退かぬ!!媚びぬ 省みぬ!!
「まさかクインが、アクエリアス様を連れ去るなんてね」
「あの人に限って……いえ、でも最近様子がおかしかったですし」
クインの代わりに女王付きとなった侍女達が囁く。本人達はこっそり話しているつもりなのだろうが、廊下というのは案外声が良く通る。
「止めなさい。クインも被害者の可能性がある以上、根拠のない噂話は彼女の名誉を損なうわ」
「でも陛下。状況からしてクインが犯人としか」
いつのまにか習慣化していた事だが、エリザベートとアクエリアスは、どんなに忙しくても朝食は必ず一緒に食べる。
朝、アクエリアスを迎えに行ったクインは、そのまま彼と共に姿を消した。
部屋から食堂へのルートに争った形跡はなく、城に何者かが侵入したという報告もない。
「何度も同じことを言わせないで頂戴」
「も、申し訳ございません」
女王の覇気に当てられて、侍女達は震えながら謝罪した。
(口ではああ言ったけど、本当は私がクインを信じたいだけ)
前々から嫌な予感はあった。しかしどう話したら良いかわからず、結果としてエリザベートは何もしなかった。
(信じることは怖いわ)
疑って、攻撃して。誰も頼らず、自分の力で解決する方が遥かに気が楽だ。
ため息をつくエリザベートに、ルークが近付いた。
「影の者が、直接陛下に報告したい事があると申しております。いかがしますか?」
「許可します」
「内密の要件故、我々の同席を拒んでいるのですが」
「しかたないわね。全員廊下で待機して頂戴」
エリザベートだけを残し、執務室の扉が閉じられる。
ふっ、と瞬きの間に降り立った影。
体重を感じさせない身のこなし。
音もなく現れた痩躯の持ち主に、エリザベートは瞠目した。
「あなた――」
*
ピチョン…
ピチョン…
遠くで雨漏りのような音がする。
覚醒したエリザベートは首だけを動かし、周囲を観察した。
石で作られた祭壇に寝かされ、手足を鎖で固定されている。
祭壇はもう一つあり、そこにはアクエリアスとクインが二人まとめて縛られていた。
二人とも意識を失っている。
エリザベートは物理で気絶させられたが、彼らは薬物を使われたのかもしれない。
(ほら、あの子も被害者だったのよ)
窮地にも関わらず、裏切られたわけではないと分かりエリザベートは安堵した。
「一体何が目的なのかしら?」
寝たフリをする選択肢もあったが、エリザベートは打って出る事にした。
今の状況では、時間稼ぎをしてもあまり効果はないだろう。
(なにせ王家の影が裏切ったんですもの。諜報と機動力に劣る一般の兵士達じゃ、数時間稼いだところで辿り着けないでしょうね)
「この期に及んで口の減らない女だな。状況を理解していないのか? それとも、本当にイカれてるのか?」
「雇い主に対してなんて口の利き方かしら。……私、貴方の遺体を確認したんだけど。どんな魔法を使ったのかしらね」
「あれは俺の双子の弟だ」
「まあ、弟を自分の身代わりに殺したの? それで今度は黒魔術ごっこ? 貴方の方こそイっちゃってるんじゃなくて?」
「うるさいっ」
「落ち着けジェミニ。気持ちは分かるが『彼女』の体を傷付けるなよ」
「わかってる……」
「あら。えーっと。元天才なんとかの、ラなんとかさんじゃないの。ごきげんよう」
「このっ、ワザとだと分かっていても腹立たしいな」
「もしかして、失踪したあの女の取り巻き連中が勢揃いしているの? もしかしてキャサリンを偲ぶ会に招待されたのかしら?」
ジェミニ、ライブラ、スコーピオの姿があるが、レオは見当たらない。
「キャサリンは蘇るんだよ」
「あらあら、本格的にどうかしちゃったみたいね」
「必要なのはキャサリンの血筋と、彼女の依代になる体。子供以外は替えが利くが、どうせなら彼女を苦境に追い込んだお前を使う事にしたんだ」
「さげまん復活させたところで、貴方達は更に不幸になるだけよ」
「彼女を侮辱するな!」
「あらまだ洗脳が解けてないの? 一周回って同情するわ、可哀想。来世ではまともな恋愛ができると良いわね」
「黙れ!」
スコーピオが怒鳴ったせいで、気絶していた二人の目が覚めたらしい。
アクエリアスがぐずり始めた。
「これからお前「うわあぁ! あぁぁん!」」
すぐに声量マックスで泣きだした。
三人は幼児を黙らせようとしたが、見知らぬ男達に囲まれてアクエリアスの恐怖はピークに達した。
「おい、大人し「へぇがっ! べぇがぁぁぁぁ!」」
泣き喚く幼児の口を塞ごうとするが、クインと抱き合うような体勢で縛ってしまったために難しい。
「うわあああああああん!!」
「ああくそ五月蝿い! もういい! さっさと済ませるぞっ」
死者復活なんて眉唾物だが、男達は本気で成功すると信じているようだ。
生贄を捧げる儀式のように、短剣で殺すのかと思ったが違うらしい。ライブラは謎の液体を三人に振り掛けると古代語の呪文を唱えた。
エリザベートの視界が真っ白に染まる。
意識を失う寸前、誰かに名前を呼ばれた気がした。
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