王宮で可愛がられていた。

 アリエスが生まれてからも、王家の一員としてそれなりに尊重され気ままに生きてきた。


「旧王家の一員だけど罪人とは言い難いから、処分する理由がない。でも野放しにするのも考えものなのよね」


 父親は不明だが、アクエリアスがキャサリンの息子であることは確定している。

 現在幼児の戸籍は、キャサリンの生家であるゾディアック家にある。庶子だった娘のやらかしで男爵家は爵位を返上したが、まだ家自体は残っている。


 祖父母あたる元男爵夫妻に孫のアクエリアスを育てる余裕はなく、彼の身柄を守るために城で保育することになった。

 彼の身を守るのは親切心ではなく、父親の血統を利用されないためだ。


 アクエリアスがある程度成長したら、出家させて聖職者にすることが決定している。


「子供よりヴァルゴの方が扱いに困るわね」

「王宮でボランティアなんて迷惑もいいところです。城で働く者達もどう対応して良いものか困っておりますし、いっそ適当な役職与えて雇ってしまいましょう」


 ルークがメガネの位置を直しながら提言した。

 切り揃えられた白金の髪がサラリと揺れる。

 メガネのブリッジに触れるのは彼の癖だ。


「私、アイツに給料払いたくないわ」

「これが一番面倒が少ないんです。ここに雇用契約書の草案がございます」

「手際が良いわね。憎たらしい」

「お褒めいただき有難うございます」


面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] つまりこの子コソ、将来のオウ!ハイ!(• ▽ •;)(ギャグ・元児物語?)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ