笑顔の絶えない職場です
『独り身の若者限定お茶会』という名の、婚活パーティーから帰還した女王の顔色は優れなかった。
「……ねえ、誰よ。若返ったら対象年齢広がるとか、婚活は若い方がモテるとか言ったヤツは」
「前半は覚えがありますが、後半は僕じゃありませんよ」
エリザベートの恨みがましい視線を、ルークはサラリと受け流した。
「女王に対して気軽に話すのは難しいかもしれないけどね、それにしても距離ありすぎだと思うのよ! 話しかけても、教師にあてられた生徒みたいな反応しかされないんだけど!」
身分差のある相手に親しげに話しかけられて恐縮するならまだしも、授業中にあてられたくなくて身を縮こませる生徒のような態度をとられた。しかも発言の前に挙手をしてきた者もいた。
(言葉も柔らかくして、威圧感を与えないよう細心の注意を払ったのに!)
周囲のテーブルはワイワイキャッキャと盛り上がっているのに、エリザベートのテーブルだけは討論会の様相だった。
場つなぎ感覚でパートナーに何を求めるか質問しただけなのに、同席者たちはジェンダーについてディスカッションを始めた。解せぬ。
「先程の意見に補足するなら、モテるのは身も心も若い場合です。見た目が若くても中身がピー歳なのは、正直扱いに困るんでしょう。ロリババアが持て囃されるのはフィクションだけだと、陛下によって証明されましたね」
「バッ!? このクソ眼鏡ェ!」
「陛下、落ち着いてください。ルーク様も言い過ぎです。傷心の陛下に追い討ちをかけるのは止めてください」
ルークに飛びかかろうとしたエリザベートを、クインが止めた。
とても国のトップである女王と、その補佐官のやり取りとは思えない。
*
クインとエリザベートの二人は、いまだ若返ったままだ。アクエリアスも成長したままの状態を保っている。
三人の体を元に戻せないか魔術塔や侍医達に調べさせているが、あの事件から数ヶ月経った今も問題解決の糸口すら掴めていない。
彼ら曰く「年齢を自由に操作できるなら、それはもう不老不死の技術」であるとのこと。ご尤もである。
また儀式を解除することで、元に戻るのではないかとも考えたが「既に実行済みの儀式を無かったことにするのは、時間を巻き戻すのと同等」とまで言い切られてしまった。
どちらも人間には不可能な所業だ。
*
「陛下。国を安定させるべく王配を求めるのは素晴らしい事ですが、それによって臣民を虐げては本末転倒です」
「ちょっと! 聞き捨てならないわね! 何で婚活するだけで、虐げることになるのよ!?」
やれやれと言わんばかりのルークの態度に、エリザベートは激昂した。
「陛下からの打診を回避すべく、今物凄い勢いで貴族の子女間で婚約ブームが起こってるんですよ」
「何でよぉぉお! 私は女王よ! 国一番の権力者よ! 実年齢だってギリギリ結婚適齢期だし、見た目も悪くない! 面倒な義両親も無しよ! 本来なら引く手あまたのはずでしょう!?」
貴族としての適齢期なので、平民であれば余裕で対象範囲だ。
見た目に関しては、極上と言っても良い。
「そのはずなのに、そうならないのが逆に凄いですね」
「肉親をご自分の手で粛清されたのが、お相手を尻込みさせてしまうのかもしれませんね。私は陛下の御決断を支持いたしますが」
有言実行で果断に富む女王エリザベートは為政者としては人気があるのだが、異性としては一歩どころかかなり距離を置かれている。
上司にしたいが、妻にはしたくない。
最近では「元王弟でなくても良いから、早いところ側近の誰かと適当にくっ付いてくれ」と言わんばかりの空気が城に漂っていた。
「陛下。もう国内でお相手を探すのは諦めた方が良いかもしれませんね」
「本気で言っているの?」
「だってヴァルゴ様も、アクエリアス様も拒否されるんでしょう? 血統、陛下への理解度、しがらみの無さにおいて彼等に勝る物件はありません」
二人共、旧王家の人間なので因縁はあるのだが、本人達がエリザベートに好意的なので問題はない。
「しがらみというか、後ろ盾がないだけでしょ。まあ、義両親とか面倒な親戚がいないのは良いわね」
面倒な親戚は全員エリザベートが死地に送った。
本人に自覚があるのか不明だが、キャサリンに関しては直接昇天させている。
改めて考えると、何故これだけの事をしたエリザベートに彼等が好意的なのか信じがたい。一体どんな神経をしているのか。
「お二人を選ばないのであれば、思い切って外に目を向けましょう」
「まあ、他国から良い話が来てるなら検討の余地は……」
「あ。他国からの釣り書きはゼロです」
「わかったわ。喧嘩売ってるんでしょ。買うわよ」
懲りない二人のやり取りにクインは呆れた。
明け透けどころか挑発的な物言いをするルークだが、昔はもっと控えめと言うか補佐官として普通に弁えた態度だった。
(いつから変わったのかしら)
エリザベートの在位年数=ルークの補佐官勤務歴である。
流れた血は少なかったものの、強引に玉座を奪い取ったエリザベート。
苛烈極まる彼女に怯む者が多く、物怖じせず有能ということで若手のルークが補佐官に起用されたのだ。
(いくら付き合いが長いからと無礼だわ。ルーク様の影響を受けて、ポーラも陛下に対して侍女らしからぬ振る舞いをするようになったし、本当悪影響しか……)
はたと引っかかりクインは思考を中断した。
ルークは自然と距離が縮まるタイプではない。彼自身がその枷を外さなければ、何十年付き合おうと一定の距離を保つタイプだ。
彼の行動には深い意味が隠されているのかもしれない。しかし問いかけたところで、素直に答えるとは思えない。
(まあ、良いでしょう。陛下に損失を与えなければ何を企もうと構わないわ)
クインの行動理念は、エリザベートにとって利があるかどうかに帰結するのだ。
「……クインは、今の自分に不満はないの?」
「全くございません」
即答である。
「若返ったことで、陛下と共に生きる時間が増えました」
「そういう考え方もあるのね」
クインの顔は晴れ晴れとしている。
目から鱗の発想に、エリザベートは瞬いた。
「私と陛下を残し、他の連中は先に死にます。とても気分が良いです」
満たされたが故の、満面の笑みでクインは答えた。
元々エリザベートより十歳年上だったヴァルゴとは、更に歳の差が広がった。
今の彼は急成長したアクエリアスに手一杯で、他のことに神経を使う余裕がない。元々器用なタイプではないので、クインとしてはこのままフェードアウトしてもらいたいところだ。
逆にアクエリアスとは年齢差がなくなったが、最近までトイレに踏み台を必要としていた子供を異性として見ることは流石にない。
エリザベートにとって、彼はどこまでいっても養い子だ。
側近達全員を看取った後、エリザベートと最後の瞬間を共にするのは自分だと思うだけで、クインの心には余裕が生まれた。
「ふ、不満がないようで何よりだわ」
彼女の発言に不穏なものを感じて、女王の声が裏返った。覇王を怯ませるとは大したものである。
「それはそうとして陛下。『蠱毒屋敷』の監視員から報告が上がっています。イブ嬢が不審な動きを見せているとのことです」
「すっかり存在を忘れてたわ」
『蠱毒屋敷』とは読んで字のごとく、エリザベートにとっての虫ケラを一つの屋敷に押し込んだのが由来だ。
最低限の餌だけ放り込み、生きるも死ぬも殺し合うも好きにさせている。
但し外へ逃げることだけは絶対に許さない。
この辺の苛烈さも、彼女が異性から距離を置かれる一因なのだが本人は気付いていない。
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