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覇道に愛や情けは不要

「ルマータ産のワインは凄いわね。全然二日酔いにならないんだから」


 少量生産で地元で消費される為、手に入りにくいのが難点だが、余計なものが入っていないからか悪酔いしない。あまり熟成させないので好みが分かれるが、飲みやすいのでエリザベートは愛飲している。


(二日酔いにはならなかったけど、嫌な夢を見たわ)


 エリザベートにとっては苦々しい過去の出来事だ。今も思い出すだけで氷を放り込まれたように胃がキュッとして、体が動かなくなるので深く考えないようにしている。


(『良い子』というのは、『相手にとって都合の良い子』という意味よ)


 清く正しく美しくあろうと、自分を律し続けたかつてのエリザベート。

 彼女は愛されず、顧みられなかった。


 長年従い、尽くした父親と王家は、エリザベートを利用するだけ利用して蔑ろにした。

 淑女の鑑と褒め称えた連中は、彼女に味方する事はなく静観しただけ。

 何年も一緒に働いた連中は、仕事以外で彼女と関わろうとしなかった。

 彼女を慰めた学友は、裏で愛されない女とエリザベートを嘲笑っていた。


(愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。『わたくし』は愚かだったわ)


 淑女たろうとした努力は無駄だと知った。

 いくら周囲に気を遣っても、貢献しても報われることなどない。

 真実、自分の味方は自分だけ、自分を愛することができるのは自分だけだと知った。

 だからエリザベートは我慢を止めた。


 今までは理不尽な事をされても「きっと事情があるのだろう」「こんな考え方もある」と相手を慮っていた。

 好意的でない相手に対しても、エリザベートは礼儀をつくし良好な関係を保とうとした。

 到底好感を抱けない相手であっても、頑張ってその人物の良い面を探した。


 もうそんな事はしない。


 どんな事情があろうが、エリザベートに対し無礼を働いた時点で、彼女にとってその人物は害悪だ。

 その行動に至る真っ当な考えがあるなら、それを伝える事を怠った時点で無能だ。

 無礼で無能な輩など、エリザベートには必要ない。

 出自を問わなければ、礼節を弁え有能な人材などいくらでも発掘できる。それができる立場に今のエリザベートはいる。


 好意的でない相手に好かれようとは思わない。

 努力したところで腹立たしいだけだし、得られるものは砂上の楼閣よりも脆い関係だ。


 無理して他人の良い面を探そうとは思わない。

 嫌いなものは嫌いだと、不快なものは不快だと自分の気持ちを素直に認める事にした。


(これが十数年かけて学んだ私の結論よ)


 この考えを非難して良いのは、淑女だった頃のエリザベートを愛し、苦境に陥った際に助けようと行動した者だけだ。


 当時何もしなかった者達が後からどんな正論を説こうと、彼女には一ミリたりとも響かない。

 例え内心でエリザベートの味方をしていても、彼女がその気持ちを実感できるような行動をしなかったのであれば、それは何もしなかったのと同じだ。


(今の私を否定する資格があるとすれば、それはクインだけだわ)


 エリザベス亡き後、クインの母も亡くなっている。主従の関係があったが、エリザベートとクインは姉妹のように育った。

 エリザベートにとってクインは気の置けない存在だったが、クインにとってはもっと特別な唯一だった。


(主としてなのか、家族としてなのか、自分を重ね合わせているのかはわからないけど……)



「お嬢様。これをお使いください」


 アリエスとキャサリンの仲が進展するにつれて、表には出さなかったが憔悴するエリザベートにクインは毒を差し出した。

 産まれてこの方ずっと公爵家に仕えていたクインは、裏社会に何のツテもない。

 主人の為に彼女は身ひとつで危険な区域に赴き、毒の入った小瓶を購入した。一歩間違えば、用水路に彼女の遺体が浮かんでいただろう。

 クインはただ毒を献上するだけでなく、エリザベートの指示に従い実行犯になると申し出た。


 当時のエリザベートはクインの申し出を棄却し、小瓶を引き出しに仕舞い込んだ。

 処分する方法が分からなかったからなのだが、従者だったレオに見つかりキャサリンに骨抜きにされていた彼は主人を売った。


(もしクーデターを起こさず、キャサリンが王子妃になっていたら、私は彼女の仕事を押し付けられていたでしょうね)


 最初キャサリンに、毒の所持を仄めかされた時エリザベートはクインに嵌められたと思った。

 当時は乳姉妹を疑うくらい、エリザベートは追い詰められていた。


(レオが部屋を漁ったなんて考えつかなかったから、クインを試したのよね)


 小瓶の中身を移し替えたエリザベートは、クインと二人きりになり毒の存在がバレたことを告げた。

 中身を変えたのは本性を表したクインが、エリザベートに無理やり毒を飲ませる可能性を考えたからだ。

 しかしクインは彼女から瓶を奪うと部屋を飛び出した。


(あれには驚いたわ)


 エリザベートが追いついた先は厨房だった。

 クインとしては、確実に大勢の人間が居る場所を選んだのだろう。「全て私の一存です」と宣言すると躊躇なく、瓶の中身を一気飲みした。


(衝動的に行動するところは困りものだけど、嬉しかったのも確かなのよ)


 訳のわからない事態に呆気に取られる面々と、自分が死なない事に混乱するクインの姿を見てエリザベートの視界は涙で滲んだ。



 公爵家から王宮に居を移す際、エリザベートはクインだけを連れて行った。

 他の使用人は替えのきく存在なので、働き慣れた公爵家で新しい当主を支える方が効率的だと判断した。


「陛下?」


 エリザベートの視線に気付いたクインが振り返った。


「何でもないわ。ただ、私には貴女が必要だと思い返していただけよ」

「こっ、光栄です」


 エリザベートの言葉に、頬を染め嬉しそうにはにかんだ。


「これからもよろしくね」

「例えこの身が朽ちようとも、誠心誠意お仕えいたします」


 クインは短慮だが愚かではない。

 信頼できる者が側にいるのは心強い。そう思う反面、彼女の欠点を修正すれば生涯の懐刀として有用とエリザベートは頭の片隅で冷徹に判断した。

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