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「死んだ――?」


 エリザベートは今しがた耳にした内容を繰り返した。

 実感が伴わないからか、その声はいつものような覇気がない。


「その通りです陛下。裏付けもとれており、誤報の可能性はございません。詳細はこちらに……」


 女王補佐官のルークが報告書を差し出した。

 眼鏡の奥の瞳は冷静そのもの。彼の妹も一連の煽りをくらって婚約を解消しているが、彼は私情を挟むつもりはないようだ。


「ああ……そう。……そうなのね」

「キャサリン嬢は元平民ですが、王都に市民として暮らしておりました。我が国はそれなりの生活水準を確保しておりますので、王都の生活に慣れた彼女にとって異国の地でひとり隠れ住むのは難しかったようです」

「あの女のことよ。どうせ現地で信奉者を作って、チヤホヤされていたんでしょ」


 差し出された報告書をパラパラと捲りながらエリザベートは断言した。

 キャサリンと交流があったのは学園に在籍した一年弱だが、彼女の最大の被害者であったエリザベートはその生態を嫌という程熟知している。


「そこは否定できませんね。彼女の死因はそこにありますから。まあ、あの奔放な性格を考えると生活を保証されていたものの、彼の国での生活は中々のストレスだったかと」

「もしかしてあの女を保護していたのは権力者の男で、他の男を引っ掛けることができない環境だったとか?」

「ええ」

「男の名前は――なんてこと。ピスケスの第三王子じゃないの! 確か既婚者だったはずよ」


 見覚えのある名前にエリザベートは眩暈がした。


「王子妃がキャサリン嬢の存在に気付き、動いた結果のようです」

「当然よね。むしろ我が国の対応があり得なかったのよ。その無能共はもう居ないけど」


 エリザベートは、ふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 高位貴族をたぶらかす身分の低い者を放置するなどあり得ない。

 キャサリンを始末した王子妃の判断はこの時代において至極真っ当なものだ。エリザベートは彼女に賛同した。


「我らが王国の太陽、女王陛下。この後はいかがなさいますか?」



「それは勿論、…………宴会よーーーーーーーーーーー!!」



 テンション高く声を張り上げ、エリザベートは腕を天に向け立ち上がった。


「クイン! 聞いていたわね? 今日はとっておきのワイン全部開けるわよ!!」

「はい!!」

「ポーラ! 厨房に行って頂戴! 私のポケットマネーから出すから、予算制限なしでご馳走を作れってね!」

「は、はいぃ!」


 訃報を聞いた瞬間からエリザベートの考えを読んでいたのだろう、ワインリスト片手にやる気満々のクインは阿吽の呼吸で返事をした。

 クインは彼女の母がエリザベートの乳母であった頃からの付き合いなので、エリザベートの突飛な行動に対しても非常に反応が良い。


 一方でエリザベートが王位に就いてから側仕えとなったポーラは、以心伝心とはいかず返事がやや遅れた。


「陛下ッ!? それはちと不味くありませんかな!?」


 いままで空気だったビ・シフローが慌てて止めた。

 前王朝の使えない人材を悉く切って捨てたエリザベートだったが、宰相であった彼は続投となった。彼はその地位を確保したまま、新政権でも王に次ぐ権力を維持している。


 エリザベートが彼を切り捨てなかった理由は色々ある。

 宰相として必要な能力を持っていた事。

 当時の態度が他者に比べればマシだった事。

 前王朝の全てを否定すると余計な反発を産むため何かを残すとしたら一番デメリットの少ない存在だった事。

 反女王派がビ・シフローに接触するのを見越して彼にヘイトコントロールさせるつもりだった事……


「なんでよ? 目障りな羽虫が遂にこの世から駆逐されたのよ? しかも私は関与していない! この事で私が責められることはない! ようやく神が私に味方したのね!」

「陛下ぁぁあぁぁぁ」


 正直なのは美徳かもしれないが、ぶっちゃけ過ぎるのは問題だ。

 晴れやかな顔で言い切った女王に老齢の宰相は頭を抱えた。


「陛下のお気持ちは痛いほどわかりますが」

「無理よ。私の痛みがわかるのは私だけ。他人が想像したところで、その半分もわからないわ」


 当時の事を思い出しているのだろう。

 先程までのイキイキした表情から一転して、感情を失った目でエリザベートは言い切った。

 淡々と言葉を紡ぐ彼女をビ・シフローは痛ましく思った。


「陛下の仰る通りです。謝罪いたします。しかし訃報を肴に宴会は、為政者として褒められたことではないと申しますか……」


 正直、人としてどうかというレベルである。


「女王じゃなくて、エリザベート個人として祝うのよ」

「陛下の人としての品位と申しますか、人の心と申しますか……」

「品位を大事にした結果が『婚約者に捨てられた淑女の鑑』よ。私に人の心があるから、アイツらが憎いと思うし、死んだと聞いて嬉しく思うのよ!」

「その通りです陛下!」


 当時エリザベートの側で歯痒い思いをしていたクインが鼻息荒く追従する。


「酒盛りはするわ。この部屋だけの事にして、大々的に騒がなければ良いんでしょ」


 エリザベートは再度ポーラに料理指定をした。


「料理は六人分。宰相が不参加なら五人分ね」

「……参加いたします」


 自分の目の届かない所で開催されたら、夜通しどんちゃん騒ぎしかねない。ビ・シフローは覚悟を決めた。


「もしかして私達も同席してよろしいのですか?」


 参加者をカウントしたポーラが首を傾げる。


「そうよ。この部屋にいるメンバーと、廊下で待機しているウィルで飲み明かすわよ!」


 女王付き護衛のウィルフレッド。彼の妹も一連の騒動の結果、婚約を解消している。

 彼はあまり気にした様子を見せないが、それでもキャサリン被害者の会の一員である。


「わぁ〜光栄です。不躾ですが料理のリクエストをしても?」

「今日は無礼講よ、望みがあるなら言いなさい」


 ポーラは公爵家によるクーデター後に侍女として採用された。

 ヴィクトリア国初の女王が誕生した際に行われた、大規模リストラの後に補充された人員だ。

 古い悪血を出し、新鮮な血を取り入れる。

 エリザベートが前々から行いたかったことだ。国の頭がすげ替わる混乱をチャンスとみて女王就任後、最初の大仕事として断行した。


 王宮に勤めて日が浅いポーラだが、頭の回転の速さと立ち回りの上手さ、それでいて自らの能力を悪用しない素直さが評価されて女王の侍女となった。

 彼女と同じ能力を悪用し、恋愛に全振りしたのが憎きあの女――キャサリンである。


「ホロッカスの丸焼きが食べたいです。ウィルフレッド様も居て、六人なら食べ切れるかと」

「いいでしょう。ポーラの素直なところ、私好きよ」


 エリザベートの好意的な言葉に、クインの目が険しくなる。

 主人に心酔しているクインは、ポーラをライバルと認定したようだ。

 嫌がらせ等の幼稚な言動をする事はないが、今後ポーラの動きを細かくチェックするはずだ。


 宴会に参加する人間はエリザベートの側近であり、伏魔殿のような王宮においては味方と称して良い人物達だ。

 しかし彼女が心から信頼しているのはクインのみ。

 クインがエリザベートを理解しているように、エリザベートもまたクインの性質を理解している。

 エリザベートが具体的に命じなくても、こうして好意を仄めかせばクインは自主的に対象者を監視する。この先ポーラが怪しい動きをすれば躊躇なく密告するだろう。


「今日の宴会。外部に漏れて、女王批判の種にならないことを祈っているわ」


 もしそのような事があれば、犯人はエリザベートを除いたメンバーが原因だ。


「私に貴方達を処分させないでよね」


 かつて淑女の鑑と称された、感情の読めない美しい笑顔で女王は告げた。


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[一言] ビッチの最期もなしに負フォ〜といわれてもねぇ?(• ▽ •;)(カップ麺よりもインスタント過ぎて)
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