クソお邪魔します
王宮の一角にある東屋で、再び着飾ったエリザベートは一人の男性と向かい合っていた。
「新しい王国を導く太陽たる女王陛下にご挨拶申し上げます」
「楽にして頂戴」
「お気遣い有難うございます」
緊張の面持ちのハイドラは、エリザベートを見てぎこちなく微笑みを浮かべた。
女王となったエリザベートの治世は順調だ、だがこの先も国を安定させるなら彼女の結婚は急務。
現在は女王による独裁色が強いため、後継者をはっきりさせないと彼女が倒れると同時に国も倒れかねない。
跡継ぎまでは飛躍しすぎだが、何かあった時に国を混乱させないために王配は必須だ。
彼女が掌握した権力を弱め、議会に力を持たせる方法もあるが、それはもっと後の話だ。
政権交代したばかりで、それをしてしまうと今度はエリザベートが国を追われかねない。
(血筋はあまり重要視しない)
出自によって、足を引っ張られることがない程度に身綺麗であれば良い。
(有能さも求めていない)
無能や愚者は論外だが、半端に有能で野心を持たれても困る。
王配は非常時の旗頭であり、エリザベートが表に出れない状態になった時は、ビ・シフローとルークに舵取りさせるつもりだ。
(大事なのは私に忠誠を誓えるか。『わたくし』に何をして、何をしなかったか)
目の前のハイドラはエリダヌス辺境伯の次男だ。
貴族として身を立てるのではなく、兵士として国防を担う事を選択したため学園には通わずに、生家の騎士団に所属していた。
事前の身辺調査でも問題点は見当たらず、本人を前にしても実直そうな印象を受けた。
「……あの、陛下」
しばらく歓談していたが、気まずそうにハイドラが視線をエリザベートの足元に移す。
つられてエリザベートも視線を下げた。
(え、何これ?)
ドレスの裾が不自然に膨らんでいる。一瞬型崩れかと思ったが、モゴモゴ動き始めた。
「きゃあ!」
慌てて飛び退くと、ハイハイポーズのアクエリアスがいた。
「ちょっと、どういう事!? いつから私のスカートの中に?」
クインを問いただすが、彼女も子供が紛れ込んでいる事に気付いていなかったようだ。
「へーか。これぇ」
アクエリアスがポケットからチコリの実を取り出すのと、彼を探し回っていた侍女達が現れたのは同時だった。
「ああ、アクエリアス様ご無事でよかった」
「まさかとは思いましたが、陛下の元に行かれていたんですね」
侍女達に抱き上げられても、アクエリアスは握りしめたものを差し出したままだ。
今にもこぼれ落ちそうな大きな瞳には、エリザベートしか映っていない。
「へーか、あげゆ」
「……何故チコリの実を私に?」
「アクエリアス様に用意された昼食のデザートです。『陛下がお好きなんですよ』と言ったらプレゼントすると言い張られて……」
その場を宥めた彼女達は、遊んでいるうちに実のことなど忘れるだろうと庭へ連れて行った。
温室を探検させていたら、いつの間にか見失っていたらしい。
「温室からここまで結構距離あるわよ」
「今朝お散歩で歩いたので覚えていたのでしょう」
「知能が高いのは本当のようね……」
衆人環視のもと食べ物を差し出すアクエリアスにキャサリンの姿が重なった。
(あの女のカップケーキ――)
学生時代、彼女は手作りのカップケーキを持参した。
何が入っているかわからないというのに、男達は嬉しそうに警戒心なく食べていた。
『エリザベート様もどうぞ』
『……身分のある者は、その地位に相応しい自衛が求められます。善意の差し入れだろうと、毒見なしで飲食物を受け取ることはできかねます』
(あの顔は『わたくし』がどう対応するか、全て分かってやっていた)
王妃候補としては真っ当な彼女の返答に、キャサリンは大袈裟にショックを受けた演技をして泣いた。
取り巻きの男達はキャサリンを慰め、こぞってエリザベートを責めた。
(ここでチコリの実を受け取ることを拒否したら、きっと同じことが起きるわ)
当時の光景がフラッシュバックし、エリザベートは動けなくなった。
アクエリアスから実を受け取ったら、その場で食べる事を期待されるだろう。
(絶対に嫌よ!)
昼食から一時間以上経っている。エリザベートは、子供の服の中で長時間温められていた果物なんて口にしたくなかった。
「――陛下はご歓談中ですので、私が預からせていただきます」
エリザベートの葛藤を読み取ったクインが、スッと両者の間に割って入った。
クインに庇われ、エリザベートは金縛りから解放された。自覚はなかったが、トラウマになっていたらしい。
「アクエリアス、ありがとう。でも女性のスカートの中に入ってはダメよ。危ないわ」
「あいっ!」
(これ気付かなくて蹴飛ばしたら、私が悪役になるのよねー)
フラッシュバックが治まり、エリザベートはいつもの調子を取り戻した。
目的を達成して満足したのか、アクエリアスは侍女に連れられて部屋へ戻った。
乱入者によって中断された見合いは、予定外のところで時間を浪費したためにそのままお開きになった。
「クイン。助かったわ」
「……陛下があの時と同じ表情をしていらしたので。差し出がましいかと思いましたが、動かずにはいられませんでした」
「そんな事ないわ。感謝してる」
「コレは私が見つからぬよう処分いたします」
憎々しげに手にした実を見下ろすクインに、エリザベートは嫌な予感がした。
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