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少女の可愛い望み

本日より、朝夕2回更新します!

 アレクサンドラ・ヴォルコフ、14才。

 鏡を見ながら、いまだに見慣れない人形にように整った顔をふにっとつまんでみる。

(“桜井奈々”は、しんじゃったんだね……)

 ちくっと痛む胸を押さえながら、こぼれ落ちそうになった涙を慌てて拭う。

 高熱から目覚め、見覚えのない豪華な部屋と知らない人々に驚いたが、数日経ってようやく頭の整理が出来てきた。

 桜井 奈々。

 前世の自分の名前だ。

 もうすぐ9才の誕生日を迎えるところだった。

 生まれつき体に欠陥があって、ずっと病院で過ごしていた。 

 高熱が数日続き、もうダメだと思って目覚めたら……この世界だった。最初は意味が分からなかったけれど、うっすらと“アレクサンドラ”として生きた14年の記憶も思い出してきて、(ああ、これ、きっと隣のベッドの優華ちゃんが言ってた“異世界転生”ってやつだ)と理解したのだった。

 理解はしたけれど……前世のお母さん・お父さんはやはり恋しい。

 いつか元気になって、動物園へ一緒に行こうって約束をしたのに。

(ごめんなさい。ちゃんと元気になれなくて……)

 そのことを考えるたびに、勝手に涙がこぼれる。

 でも、あまり泣くと侍女のアーニャがとても心配するので、そろそろ気持ちを切り替えないと。

 前世のナースやドクター達も優しかったけれど、この世界の人達も優しい。

 せめて、この世界でいっぱい、優しい人達に恩返しをしていこう。

 悪意を知らず純粋培養で育った“桜井 奈々”は、キラキラ輝く瞳でそんなことを胸に誓った。


「おとうさま。あの……おねがいがあるのですけれど」

 執務室で仕事をしていたら、娘が遠慮がちに部屋を覗きこんできた。

 死の淵から生還した娘は、記憶を失い、まるで別人になってしまったようだとの報告を家令から受けている。恐る恐る扉からこちらを伺う娘は、確かに、以前とは全く雰囲気が変わっていた。

「どうした?」

 顔を合わせるのもうんざりしていた娘と同じとはとても思えず、少し戸惑いながら声を掛ける。

 すると、ふわっとはにかんだ笑みを浮かべて、アレクサンドラが“お願い”を口にした。

 その様子の愛らしさは筆舌にしがたく……セルゲイは脳天に凄まじい衝撃を受けた―――。


 夜。

 アレクサンドラの部屋にて。

 セルゲイは頬を引き攣らせながら、妻のヴェロニカと顔を見合わせていた。

「お前も、一緒に……?」

「貴方もですの……?」

 ヴェロニカとは貴族では珍しく恋愛結婚だったのだが、仲が良かったのは結婚して最初の数年だけだ。近頃はろくに会話もない。

 そんな妻と、お互いに寝間着姿で久しぶりに顔を合わせて、一体どんな顔をすればいいというのか。

 ヴェロニカが狼狽え、「やっぱり、わたくし、自分の部屋で……」と踵を返しかけたら、アレクサンドラがそっとその腕を掴んだ。

「おかあさま。おとうさま。おねがいをきいてくれて、ありがとうございます。サーシャ、すごくうれしいです!」

 サーシャとは、アレクサンドラの愛称だ。

 そういえば、4~5才までアレクサンドラは自身のことを“サーシャ”と言っていたなとセルゲイはふと思い出す。すでにその頃から、悪女の片鱗はビシバシと発現されていたが。

 そんな父の胸中を知らず、アレクサンドラはもじもじしつつ、ベッドを指した。

「わたし、かぞくで【 川 】の字でねるのが夢だったんです。今日、その夢がかなうんですね。一生、だいじな思い出にします!」

「…………」

 美しい宝石のような瞳はうるうるし、全身には喜びが滲み出ている。この天使のような少女の夢に、誰が否と言えるだろう?言えるはずもない。

 セルゲイとヴェロニカは言葉を失い、ただ、こっくりと頷いた。

 ―――という次第で。

 真ん中にアレクサンドラを挟み、セルゲイとヴェロニカの三人は一つのベッドで横になっていた。

 アレクサンドラは両親の手を握り、幸せな笑顔のまま、あっという間に夢の中である。

「……サーシャに何があったの?」

「知るか。……侍女いわく、熱で浄化されたんだそうだ」

 セルゲイとヴェロニカは天井を向いたまま、ぼそぼそと会話する。

 何故、このような事態になったのか。二人とも全く理解出来ないが、ただ一つ分かっているのは、アレクサンドラがどうしようもなく可愛いということである。

 親子三人で寝るなどという前代未聞の行為も、その可愛さの前には問答無用で消えてしまうほどに。

 ヴェロニカは、深い溜息をついた。

「そうね。こんな無垢で愛らしいサーシャなんて、わたくし、知らないわ……」

「……出逢った頃のニカを思い出した」

「イヤだ、セリョージャ!わたくし、こんなに可愛くなかったわ」

 ポッとヴェロニカは頬を染めた。ちなみにニカはヴェロニカの愛称、セリョージャはセルゲイの愛称である。

 セルゲイは、アレクサンドラを起こさぬように静かに身を起こして、妻を見つめた。

「何を言う。ニカは誰よりも可愛かった。いや、それは今も……変わらないな……」

「セリョージャ……。あの、わたくしも、ずっと言えなかったけれど……貴方はとても格好良かったわ。もちろん、今も……」

「ニカ……!」

「セリョージャ……!」

 ―――アレクサンドラの天使の波動は、セルゲイとヴェロニカの長年にわたる心のわだかまりも溶かしたようである。

……え?

娘の寝ている横で両親があんなことしたりこんなことしたりは……しない、と思います。たぶん。

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