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私たちはどうかしていた

「貴方のことだから、手放しで放逐したとは思っていなかったけど、監視していたのね」

「定期的な所在確認程度です。……あの女の色香に惑わされたことを、レオは後悔していました」

「過ぎたことよ」


 レオは元奴隷だ。

 奴隷市で端金で競売にかけられているところを、偶々通りかかったエリザベートが購入した。

 ゼロどころかマイナスしか持たない少年が、裕福な公爵家の使用人になる。

 夢物語のような成り上がりを与えられながら、彼は主人を裏切った。


「『当時の出来事はひとつの物語であり、自分は出演者の一人。記憶はあるのに実感がない。思考も心も、すべて物語の筋書きに沿って支配され、抗うことすら考えつかなかった……』」

「なにそれ」

「レオを解雇した際、彼が語った言葉です」

「心神喪失を理由にした責任逃れ?」

「そうかもしれません。でも、俺は目が覚めたアイツを信じたいと思いました。義姉上には申し訳ないけれど……」

「良いのよ。私は私。貴方は貴方」

「主を裏切ったのは事実ですから、紹介状は用意しませんでした。代わりに新しい環境を用意しました」


 雇い主を裏切ったレオが、どこかの家に仕えるのは絶望的だ。

 過去を隠しても、いずれどこかでバレる。


「レオはウジェーヌ教の牧師になりました。国境付近の教会で暮らしていましたが、7日前に姿を消しました」

「自発的な失踪?」

「わかりません。争った形跡はありませんでしたが、身辺整理や貴金属を持ち出した形跡もない」

「最後に目撃されたのはどこ?」

「教会の懺悔室です。夕方に男が一人訪ねてきて、レオが担当したそうです。相手の男は、顔を隠していて特徴らしいものは何も」

「懺悔しに来る人間は、だいたい身元を隠しているものね。しかたないわ」

「引き続き捜索を続けますが、何だか胸騒ぎがして……義姉上には、ご報告すべきと判断しました」


 幼くして本家であるシャトランジの養子になったタウラスにとって、エリザベートはお世辞抜きに太陽のような存在だ。

 強く、眩しく、温かく……それでいて、近付き過ぎれば身を焼かれる。


 どんなに彼女に惹かれても、彼女は王太子の妻になることが決まっていた。

 タウラスは彼女が家を出るからこそ、公爵家に迎入れられたのだ。

 同じ屋敷に暮らしていたが、婚姻までの僅かな時間だけその人生が交錯したに過ぎず、二人の道が重なることは決してない。


 キャサリンがエリザベートの周囲をかき回した時、タウラスも彼女から誘惑された事がある。


 彼女は身内であるタウラスの協力を得ることで、エリザベートを次期王妃の座から引き摺り下ろそうとした。

 傷物になったエリザベートは他所には嫁げない。そうなれば、タウラスは彼女を娶る事ができる。


 夢物語のような甘い誘惑。

 迷わなかったと言えば嘘になるが、タウラスは踏みとどまった。

 確かに彼女を手に入れる事ができるかもしれないが、その為にエリザベートを傷付けるなど本末転倒も良いところだ。


(俺が断ったから、あの女はレオを誘惑したのかもしれない)


 全てが明るみになった時、レオはキャサリンに籠絡されたと自白したがおそらく嘘だ。

 彼はタウラスと同じ目でエリザベートを見ていた。

 彼が屈したのは色仕掛けではなく、おそらくタウラスに持ちかけられたのと同じ誘惑だろう。


 レオが語った物語云々というのも、タウラスはなんとなく分かる気がした。

 キャサリンがエリザベートに悪意を持っているとわかっていたのに、タウラスは彼女を跳ね除けただけで済ませた。


(シャトランジ公爵家の一員として、男爵令嬢が公爵家を貶めようとしているのを放置するなんて考えられない)


 今でも信じがたい事だが、あの時のタウラスはキャサリンを処分するという至極当然の選択肢に思い至らなかった。

 タウラスは、当時エリザベートが追い詰められていることにも気付いていた。

 彼にとって今も昔も、彼女よりも大切な存在などいないのに、当時彼女のフォローをした覚えがない。学生時代の記憶は朧げで、今でもどこか他人事のように感じてしまう。

 全て言い訳でしかないので、あの不思議な状態のことをエリザベートに伝えるつもりはない。


(俺が義姉を守らなかった事実は変えられない)


 タウラスは今後もその罪を背負って生きていくつもりだ。


(一歩間違えば、俺がレオの立場だったかもしれない)


 踏みとどまったタウラスと、踏み出してしまったレオ。甘いのかもしれないが、タウラスは彼に対して非情になれなかった。



「へーかっ、へーか! あのねっ」

「はいはい。ちゃんと聞くから落ち着きなさい」

「きょうね。ウィルにね。ほめられたの!」

「はいはい。すごいわね」

「みてて!」


 初めて会った時は、赤ちゃんの要素が色濃く残っていたアクエリアス。まだ幼児だが、今は少年と言って良いくらいに大きくなった。よちよち歩きからトコトコ歩きくらいに成長している。


(子供の成長って早いのね)


 エリザベートは自分も歳を取ったことは考えないことにした。


 アクエリアスはユニコーンに跨ったまま、玩具の剣をぶんぶん振っている。

 先日観戦した馬上槍試合の真似をしているようだ。


「こら! 人に当たったらどうするんだ。危ないから止めなさい」

「いーやぁ」

「ナイトに乗るか、剣で遊ぶか。どちらかにしなさい」


 すっかり育児担当が板についたヴァルゴが止める。


「完全に親子ね」

「微笑ましいですね〜」

「そうでしょうか?」


 笑顔で見守るポーラとは対照的に、クインの視線は冷たい。


「ナイトも完全に飼いユニコーンになってるけど、アクエリアスが出家する時について行くのかしら」

「あの調子だとついて行っちゃいそうですね」

「教会に聖獣を取られるのは癪ね」

「じゃあアクエリアス様を出家させなければ良いんですよ。これからも王宮で過ごせば良いんですっ」

「……考えておくわ」


 ポーラの提案を、エリザベスは保留にした。


(もしも出家させずに養育するとなれば、将来は騎士か文官か)


 ユニコーンを教会に渡さない事が目的なので、セットになっているアクエリアスの将来は王城勤めになる。


(断種しかないか)


 アクエリアス自身は100%母親似だが、その子供は隔世遺伝を起こす可能性がある。

 旧王家のアメジストの瞳が生まれることがあれば国が乱れる。

 出家させるのは、アクエリアスに生涯独身を貫かせるのも目的だった。


(何も知らない子供から、一方的に権利を奪おうとしているからかしら)


 ヴァルゴに対しては気楽に提案したが、アクエリアスに対しては何故か気が進まない。


「……陛下」

「どうしたのクイン?」

「陛下は変わられた。それはあの子供が原因ですか? それとも――」

「私は別に何も変わってないわよ」

「お気付きでないのですね」

「引っかかる言い方ね。どこがどう変わったと思うのか、ハッキリ言って頂戴」

「いえ、気のせいだったようです。つまらない事を申しました、どうかお忘れください」


 発言を撤回するとクインは黙り込んでしまった。

 取り付く島もなく言い切られ、エリザベートもこれ以上の追及は憚られた。


 最近は、クインとは今のようなぎこちない状態になることが増えた。


(昔はその行動も思考回路も、簡単に推察できたのに)


 エリザベートは、今のクインが何を考えているのかわからない。

 未知は不安に繋がる。

 女王の懐刀は意識を持った人間でもある。その刃の先がどこに向かっているのか、持ち主である自分が把握できていない事がこれほど心許無く感じるとは。


 数日後、エリザベートの嫌な予感は現実になる。


 アクエリアスを連れて、クインが姿を消した――

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