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クソヒロインの息子を育てる事になった女王の受難  作者:
お前はもう詰んでいる<後日談>
22/24

諦めたらそこで試合終了ですよ

「――陛下の足を舐めさせてくださいっ!!」


 部屋に入るなり、スライディング土下座されてエリザベートは後ずさった。

 土下座の知識のない彼女には、イブが足を舐めるために飛び込んできたように見えたのだ。


「なんだ狂ったのね。なら用件なんてないわね、帰りましょう」

「え? ちょっ、違います! 私は、おね――陛下に謝罪がしたくて!」

「謝罪で足を舐めるとか、正気の発想じゃないわ」

「そ、そうですよね! 順番間違えました! 言葉で謝罪した後、陛下のお望みに従って舐めるんですよね!」

「ちょっと! 私が謝罪してきた人間に足を舐めさせる、歪んだ性癖の持ち主であるかのような言い方はやめて頂戴! 産まれてこの方、一度もそんな要求したことないわよ!」


 名誉毀損である。


「重ね重ねすみません! 今までのこと全て反省しています。私は卑しい家畜です。身の程も弁えぬ哀れな畜生にどうかお情けをください!」

「人を変なプレイに巻き込まないで!」


 エリザベートは女王陛下であるが、そういう意味での女王様ではない。



 エリザベートと元家族の対面は、玄関近くの応接室で行われた。

 この屋敷に客が来たことはないので、応接室といっても一度も使用されたことがない。

 誰も使用していないので埃が溜まっていたが、散らかってもいなかったのでイブが自分のできる範囲で掃除をした。


 来訪したエリザベートをカプリコーンは虚な目で迎えた。

 彼は同席せず、部屋に篭ってしまった。


 この屋敷に連れてこられた直後は散々怨嗟の言葉を撒き散らしていたが、数年経ち彼の気力は底をついたらしい。

 元凶である娘を目の前にしても、恨み言の一つもなく無言で通り過ぎた。


 リリスは腹を壊して朝からトイレの住人だ。

 ラベンダーのオリーブオイルはスキンケア用だったらしい。ハーブが苦手で拒否をしたカプリコーンと、一口で止めてしまったイブは何ともないので、つまりそういうことだろう。


「随分つまらない仕上がりね」


 エリザベートの呟きに、イブは希望の光を見た。


(これってアレよね。主人公が断罪した相手が落ちぶれている姿を見て「タダ飯食らわせず働かせるべきだ」とか「こんなのつまらない」とかいって、なんだかんだ許す方に持っていくパターン!)


「監視も食事もタダじゃありません。私達に何もさせないなんて勿体無いです。国の予算をこんなことに――」

「国の予算なんて使ってないわよ」

「――陛下の資産をこんな事に費やすのは損だと思うんです」

「私が貴女達養うのに自腹切るはずがないじゃない」

「え?」

「監視員への給料、食事、税金諸々全てカプリコーンの資産から天引きしてるわ」

「ええ!?」

「三人死ぬまでの分は確保済みだから安心なさい。余った資産は葬儀代に使った後、『美しい海を守るための活動』に寄付予定よ」


 遺骨は海に散骨する予定なので、不要なものを引き取ってくれる海へのお礼代わりに、海岸の清掃活動等を行っている環境保護団体に全額寄付するつもりだ。


 カプリコーンとはきっぱり縁を切ることを選んだので、エリザベートは遺産を受け取るつもりはない。


「そんな勝手な!」

「勝手じゃないわ。ここへ押し込めて半年くらいの時に、監視員を通してあの男にサインさせたのよ。月あたり一本ワイン与えるとチラつかせたら、簡単に承諾したわよ」

「そんなの知らない!」

「じゃあ隠してたのね」


 取り分が減ると思ったのだろうが、カプリコーンの判断は正解だ。

 イブならともかく、もしリリスに知られたら殺し合いに発展しかねない。


「〜ええっと、そう! ずっとこの屋敷を監視する役目なんて、監視の人も辛いと思うんです」

「むしろ超高倍率の人気案件よ。定期的に人を入れ替えてるけど、毎回一種の宝くじ状態ね」

「嘘でしょ!?」

「半年勤めれば、一年間バカンスへ行けるくらい稼げるの。しかも田舎でのんびり仕事をしながらだから、元王家の影としてはご褒美みたいなものよ」


 兵士や王家の影は肉体を酷使する仕事だ。

 退役年齢も若く設定されているし、怪我や病気で身体能力が衰えたら引退を余儀なくされる。

 指導者へ進む道もあるが枠は少ない。そんな彼らの引退後のキャリアプランとして、エリザベートは国営の人材派遣センターを設立した。


 退職時にまとまった金を渡すだけでは、その後に身を持ち崩しかねない。大事なのは、今までの感謝を退職金として示すだけではなく、第二の人生を支援することだ。


 前線に出れないだけで、彼らは一般人よりも武力や知識がある。生活苦から犯罪に走ることがあれば、被害が大きくなる。

 元兵士は商店や民間イベントの警備を主に請け負っている。

 彼等は元公務員で、現在も国の嘱託職員扱いだ。知人からの紹介に比べると雇用契約に融通は利かないが、それ以上に顧客に安心感を与えているので評判は上々だ。


 元王家の影は今回のように、表沙汰にできない民間の揉め事に駆り出される。

 現役時代、敵国や犯罪組織を相手取っていたのに比べると、ご老体でも余裕でこなせる楽な仕事だ。

 特殊技能が求められるし、裏社会にツテがない人間でも堂々と利用できることから、需要に供給が追いついていないのが現状だ。


「引退後の明るいキャリアを用意することで、現役世代も安心して働けるようになったわ」

「因みに我が家の担当は……?」

「その道、五十年のベテランよ」


(まさかのシルバー人材センター!)


 健気なイブに、監視の青年が恋をするという僅かな可能性が消えた。


「ちょうどココに、貴女達に関する報告書があるわ。かなり余白ができたのね。追伸だけ読んであげる」



<P.S. この度は貴重な案件に当選することができて、とても嬉しく思います。来年には夢だった『趣味でやってる喫茶店で、老後のまったりスローライフ』が叶いそうです。この場を借りて女王陛下に御礼申し上げます。尚、喫茶店で収集した有益な情報は国に捧げるつもりです。女王陛下万歳! よいちょ!>



「……」

「前任者も『大自然で過ごしたおかげで、長年の肩こりと眼精疲労が解消しました。まさかこの歳で視力が上がるとは思わなかったです』と言っていたわ」


 前任者もシルバー人材だったようだ。


「……陛下としても、憎い相手が無気力な状態だと報復しがいがないと思うんです」


 イブは何とか精神を立て直した。


「そんな事ないわ。私は貴女達を片付けてスッキリした。その後の貴女達の状態なんて、もうどうでも良いのよ」

「……私達は肉体労働とは無縁でしたし、仕事させれば更なる報復になると思うんです。労働による利益も生まれます」

「何の専門性も持たない貴女達を働かせたところで、大した利益にはならないわ。それよりも外界と接触させることで、警戒を強めたり周囲に根回しをするデメリットの方が大きいの。恨むなら、知識も技術もない自分を恨みなさい」


(何言っても叩き折られるんですけどぉ! 万事休す!)


 万策尽きたイブが灰になりかけた時、窓ガラスが不自然に歪んだ。

 壁面が揺らめく湖面のように輝き、たわむ。


「陛下! ぼくも一緒にお出かけしたいです!」

「アクエリアス!?」


 壁をすり抜けるように、ユニコーンに跨った少年が部屋に飛び込んできた。


「スポドリピンクぅ!!」


 イブの叫びに場が凍りついた。

 エリザベートの言葉と視覚情報で反射的に叫んでしまったのだが、不穏な空気を感じてイブは硬直した。


「すぽ……どういう意味?」

「ええと条件反射といいますか、別に深い意味はないんです……」

「隠すと身の為にならないわよ」


 主人公ムーブはできないが、悪役ムーブならナチュラルにできるエリザベート。本人に自覚は無いが、流石悪役令嬢である。


「も、もし彼がアクエリアス様なら、年齢おかしいですよね」

「この子の事を知っているのね」


 エリザベートの顔が険しくなる。

 監視員の報告に不審な点はない。

 イブ達は数年間、食料配達の老人としか接していない。しかもその老人も退役軍人で、余計な会話をしないよう指示している。危険人物に民間人を近づけるエリザベートではない。


「知ってると言っても、実物を見るのは初めてです。こう、一方的な知識というか記憶といいうか……」

「その知識の出どころを吐きなさい」

「誰かに聞いたわけではなく、わ、私の内から自然に湧いたものなので……えっと、本当に男爵令嬢の息子さんなら、なんで陛下と一緒に? 彼女が()()()()()で亡くなったにしても――」


 話を逸らそうとして、彼女は益々墓穴を掘った。男爵令嬢が()()()()()()()()()()()()()()()のは、ごく一部の人間しか知り得ない。


「……いいわ。お望み通り、貴女はここから出してあげる」


 イブは念願であった謝罪からの、軟禁脱出を叶えた。

 しかしそれは彼女が想定していた内容とは違い、尋問の為に城へ連行という形だった。


(一体何がどうなってるの?)


 茫然自失状態で護送されている最中、彼女はゲームの知識を振り返り、おかしいのはアクエリアスだけではないことに気付いた。


(そういえばお姉様、最後にお会いした時と同じ姿だわ。いくらお城のエステが凄くても、流石に無理がある)

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