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ぬいぐるみよ、私は大人になれたのだろうか

作者: 泉葵

柑橘系の匂いが鼻先に漂う7畳半の部屋は白に統一され、どうも落ち着かなかった。

「誕生日おめでとう」

彼女はその小さな手には収まり切れないほど大きい箱を将太しょうたの目の前に突き出した。

まだ恥ずかしさの残る付き合って1年目、将太は22回目の誕生日を迎えた。

「ありがとう!開けていい?」

「いいよ」

箱に入っていたのはウサギのぬいぐるみだった。クリーム色のウサギは右耳に大きなリボンをつけていて、そこには「HappyBirthday」と刺繍されていた。

「ありがとう」

将太が笑うと彼女も照れくさそうにはにかんだ。

飾られたウサギは部屋に溶け込み、その姿を変えることなくそこに居続けた。

「もういいかな。別れても」

その言葉はそれほどつらくはなかった。

期待しているから怒りを抱いてしまうと聞いたことことがあった。彼女に大きな期待があったとは思えないが、もしかしたら心のどこかで期待していたのかもしれない。けれども将太と彼女が互いにつかず離れずの関係に至ったのは将太の幼稚さのためだと自分自身も理解していた。ついかっとなってしまったことも否を認めなれなかったことも、今思えば幼かったなと思う。

彼女と別れてから2年が経とうとしている。未だに捨てられないウサギのぬいぐるみは埃で少し灰に染まってしまった。

「もしもし」

「久しぶり。私だよ」

彼女の声は前より低いように思えた。年を取ったからなのか、将太といるときはワントーン高く話していたからなのか分からない。

「どうしたの」

「いや、どうしてるのかなって」

「別に普通だよ。何も変わってない」

楽しくも面白くもない会話だった。

「ふふ。将太らしいね」

将太はその言葉の裏にある意味をとらえようとしたが分からず、黙り込んでしまった。

「ねぇ、まだあのぬいぐるみってあるの?」

「ウサギのぬいぐるみ?まだ飾ってあるよ」

棚の最上段に置かれたぬいぐるみはずっとどこかを見ている。こっちを見ていないなんて分かっていたが、時折こっちを監視しているんじゃないかと疑うこともあった。ぬいぐるみは今日もどこかを眺めていた。

「そう。将太は何も変わってないね」

調子も大きさも何も変わらない彼女のその声は将太を突き放した。

「変わったよ。ちゃんと大人になった」

別れた原因は自分が悪いし、自分のことを今もまだ幼いのだと思っている。少なからず変わっているつもりだった。

少し黙り込むと通話口から深く息を吸い込むような音が鳴った。

「将太にもまた春が来るといいね。じゃあね」

何も言わせてもらえないまま乾ききった音が流れた。

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