少女の恋のお相手は?
“初恋が見てみたい”との感想を頂いたとき、この話を思い付きました。
こんな初恋で……すみません。
そして短い話の予定が、何故か、結構な文字数に。他にも学祭の話を書きかけたのですが、そっちもみんな大暴走で収拾がつきません……!
今日は、アレクサンドラと週に一度のお茶会の日である。
ということで、朝からヴィクトールはウキウキしていた。
ヴォルコフ邸のお茶会は、ミハイルやセルゲイ、ヴェロニカも同席することが多い。だが、学院で隣の席に座っているはずなのに、この頃はろくにアレクサンドラと話せないので、たとえ邪魔者がいようとこのお茶会は非常に大切な時間である。
それに……今日は、アレクサンドラに自作の木彫りの鳥をプレゼントするのだ。
以前のアレクサンドラならば高価なアクセサリーやドレスばかりをねだってきたが、浄化されてからは大袈裟なものを全く喜ばなくなった。代わりに小物や可愛らしい物が好きになっている。なので、そういった類をプレゼントしていたのだが……最近、手作りだと一層喜ぶという話を聞いた。
ユーリアはせっせと手作りクッキーやマフィンを貢ぎ、ベアトリーサは手編みのレース、イヴァンナは刺繍したハンカチを渡したらしい。すると大層喜んで、レースやハンカチは“一生の宝物だ”と抱き締めたとか。そんな羨ましい話、聞き逃すことは出来ない。
だが、残念ながら無骨な自分に手作りプレゼントは難関である。一度、クッキーを作ってみたが食べられる代物ではなかった。レースや刺繍は父から「止めてくれ」と嘆願され、諦めた。というより、レース針も刺繍針も自分には細くて小さく、まともに扱えない。
悩みに悩んだ末、祖父が趣味でやっていた木彫りを教えてもらい、可愛い小鳥を彫ってみたという訳である。祖父に少し手伝ってもらったが、初めてにしてはなかなかいい出来だと思う。
今日は外でお茶をすることになった。今、庭園は花盛りだそうだ。
ミハイルは明日提出期限のレポートに追われているらしく欠席、セルゲイとヴェロニカも領地の用事で留守。念願のアレクサンドラと二人っきりにお茶会となり、夢のようである(ただし、侍女が五人ほど監視中)。
学院での授業の話、庭園で見頃の花の話、聖都で流行りのスイーツの話……他愛もない話で盛り上がる。アレクサンドラはどんな話でも楽しそうに幸せそうに話すので、ヴィクトールも自然と頬が綻んでしまう。他の者が話せばつまらない話でも、アレクサンドラの口から語られれば何故か吟遊詩人もかくやと言わんばかりの話に聞こえてくるから不思議だ。
「そういえば……」
ところが、それまで楽しそうに話していたのに、突然、アレクサンドラが目を伏せ口を噤んだ。
「どうした?」
「あの……その……」
視線をあちこちに彷徨わせる。不安そうな影をそこに見て、ヴィクトールはそっと彼女の手を取った。
「何か大事な話なんだね?いいから、言ってごらん」
「ヴィクトールさま……」
アレクサンドラは潤んだ瞳でじっとヴィクトールを見つめた。ヴィクトールの心拍数が上がる。
しばらくして、意を決したのだろう、その可憐な唇が震える声で言葉を紡いだ。
「ごめんなさい。わたし、好きな人ができました」
その瞬間、ヴィクトールは世界が崩れる音を聞いた。
なんとか書き上げたレポートを見直し、気になった点を少し訂正する。
ほっと一息ついたところで、ミハイルはどんよりした妙な気配を感じて顔を上げた。
「殿下。勝手に部屋に入らないでください。惚気話をしにきたんなら、刺しますよ?」
「…………サーシャに好きな人が出来たらしい」
「は?!」
死人と見間違うほど青い顔色のヴィクトールがふらふらと近付いてきて、ミハイルに倒れ込んだ。
「相手は誰だ……?ミハイル、教えてくれ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。姉さんに、好きな人が出来た?う、嘘でしょう……」
「嘘なものか!相手は、俺の知らない人だそうだ」
ミハイルは、手にしていたレポートの束をばさばさと落とした。
「そ、そんな……僕と殿下と、父上と……姉さんにはそれ以外で異性と話す機会なんてないのに!」
「本当か?お前が気付いていないだけではないのか?」
「うちの侍女達の鉄壁ガードを舐めないでください。絶対に、僕や殿下の知らない相手と出会う機会はありません!」
―――ということで、二人は翌日からアレクサンドラの動向を監視することにした。
学院はユーリアを筆頭に女生徒がぴったり付いているから、除外する。アレクサンドラの口ぶりから、口もきいたことのない男子生徒や、教師の可能性は低かったからだ。
ヴィクトールもミハイルも学院の生徒会役員を務めていて、放課後は案外忙しい。しかし、緊急事態だと言い切り、業務はすべて副会長その他に押し付けてしまった。当然、非難の声が上がったものの……恐らく、二人の顔色がただ事ではなかったからだろう。一週間だけ了承してくれた。
今、二人は学院の制服のままヴォルコフ邸の庭にいる。
学院から帰宅したアレクサンドラが、そのまま庭へ直行したからだ。庭師と二人で談笑中である。
「……あの男か?あの男がサーシャの好きな男か?!」
「まさか……イゴールは父上より年上ですよ?妻に娘に息子、孫までいます!いくら姉さんでも好きに……なるはずが……」
言いながら、不安そうに親指を噛む。あの満面の笑顔では、絶対に無いとは言い切れない。
やがて数本の切り花を手に、アレクサンドラは庭師と別れた。
次に会ったのは―――
「さすがに犬は無い……よな?」
「無い……と思いたいですね……?」
番犬のシベリアンハスキーがアレクサンドラにじゃれついている。アレクサンドラが「レックス、だ~いすき!」と言っているが、それはあくまでも飼い犬に対する愛情だと……信じたい。
屋敷の中に入った。
庭師にもらった花を、侍女達と楽しそうに入口すぐの花瓶に活け替える。
部屋へ戻り、着替えて……次に彼女が向かったのは厨房だ。
「オレグ。今日もおしえてもらって、いいかしら?」
「もちろんですよ、お嬢様」
中にいたのは、三十代半ばくらいのひょろっとした眼鏡男。冴えない風貌だが、落ち着いた優しい雰囲気を持っている。
オレグは、用意していたニンジンと包丁をアレクサンドラに渡した。
「では、昨日のおさらいから始めましょう。ケガをしないよう、気を付けてくださいね」
「はい!だいじょうぶです、だいぶ、包丁になれましたから」
輝かんばかりの笑顔でアレクサンドラは頷き、ニンジンと包丁を手に取った。
「……あの男は?」
「オレグと言い、うちで十年以上働いている料理長です。真面目で腕の良い男ですが……え?もしかして……??」
どうやらアレクサンドラは野菜の飾り切りに挑戦しているらしい。真剣な表情でニンジンを切り―――出来上がったのは、ニンジンの花。
オレグが出来上がった作品をじっくり検分する。それを、頬をほんのり上気させて見つめるアレクサンドラ。その目付きがなんとも艶っぽい。
「おい……」
「そんな……」
明らかにいつもとは様子の違うアレクサンドラに、こっそり厨房を覗く二人は絶望の淵へ落とされる。
そこへ―――
「何をなさっているんですか、坊ちゃま、殿下」
呆れた調子の声が掛けられた。
侍女頭のナターリャに首根っこを押さえられ、ヴィクトールとミハイルは罰の悪い思いで厨房へ。
「どうされました?」
事情の分からぬオレグが目を瞬かせた。その近くでアレクサンドラも首を傾げる。
ミハイルは身を切られる思いで、姉に問い掛けた。
「姉さん……姉さんの好きな人って、そいつ?」
「は?」
「えっ……」
オレグは驚愕に口を開き、一方のアレクサンドラは一瞬で耳まで赤くなった。
その反応に、ナターリャを含め全員が蒼白になって美貌の少女を見つめる。
恐ろしい沈黙が厨房を占めた。
「―――どういうこと、姉さん?」
代表して、ミハイルが掠れる声でそっと尋ねる。アレクサンドラは恥じらうように俯いた。
「あの……あの、胃袋をつかまれたの」
「胃袋を……つかむ?!」
返ってきたのは、意味不明な回答。
アレクサンドラは神妙な顔で頷いた。
きっかけは前世……大好きなお父さんが語った言葉を思い出したからだった。
―――お母さんと結婚した理由?それは、お父さんが胃袋を掴まれちゃったからさ~。
お父さんはそんな風にニコニコと教えてくれたのだけれど……“胃袋を掴む”という怖い行為が信じられなくて、お母さんに詳しい話を聞いてみた。そうしたら……
―――昔、一人暮らしだったお父さんに、毎日夕飯を作りに行っていたの。“胃袋を掴む”ってね、美味しい手作りご飯で、お父さんがお母さんにメロメロになっちゃったってことなのよ!
つまり、“お母さんの作った美味しいご飯”によって、前世のお父さんはお母さんと恋に落ちたのだ。
「えーと、つまり……わたし、オレグの作る おいしいご飯にメロメロになったの。だから、恋に落ちたんだなって」
「……姉さん。それを言うなら、僕も父上も母上もオレグにメロメロだよ」
「そ、そうなの?!」
アレクサンドラは弟の答えに目を丸くした。
でも、よくよく考えてみれば、美味しいご飯を作るシェフは世界にいっぱいいる。ということは……シェフの場合、この恋の法則からは除外されるのかも知れない。
しかし。
アレクサンドラがオレグに恋したのはそれだけが理由ではないのだ!
「……あと、オレグが飾り切りをしているのをみると、すごく胸がドキドキするの。胸がドキドキするのは恋のしるしだってベアトリーサ様が……」
それを聞いてナターリャは天を仰ぎ、ヴィクトールはアレクサンドラの手を優しく取った。
「サーシャ。今日は、これを君にプレゼントしようと思っていたんだ。手彫りの小鳥だよ。……慣れない小刀を使ったせいで、手をいっぱい切ってしまった。これを見たら、ドキドキしないか?」
「ヴィクトールさま……!やだ、ホントに手が傷だらけ!だいじょうぶですか?!」
可愛い木彫りの小鳥を渡されてアレクサンドラはパッと顔を輝かせたが、すぐにヴィクトールの切り傷だらけの手に目を潤ませる。桜色の唇を震わせながら、そっとその傷を撫でた。
「こんな傷くらい、どうってことない。サーシャが喜んでくれるなら……」
「ヴィクトールさま……」
「はいはい!そこまで!ズルいですよ、殿下。そのドキドキは種類が違うでしょう!」
「違わない。サーシャ、そのドキドキは恋だ」
「そ、そうなのですね……」
「殿下!!」
「いい加減になさってください!」
べりっ。
突然、恐ろしい怪力でヴィクトールはアレクサンドラから引き離された。
侍女頭のナターリャが右手にヴィクトール、左手にアレクサンドラを持ったまま、宣言する。
「アレクサンドラ様。恋や愛などというものは、幻想です。この世にそんなものは存在しないのです!」
「いやいや、ナターリャ、その断言はどうかと……」
「坊ちゃま。ドキドキを信じて、私は三度も離婚しました。恋も愛も……時間が経てば消える雪のようなものです。お嬢様、決して、惑わされてはいけませんよ。王太子殿下といえど、優しいのは今だけ。そのうち、別の可愛いコに甘い台詞を吐くようになるのです。愛よりも仕事!金!信じられるのは、そちらです!!」
「偏った価値観をサーシャに押し付けるなーーー!」
ヴィクトールとミハイルの叫びが見事にハモった。
オレグへの恋はどうやら勘違いだったらしいと理解し、アレクサンドラはちょっぴり残念な気持ちだった。
実をいうと、たまにヴィクトールやミハイルにもドキドキすることがあるのだが……きっと、そのドキドキも恋ではないのだろう。自分には、まだまだ恋は未知の世界であるらしい。前世のお父さんとお母さんのような結婚をする道のりは遠い―――。
ちなみに、翌日からオレグに弟子入りし、料理や飾り切りを極めようとするミハイルの姿があった。
「坊ちゃま。このドキドキは違うって話じゃありませんでしたか?」
「間違ったドキドキでも、積み重ねれば分からない!」
がんばれ、ミハイル!(でも、ヴィクトールの方がたぶん、一歩先を行ってる)
早ければ幼稚園児でも恋するのに8才でこれって大丈夫?と言われそうな奈々ちゃんですが……生きることに必死だったので、こんな感じなのですv
ちなみにオレグはバツ1。現在、独身です。お嬢様を崇拝していますが、決して邪な気持ちは抱いていません~。
複数付き添っている侍女達も、料理を習うお嬢様が恋に落ちかけている(?)とは夢にも思わず、このやり取りを仰天して聞いておりました。




