01 エンジェリックビーム!
「佐藤カンタくんさぁ~。常連さまって、知ってるぅ?」
コンビニ、レジ前。三十分噛んだ十円ガムよりねちっこい声でチョウチンアンコウ型半魚人の店長が僕のスネを蹴りながらそう言った。
さっき来たお客さんのよく買うたばこの銘柄を覚えられず、怒鳴られ、店長を呼ばれたのだ。で、その店長が謝罪をさせられた腹いせに僕をいびっ……指導している最中。
「いやでも店長……、勤務二日目で常連さんの好み覚えるのは物理的に不可能っていうか……」
「てめーっ↑! 口答えすんのかぁ↑」
あっ、裏声。
「あ、や、すみません……」
半魚人がいるのでお察しのことと思うけど、ここは異世界なのである。
高校では人に馴染めず引きこもった僕はニートライフを謳歌していたのだけど、散歩をしていたら野良猫に引っかかれて感染症で死亡。結果、なんでか知らないけど異世界に流された。なんでだよ。
不思議なのが、その異世界はなんだかカオスな世界で、亜人獣人は普通にいるし、魔法なんかもあるけど、コンビニとかスマホとかインターネットやABCマートがある。なんでだよ。でもスタバはない。
で、戸籍もお金もなくて死にかけていた僕を拾ってくれたのが、この店長だ。感謝してる。ここの時給、最低賃金の半分以下だけど。
でも今思えばサンドバッグとして雇われた気もする……。
「ほんっとさぁ! キミそんなんじゃ社会でやってけないよ?!」
「……や、自分にとってはここも社会というか」
「てめーっ↑! 口答えすんのかぁ↑」
すみませんすみませんと平身低頭平謝りする。
今の僕にできる事と言えば謝罪くらいしかないので、とにもかくにも謝り続ける。仕事無くなったら死ぬんだよなぁ……。
「じゃあ、土下座」
「へ?」
「ドゥ・オ・ギャ・ズゥアー」
あっ、やっ、唾飛んだ、くさっ! 半魚人くさっ!
って、土下座? 土下座って、ここで?
店内には客はいなかった。だから誰かに見られる心配はない。
でも……嫌だ。
行為としては土下座なんて簡単だ。でもどうしても心がすり減って、大切な何か削れる気がした。
でも、僕を雇ってくれた店長はそれを求めている。僕はへまばかりだ。僕に出来るのは謝ることくらいだし……。
僕は右ひざを折って、左も同じようにする。手をぺたりと地面につけて、指先を揃える。そして頭を下げた。地面に額がつく。
「あぴゃぴゃぴゃ~wwww みっじめだねぇ~。まあいいよ、それで今回のことは許してやるよォ! オッオオ~」
店長はさっきトイレに行った靴で僕の頭を踏みつけた。でも、僕はじっとしている。そうしているしか、今は出来な──。
ピーポーパーポーン。
扉が開き、イラッシャイマセ! と機械音声が流れるとその足音は入ってきた。店長ははっとした顔で足をどけて手をすりすりしながらいらっしゃいませと繰り返した。
よかった、気が逸れた。まあ、その人が帰れば今度はホントに土下座することになるんだろうな。僕がそう思っていると、驚いたことに、入ってきたお客様が恐らく店長に向けてこう言った。
「あんた使用済みティッシュみたいな臭いするわね。まあいいわ。下水管みたいな顔の半魚人。じゃ、いつものちょーだい」
「げっ、下水……」
静まり返る空間。店長はのけぞる。
「あのー、お客様……。ええと、過去にご来店されたことは」
「え? あたしのこと忘れたの? 信じらん無いんですけど」
「あひっ……」
何だこの人……。入ってくるなりものすごく高圧的だ! これが世に言うモンスターカスタマーことモンカス!?
「吸わないとッ! やってられないのっ! 早く!!!!」
ヤニカスだった。
あ、いやカスは違うね。たくさん納税してくれてるんだもの。
「は、はぁ……。しかしその~……お客様の『いつもの』というのを把握できておりませんでしてぇ……」
はぁー……。と深い溜息をつくその人。声音的には若い女の人なんだけど、どこかやさぐれた、ささくれまみれの声なんだよな。
「自分でもできないこと、新人にやらせないほうがいいわよ」
この人……見てたんだ──。
ドンっと音がして、店長が目の前でずっこける。転んで狼狽える店長。あ~、いけませんお客様、暴力はいけません。と思ったら自分で勝手に気圧されて転んだだけだった。
「てめぇ~っ↑! 客とはいえ暴力とは、貴様~↑!」
いやお前が言うなよ。お前は一番言うな。
まったくもうなんなんだよこのカオスな状況は! もう帰って勉強したい。おうちに帰りたい……。いや、この隙を縫って帰れるか……?
そう思ってふと顔を上げると、そこにはこちらをふいと見下ろすその人がいた。
──それはこの世のものとは思えないほど、美しかった。
でもその人は、人じゃなかった。
純白の翼、頭の上にある光輪──……天使?
え? 天使??? コスプレ??
「つ、通報してやる! おい佐藤! 通報だ通報!」
「え、あっはい──ぐぇ」
指示に対し動こうとすると、その天使に襟をつかまれる。
「動くと危ないわよ。問題はじきに解決するから」
天使はそう言って、笑った。しっかり見れば、天使にしてはヤニで薄汚れている気がするけど、目もくすんでいる気がするけど。
その瞳は真実を帯びていた。
「キッサマァ↑! オレさまの最強パンチをくら──」
「喰らえっ! 超必殺ッ!爆殺抹殺ヘルフレイムエンシェントヘルフレイムエンジェリックビィィィム!!!!!!」
──BRAAAAAAAAAAAAAAAAAA。
「ぎゃぁあああああああああッ!!!!!!」
「店長ぉおおおおおおおおお!!!!」
気づけばあんぐりと口を開けていた。天使さんの頭の輪っかからなんかウルトラ的なビームが発射されて店の半分が吹き飛んだ……。
ちなみに店長は叫びながら蒸発したし、俺は漏らした。
「やりすぎたわね。でもよし、これでタダでたばこが吸えるわね!」
にこにこするその人。俺は呆然としてたばこを漁っている薄汚い天使を見つめた。狂ってやがる……。
「……──」
ほんとはそんなやばいものと関わらない方が良いのに、身体が動く。彼女の背に立つ。声をかけてしまう。
「あの」
「んー?」
なんて言おう。あんたは誰? とか何者? とか、そういうことを聞けばいいのか? どうしよ、なんか、言いたいことがあった気がするんだけ──。
「あ、ありがとうございました!」
頭を下げ、ばっと上げるとその天使は驚いたように目を丸めた。でも、すぐに微笑んで、こういった。
「じゃ、貸しひとつね。あたしは美少女天使モモエル。ねー、ライターない? チャッカマンとか」
「あ、レジ前です」
こうして僕は異世界の天使と出会った。ちょっと生乾きの臭いがするその天使と。
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