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閉話10 ある左真人の戦争

お読みいただければ幸いです。

 私はムラサキと言います。アサシン国の中級官吏の娘です。父、母、兄、弟、祖母の6人家族です。私には婚約者がいます。兄より一つ上のタケヒコ様です。官僚としての有職故実に詳しく、将来有望な青年です。


 私たちの国では、ここの所毎年凶作で、私も朝夕のおかゆとわずかなおかずのみで、いつもおなかをすかしていました。


 ある時、私の兄が仕える余余二姫が北の蛮族に嫁ぐことになりました。兄はあまり学問が得意でなく官吏として働くのには向かず、また、武術もうまくなかったため軍にも入れず、末の姫の余余二姫の護衛役となっていました。


 兄も蛮地へ赴くことになるのかと心配したのですが、その必要はなく、余余二姫の護衛役はすべて任務を外され、宮廷警護の任に着きました。

 余余二姫は護衛をすべて外され、志願した下級の役人や女官とともに北に行きました。

 余余二姫は母親の出身身分も低く、王族のなかでも最下層の身分なので、やむを得ない措置だと思いました。


 ちなみにタケヒコ様は皇太子付となり、出世コースを歩んでいます。大変誇らしく思っています。


 しばらくして、余余二姫が戻ってきました。どうも蛮族からも結婚を断られたようです。このことに私たち娘たちの中で「蛮族からも断られるなんて」と噂になりました。


 しかし、余余二姫が持ち帰ったものを知ってみなとてもびっくりしました。

 王に寄進されたものだけでも、多くの食料や酒や肉、果物、塩や砂糖、火を使わず灯るランプや馬がいなくても動く車などに、皆がびっくりしました。更に余余二姫や他の従者から聞いた豊かな土地の様子にみな心を奪われました。


 余余二姫と一緒に行った従者たちの家族は、従者が持ち帰ったお土産でとても豊かになり、親戚縁者がおこぼれにあずかろうと必死に取り入っていました。


 聖帝様はその地を南人が収めていることを聞き、北伐を決意しました。南人は左真人が支配すべき者たちで、その者たちが豊かな土地を持っているならそこは我々左真人の土地であるからです。


 そして、我が国が誇る近衛軍全軍である1000人とその従者、荷役など9000人の合計1万人が遠征することとなりました。

 近衛軍の将軍は都の大路をきらびやかな鎧を着て、堂々と馬に乗って行進していきました。兵たちも晴れがましい思いで、進軍していきました。


 私たちは勝利の知らせを今か今かと待ちました。ところが全く連絡はありませんでした。

 そのうちうわさが流れ始めました。どうも蛮族に皆殺しにされたらしい。蛮族たちは我が国に攻め込もうとしているといううわさでした。

 みなはそんな馬鹿なという思いで、その噂を全く信じませんでした。


 ところがです。突然、聖帝陛下が皇太子に譲位し、南に巡業の旅に出てしまいました。

 同時に新帝より、兵の動員が命ぜられました。

 18歳以上30歳未満の男子が動員されました。


 私の婚約者であるタケヒコ殿は18歳で、皇太子付であったため、小隊長として戦に赴くことになりました。ちなみに兄はまだ17歳だったので、動員されませんでした。

 「行ってきます。必ず蛮族どもを打ち破って勝ってくるよ。返ってきたら、結婚しよう」とタケヒコ殿は言われました。私は「はい、ご武運をお祈りしています」と言って別れました。


 新帝は明都という街で敵を迎え撃つつもりのようでした。動員された男たちは、急いであつらえた武具を着込み、都を出ていきました。

 彼らの姿を見ることは二度とありませんでした。

 新帝と5万の兵は敵にだまし討ちに会い、ほとんどが殺されたそうです。

 新帝も卑怯な方法で殺されたそうです。


 タケヒコ様の死を知らされたのはしばらく経ってからでした。

 私は嘘だと思いました。タケヒコ様が死ぬはずがない。そう思いながらも私は涙が止まりませんでした。


 父は母と祖母と兄、私、弟を連れて前帝がいる南津に逃れることにしました。

 その時祖母が言いました。「私はここに残るよ。こんなおいぼれ南津までの旅に耐えられそうもない。私の体の分、何か金目の物を積みなさい。逃げるのにお金は必要だからね」

 兄も言いました。「俺も残るよ。仮にも元余余二姫の警護役だからな」


 余余二姫は前帝とともに南津にはいかず、王宮にとどまっていました。今回も病気の者や、高齢の者、妊婦などで動けない者とその家族とともに後宮にこもり、蛮族と交渉し、命乞いをするつもりだそうです。祖母も後宮に行き、そこに加わるとのことです。


 残虐な蛮族どもが命ごいなど聞くとは到底思えません。余余二姫は王族の一員として、ここに残る左真人達とともに死ぬ気なのでしょう。

 余余二姫の護衛役だった兄とその仲間たちは余余二姫に忠義を尽くし、ここで死ぬつもりのようです。


 余余二姫の覚悟に私たちは涙しました。王族の意地を蛮族どもに見せつけるつもりなのでしょう。私たちは余余二姫を馬鹿にしたことを後悔しました。

 そして駄目な兄だと思っていたのに、忠義に準ずる勇気を持っていたことに誇らしく思うとともに、私たちと一緒に逃げて助かってほしいという気持ちがありました。


 兄には婚約者がいました。名をモモと言います。私の友達で、できの悪い兄を見捨てず、いつもニコニコしている優しい子でした。兄が残ると決めたとき、泣いて喚いて引き留めていました。そんな姿を見たのは初めてでした。それでも兄の決意は変わらず、モモに謝っていました。モモも残ると言い出しましたが、モモの家族が必死に引き留め、兄も避難を進めたので渋々南に避難することにしました。


 父と母、私と弟は南へ逃げることにしました。都は騒然としていました。逃げる左真人とそれを冷たく見ている南人達がいました。

 私たちはひたすら南に旅をしました。南人達は水や食料を譲ってくれませんでした。

 馬車に積んでいた金目の物を譲って、やっと水一杯、雑穀一握りと交換してくれました。

 雑穀はまずくとても食べられたものではありませんでしたが、水で煮て、持っていた塩を入れて、おかゆにして食べました。


 南津に着くと、外国の船がいて、我々を乗せてくれました。馬車や大きな荷物はここで捨てなくてはならず、持てるものを持って船に乗りました。


 私たちはシルクの国に着きました。そこから北の方に連れていかれました。そこは荒れ地で、何もありません。シルクの役人からここに住むよう言われました。私たちは土をもって、家族が何とか雨をしのげる小屋を作りました。

 しばらくすると、またシルクの役人が来て、男はすべて兵士として徴兵することを伝えられました。父も11歳の弟もつれていかれました。


 私と母はその場に残されました。私たちはシルク人と持ち物を交換して芋や雑穀をもらい、それを食べて、生きることにしました。

 しかし、持ち物もいずれ尽きてしまいます。そしてシルクの役人はシルク人と左真人の接触を嫌い、必要最小限にするよう命じてきました。


 私たちとモモの家族であるモモとモモの母とモモの妹は協力して、芋や雑穀を育てました。他の左真人達に盗まれないよう夜も見張りを立てました。

 芋が取れるようになるときには、替えられる持ち物は無くなっていました。シルク人からもらったぼろを着て、農作業以外はただひたすら食べられるものを探しました。

 私たちはみな骨と皮ばかりになりました。


 毒キノコを食べて死ぬものもいました。ちょっとした病ですぐに人は死にました。

 死体は居住地の隅に穴を掘って捨てられました。

 気が狂うものもいました。裸で叫びながら走り回る女がいて、そのうちまたりと倒れて動かなくなりました。顔を見ると、王女の一人でした。


 ある時、シルクの役人と一緒にフーシから来た男が、兄と祖母からの手紙を渡してくれました。

 手紙には、今グランドという国にいて、二人とも元気にしていると書かれており、もしよかったら今いるところに来ないかと誘いの文字が書かれていました。

 モモにも同じ手紙が兄からきており、私たち家族とモモの家族は兄の元に行くことにしました。その旨、フーシの男に伝えると、フーシの男はシルクの役人に言って、該当の者たちを皆まとめて馬車に乗せました。


 久しぶりのまともなおかゆが与えられ、涙を流して食べました。

 港の倉庫のような場所に入れられ、船を待つこととなりました。一日2度食べ物が与えられ、毛布も一枚配られました。

 しばらくすると、弟が帰ってきました。体のあちこちに傷を負っていましたが、生きて会うことができました。弟と私たちは再会できたことを泣いて喜びました。

 「父上はどうしたのですか」と聞いたところ、弟は顔を曇らせて「戦死しました」と言いました。


 父と弟は徴兵されてから、前線の駐屯地に連れていかれたそうです。100人ごとの組で小隊が作られ、シルク人の隊長が付きました。

 父と弟は運よく同じ隊に組み込まれた。全員に槍と簡単な防具が渡され、槍の使い方を教えられると、そのまま前線に送られました。

 左真人の小隊がいくつも集められ、最前線に立たされたそうです。

 敵が攻めてきたので、槍を振り回し必死に戦いました。気が付くと、敵はいなくなってきました。父も生き残り、二人で生きていたことを喜びました。

 弟の小隊はこの戦いで、三分の一が戦死したそうです。でもまだましな方らしく、ひどい小隊だと、八割近くが戦死したとのことです。


 生き残った小隊はだいたい100人になるようまとめられ、再び戦場に送られました。

 来る日も来る日も戦いが行われました。父と弟はかろうじて生き残ることができました。

 王族も例外なく小隊に組み込まれたらしく、前聖帝様の死体が転がっているのを見たそうです。せめて埋めようとしたところ、シルク人の隊長に「無駄なことをするな」と叱られ、やむなくそのまま放置しました。

 そんな日々を過ごし、だんだんと戦いに慣れてきたとき、敵の大部隊が襲い掛かってきました。

弟は必死に戦いましたが、敵の攻撃により傷だらけで血まみれになり、最後には何かに吹っ飛ばされて気を失ったそうです。


 弟がしばらくして気が付くと、戦闘は終わっていました。弟は急いで父を探したところ、串刺しにされて倒れた父を見つけました。

 同じ小隊で生きていたものは誰もいなかったそうです。

 治療所で治療を受けたあと、一時待機になったそうです。そうしたら、異動するように言われ、ここに送られたそうです。

 父上が亡くなったことを知って、私と母は二人で泣きました。


 私たちは船に乗せられ、グランド王国の港に着きました。その後、馬無しで動く馬車に乗せられ、作物が実る豊かな農村に着きました。そこには、兄様が待っていました。

 モモは兄様に抱きつき、わんわん泣いていました。私たちも兄さまに縋り付き泣きました。兄さまは私たちを兄さまの家に案内しました。そこはかなり広めの家で、私たちが住んでも十分な広さでした。


 「これは、余余二姫様のおかげなんだ」と兄さまは言いました。

 余余二姫様は敵の王であるグランド王と交渉し、王の愛人となる代わりに全員の命を助けるよう求めただけでなく、自治区の設置も認めさせたそうです。そして、この地域は余余二姫が治めており、さらに、敵の王から玉印と玉冠も取り返し、今現在は16代聖帝を名乗っていらっしゃるとのことです。


 今回の件もグランド王に願い、我らを助けてくれたとのことです。

 私たちは余余二姫に大変な感謝をささげました。

 私たちはあのままであれば、早かれ遅かれ死は免れなかったことでしょう。

 兄が言うには、ここは豊かで、作物も豊富で飢えることはない、この豊かな地も余余二姫様の力のおかげだそうです。

 わずか8歳ばかりのお年で、我らを救い、小さいけれど国を再建した余余二姫様に対して、我らは絶対の忠誠を誓いました。


 この国で、兄様は婚約者であったモモと結婚しました。ささやかながら皆で祝いました。

 この国では、男の数が少なく、老人や女子供が多いため、複数の妻を持つことが進められています。兄さまもいずれは別の方を妻に迎える必要があるでしょうが、兄さまは今は二人の生活を守りたいとのことでした。

 私は今、この幸せをただ感じていたいと願っています。


お読みいただきありがとうございました。もし少しでも気になりましたら星かブックマークをいただけると大変ありがたいです。星一つ頂けたら大変感謝です。ブックマーク頂けたら大大感謝です。ぜひとも評価お願いいたします。

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