覇道RTA
シャトランジ公爵家へ帰ったエリザベートは、真っ直ぐに父の執務室へ向かった。
家族であろうと、いつもは先触れを出してから向かうのだが今は一分一秒だって惜しい。
(今の時間なら必ずいるはず)
仕事と称して外出しては愛人の元に入り浸っているカプリコーンだが、公爵家を傾かせたら今の生活が脅かされることは理解している。
入婿でありながら愛人を抱える愚者である反面、小心者でもあるのでこの時間帯は真面目に仕事をしているはずだ。
*
「お父様、王家から婚約解消を告げられました」
「何だと!?」
「当然でしょう。わたくしは何度も報告しておりましたのに、事態を解決できる権力をお持ちの方々が協力してくださらなかったんですもの」
突然部屋に入ってきた娘に不機嫌な顔を隠しもしなかったカプリコーンは、続く言葉に顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
「お前の努力が――」
「わたくしは問題解決のため、助力を求めました。それを棄却されたのはお父様や、陛下達です」
キャサリンがアリエスの近くをうろつき始めた頃から、エリザベートは彼女の危険性について報告していた。
男爵令嬢が王太子とその側近を誘惑しているなど大問題だ。
早期に彼女を引き離し、再発のないよう処罰することを求めた。
しかし「一時の気の迷い」「息抜き」「学生時代の思い出作り」「お前の努力が足りない」等々、カプリコーンに限らず国王夫妻も取り合わなかった。
キャサリンと彼等の接触が学園内におさまっているうちに、彼女を退学させれば傷は浅く済んだはずなのに何の手も打たなかった。
彼女は勉学に対しては不真面目で度々授業を抜け出しては、男達と接触していた。
貴族としてのマナーも問題があった。
退学の理由には事欠かなかったのに、揃いも揃って傍観した結果が今日の婚約解消だ。
*
声を荒げるカプリコーンにエリザベートは畳み掛けた。
「わたくし達の婚約は、個人の色恋の話ではございません。政治的な契約です」
「お前が殿下の心を射止めていれば、こんな事にはならなかったはずだ」
「それが難しいことは何年も前からわかっていた事でしょう。それに対して周囲が無策で、わたくしだけに根性論を押し付けた結果がこれです」
「……お前、本当にエリザベートか?」
淑女の鑑と称されたエリザベートは常に微笑みを浮かべ、完璧な所作を行うだけではない。
いつもは言質を取られないよう細心の注意を払い、敵を作らぬよう言葉選びも慎重なのに今の彼女は妙に好戦的だ。
「ええ、そうです。父親に適切な手助けをしてもらえなかった結果、貴族令嬢としての命を絶たれた娘ですわ」
「可愛げのない当て擦りを! そのような性根だから殿下に捨てられるのだ!」
「捨てられたのはシャトランジ公爵家です」
エリザベートが見切りをつけたのは王家だけではない。
既に彼女の中で、目の前の男は家族ではない。
父としてエリザベートの味方であるべきなのに協力せず、彼女が苦境に陥るのを黙って見ていた。
彼は父親ではない。
いつ背後から刺してくるかわからない、放置することのできない厄介な敵だ。
「公爵家を軽んじ、不義理をしても何できぬとタカをくくっているのです。地に落ちたのはわたくし一人の身ではありません、早急に行動しなければ我が一門の名誉は明日には死にましてよ」
「――!?」
「お父様。今すぐ一族に召集を、そして他家に根回しをしてください。筋書きはわたくしの頭の中にございます。これは弱き王家を捨て、我が国が生まれ変わる千載一遇のチャンスです」
自分より下とみた人間には大きく出る男だが、根は小心者だ。大きな決断をするのは迷いがあるのだろう。
「お父様は、私の指示通りに動けば良いのです。必ずや我が公爵家に王冠をもたらしましょう」
エリザベートは、その耳元で甘く囁いた。
*
「今の王家は国を治める器ではない」と、公爵家はクーデターを起こした。
キャサリンとアリエスの仲は、逢瀬の場となっていた学園では有名な話だ。
権力を持つ貴族は軒並み学園に子女を通わせているため、彼らから各家庭に状況は報告済み。
王太子の火遊びに対し各家の対応はまちまちだった。
静観する者。さり気なく手助けすることで、王子に恩を売ろうとする者。弱った公爵令嬢に寄り添うフリをして覚えをめでたくしようとする者……
断言できるのは、事態を解決すべく積極的に動いた者はいないということだ。
二人の仲が遊びで済まなくなった時、真っ先に動いたのがシャトランジ公爵家だった。
娘が当事者だったため初動が早かったのもあるが、まるで圧倒的強者が操るボードゲームのように恐ろしいほどスムーズに各家の思惑を操作し、公爵家が新たな王家となる形で政権交代を成し遂げた。
ヴィクトリア国には四つの公爵家、六つの侯爵家がある。
商売の成功などで最近勢力を伸ばしてきた伯爵家以下の貴族も多い。
クーデターは成功させるのも大変だが、その後に国を安定させるのはもっと大変だ。
国力の低下につけ込まれないよう他国を牽制しつつ、シャトランジの一族は国内の貴族、富裕層に対して実に無駄なく立ち回った。
超越的な存在が、勃発するあらゆる事態について逐次指示を出しているような一貫性と徹底した対応。
利口な者ほどその存在を強く感じ、自らが国の新たな頂点となることを諦めた。
神のような視点の持ち主と争っても勝ち目があるとは思えなかったし、何よりこんな事ができる人物なら国を任せるに値すると感じたからだ。
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