ランウェイで沼って
「今日はまた一段と気合入ってるな」
「どうかしら?」
「似合ってると思うぜ。女王さんは何着ても様になるからな」
ウィルフレッドに手放しで褒められて、エリザベートは微笑んだ。
これがルークだったら、余計な一言がついてくるし、ヴァルゴは素直に誉めたりしない。
数年ぶりに肉親と会うことになり、エリザベートは勝負服に身を包んだ。
どれもこれも先日、納品されたばかりの新品だ。
学生時代と変わらぬ体型を維持をしている彼女だが、年齢によって似合うデザイン・色遣いというものがある。
元の姿に戻るまで長期戦になると踏んだ彼女は、クローゼットを一新することにした。
エリザベートには王族の品位を保つための予算が割り当てられているが、服飾関係に関しては別途予算が組まれている。
ドレスだけでなく、小物も全て新しく買い揃えたが痛くも痒くもない。
別枠予算の理由は、彼女が国益に影響するレベルのファッションリーダーであり、広告塔だからだ。
*
淑女として保守的な格好を強いられた反動で、女王となったエリザベートは革新的なデザインを貪欲に求めた。
今までの社交界であれば眉を顰められるような大胆な衣装も、貴族が見向きもしなかった素材も自分の心がときめいたら躊躇せず着用した。
彼女はお抱えのデザイナーを持たず、コネも実績もないデザイナーを掘り起こしては支援した。
エリザベートが女王就任する前、ヴィクトリア国のファッションリーダーは王妃と、ポンパニオン夫人だった。
デザイナー達は彼女達にアポイントを取っては、顔色を窺いつつ次の流行を生み出す相談をしていた。
彼女達の許可したものが社交界に受け入れられる。
逆に彼女達に外方を向かれたら、業界から締め出される。
メリットよりもリスクの方が重くのしかかり、当時のデザイナー達は色々な縛りを感じながら仕事をしていた。
当然、出来上がるのは独創性の薄い無難なものばかりになった。
*
王妃が国を去り、彼女の親友だったポンパニオン夫人も領地へ籠った。
世代交代を感知したデザイナー達はこぞってエリザベートにアポイントを取ろうとしたが、就任直後で国の再建を優先した女王に一蹴された。
しかし彼女は単に門前払いした訳ではない。
個別に時間をとる余裕はないので、まとめて新作展示会を行うよう告げたのだ。
用意された会場は城内のダンスホール。
口利きがなくても、身元さえ確かであればプロ・アマ問わず参加可能。
一人あたりの上限点数があり、厳選した各々の自信作を披露する。
エリザベートは気に入った作品はその場で注文し、これはと思った店には王室御用達の看板を与えた。
今までは誰が選んでいるかもわからない状態で『独自の基準』で選ばれ、本人達だけにそっと通達があった王室御用達の看板。
同じような店でも彼方の店は選ばれたのに、自分は選ばれない。表立って不満を述べることは無かったが、ブラックボックスに燻っている店は多かった。
それが目の前で直接授与され、更に「ここに期待している」「この強みをもっと伸ばせ」と有難いお言葉つき。
これはアガる。
この新作展示会は定期開催となり、誰もが次は自分だと奮起した。
*
女王主催の新作展示会は開催毎に勢いを増した。
参加者が増えるにつれ、まとめて開催するのは難しくなり次第に形を変えていった。
一日で終わらせるのではなく、一定期間の開催に。
場所は城内から王都市内へ。
市井で開催するため、女王以外も対象に。
大店は自分達の店舗で点数上限なしに品物を展示した。
自分の店を持たない者達は、国が借り上げた劇場を使い従来のような点数制限ありの共同展示を行った。
この大規模な新作展示会は、新しいヴィクトリア国の文化となり、国民のみならず観光客や服飾関係の職人や留学生まで訪れるようになった。
*
女王により活性化したのは服飾産業だけではない。
彼女のファッションに触発されて、女性達の購買意欲も上がった。
若者の間で人気のデザインが出ても、今までは年嵩のマダム達が眉を顰めれば我慢するしかなかった。
好きだと思えなくても、流行りだから、定期的に購入しなければいけないからと消極的な買い物を繰り返していた。用意された流行を取り入れるのがしきたりだったのだ。
それがマダム達以上の権力者である女王が率先して色々試すおかげで、社交界の重鎮達は内心どう思おうと何も言えなくなった。下手に批判すると、女王への批判と取られかねない。
ただ着飾ることに貪欲なだけの女王であれば周囲に馬鹿にされて終わるが、エリザベートは有能な為政者であり、彼女のファッションは経済を活性化させた。
彼女は素材となる布地や貴金属の産業発展も後押ししたので大量の雇用が生まれた。
妻子の服飾費が嵩もうとも、それ以上に産業が発展して税収や収益が増えるので男性陣も目を瞑った。
実績が伴っているために、国の代表である女王が、外国人留学生が作成したデザインを身に纏おうとも誰も非難できなかった。
因みにその留学生は自由な創作活動の推奨と、出自に関係なく評価される環境に魅了されてヴィクトリア国に永住した。
同じような流れで何人もの職人がヴィクトリア国に留学に行ったきり帰ってこないので、ヴィクトリア国は『デザイナーホイホイ』と言われた。
服飾業界の人間がヴィクトリアに行くと帰ってこないので、ある国では出国制限を設けようとしたなんてジョークともリークとも判断し難い逸話がある。
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良いこと尽くめに見えるが実はこれ、エリザベートが異性から敬遠される一因である。
彼女はプロポーション抜群のゴージャス系美女。
故にどんな奇抜なデザインでも、サイケデリックな色でも大抵着こなせてしまう。
展示会でランウェイを歩くモデルと同等のエリザベートと、彼女に憧れる女性達。
彼女達は自分が似合う範囲で部分的に流行を取り入れるが、エリザベートは新進気鋭のデザイナーが売り出したまんまの商品をそのまま着用できてしまう。それが似合うのだから仕方がない。
当然、男性との間には大きな溝ができる。
男性がドキッとするのは、結局のところ可愛らしい等身大の女性である。有名ブランドのカタログに載っているモデルを見て「結婚しよ」とはならない。
せめてエリザベートの周囲に性差を指摘する者が居れば、少しは違ったのだが幸か不幸かそうはならなかった。
ポーラを始めとする女性陣は、エリザベートの希望を汲み取った方向で彼女を仕上げている。彼女達の仕事の結果、女王の女性ウケは抜群だ。
クインは、ありのままのエリザベートを好む人間でなければ王配には相応しくないと思っているので、エリザベートの好みに口出しすることはない。
ルークは女王のファッションが男ウケ最悪なのに気付いているが、文化・経済両方で利益が大きいのでスルーしている。今後も指摘するつもりはない。
ウィルフレッドは「服なんて好きなものを着れば良いさ」派なので、そもそもあまり気にしていない。
ビ・シフローは、セクハラとか老害だとか思われたくなくて触れないようにしている。
ヴァルゴは「誰に何を言われても、結局エリザベートは自分の着たいものを着るんだろ」と、理解しているのか諦めているのかわからない境地に至っている。
アクエリアスは「陛下は何を着ても似合う!」としか思っていない。
廊下を闊歩するだけで、ランウェイ状態になる女性に劣情を抱く男はなかなか居ない。居たらちょっとおかしい奴だ。
本人の資質もだが、周囲も婚活の助けになっていない。
それがエリザベートという女性である。
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