第1話 侯爵家嫡男の憂鬱
連続投稿します。次は14時に行います。
僕の名前はバース、12歳です。ローマン王国アント侯爵家の嫡男で、今度、王立学院に入学します。実は僕には大きな悩みがあります。
僕の家は軍の統帥を任されていて、僕は王立学院を卒業したら軍学校に行き、そこを出て軍に入り、最終的には元帥か軍務大臣になる予定です。幼馴染でやさしく、きれいな婚約者もおり、王立学院を卒業する3年後には結婚します。
将来明るい未来が開けていて、お嫁さんも決まっているのに、何が不満なのかだって、皆さん思うでしょう。
確かにその通りだと思います。でも言わせてください。僕の人生、この年ですべてレールが敷かれてしまい、将来の自分がすべて見えてしまっていて、僕自身が選択する要素がないのです。
わがままだとは思います。でも僕は冒険がしたい。英雄になりたいとまでは言いませんが、いろいろな体験がしたい。外国も行ってみたいし、その土地のおいしいものも食べたいし、その土地にしかないものも見聞きしたい。
こんな悩みを持つ貴族なんか珍しい、と思われますよね。
この悩みを説明するのに、少し、僕の置かれた状況を説明します。
まず僕の家はこの国ローマン王国では4つしかない侯爵家の一つです。僕の家より上は王家の分家である公爵家しかいません。
さらに僕の婚約者はフライ侯爵家のキャサリン姉さん14歳です。
とてもやさしく、とてもきれいな女性で、小さな時から遊んでくれたり、面倒を見てくれている僕にとっては、姉のような存在です。
ちなみに僕にはブルネットという15歳の実姉がいて、今度、フライ侯爵家の嫡男であるフット兄さん17歳と結婚することとなっています。
この結婚にはわがアント侯爵家とフライ侯爵家の歴史が絡んできます。
僕らの祖父たちはもともと土豪の出で、先祖代々辺境の小さな領地を治めていました。
祖父たちはとても仲が良く、小さな時からいつも一緒にいたと言います。実の兄弟のように遊んだり、喧嘩したり、仲直りしたり、一緒にいたずらして怒られたりと、親友の関係だそうです。
二人は一緒に旅をしたこともあって、すごい大冒険をしました。3年の冒険の後、戻ってきて親の後を継ぎ、やはり幼馴染のそのあたりの取りまとめ役をしていた貴族の娘姉妹と、紆余曲折の結果結婚したそうです。
ちなみにその時の大冒険は本にもなっており、僕も小さな時その本を読んでこんな大冒険をしたいと考えるようになりました。
そんなときのことです。宰相がクーデターを起こし、王家を皆殺しにしようとしたそうです。ただ一人、その王子だけ生き残って、辺境の地に逃げてきました。
宰相一派からの引き渡し命令を拒み、祖父たちはその王子をかくまい、妻たちの実家を説得し、一斉決起をしたそうです。
祖父たちは王子を追ってきた敵軍を地の利を生かして壊滅し、その勝利を大いに喧伝することで味方を募り、ついには首都を攻め落として、その王子を即位させたそうです。
絶望的な状態から、王位に就くことのできた王子、今の王様の父上に当たるのですが、この忠誠心に大変感謝し、侯爵の位を与え、国政に参与する権利を与えました。
そしてアント家とフライ家は協力して、国政に当たり、この国を繁栄に導いてきました。
それで、祖父が親友、父がいとこ同士である僕たちも子供の時から一緒に遊んでいました。
はとこ同士に当たる僕らですが、両家の結びつきをより強めるため、フライ家の兄のフットと妹のキャサリン、アント家の姉のブルネットと弟の僕バースは、お互いの姉妹をお互いの家に嫁がせることになりました。いわゆる政略結婚です。
このことで内務を司るフライ家、軍務を司るアント家の結びつきがより強くなり、王家を支えていく大きな柱になるとのことです。
はっきり言って、キャサリン姉さんのことは大好きです。キャサリン姉さんも僕のことを憎からず思ってくれているみたいです。
あっと、一応言っておきますが、僕も結構努力しているのですよ。3歳ぐらいから文字の読み書き、魔法の習得、剣や槍の訓練、更に貴族としての儀礼など、一生懸命勉強しました。
おかげで、剣の腕は師範からも褒められるぐらいですし、魔法は火魔法と土魔法が得意で、治癒魔法もかなりのレベルになっています。あと、空間魔法も使え、かなりの物体を異空間に収納できます。家庭教師の先生には、「さすがは英雄のお孫さんだ」とほめてくれました。お世辞だとわかっていますけどね。
僕が将来、軍務につくとして、戦争はおじい様の時代で終わっており、少なくともこの国は平和が続いています。また、少なくとも何十年かは近隣の国と戦争が起きることはないよう外交もうまくいっているようです。
また、盗賊もこの国では根こそぎ狩られており、軍が出動する機会はほぼありません。
盗賊というのは、道行く旅人や場合によっては村を襲って、食料や金品を奪い、女子供をおもちゃにした挙句嬲り殺すような連中で、この世界では見つけ次第皆殺しにするのが決まりになっています。
平和は素晴らしいことです。でも、そうすると僕の軍人としての人生はどういう意味を持つのでしょうか。
おじい様たちの血沸き、肉躍る冒険譚を本で読み、また本人たちから聞いて育った僕はこの人生に満足できません。かといってすべてを捨てて出奔できるかというと、そこまでの決心もつきません。
候爵家の嫡男として、この国の国防を司るものの一員としての責務を小さな時からたたきこまれている僕にとって、すべてを捨てていくことはできません。
また、本音で言うと、大好きなキャサリン姉さんを手放したくないというのもあります。
そういうわけで憂鬱な僕なのですが、思い切って、ジョージおじい様に相談しました。
「馬鹿野郎」と怒鳴られることは覚悟していましたが、意外とおじい様は話を聞いてくれました。
「お前も俺の血を引いて冒険好きなのだな」と苦笑いしていました。
おばあ様も微笑みながら、「本当に血は争えないわね」と言いました。
「ねえ、あなた覚えてる?まだあなたがバースぐらいのとき、冒険の旅に出ると言って、家出したこと」おばあ様がおじい様に言いました。
「あの時、お前らやベンにお別れに行ったところで親父に捕まり、目から火が出るほど説教食らったな」懐かしそうに言いました。
ちなみにベンというのはフライ家の前当主にして、宰相を長く務めたベンジャミン様のことで、おじい様の幼馴染兼義兄弟です。
「でも次の家出の時は冒険の旅に出られたぞ」おじい様はそう自慢げに言いました。
「だって二回目はベンも『お前ひとりじゃ心配だ』と言ってついて行ってくれたし、私たち姉妹も協力したから成功したんじゃない」おばあ様は言いました。
「そうだったかな」おじい様は笑いながら言いました。
「そうだバース、いいことを教えてやろう」そう言っておじい様は僕に話し始めました。
「王立学院は3年が就学期間だが、飛び級という制度がある。だから王立学院で必死に勉強して、1年か2年で卒業すれば軍学校に入学するまでの残りの期間、冒険の旅に出ればいい。身分を隠し、一冒険者となって世間を見て来い。お前にとって将来必ず役に立つ経験ができるだろう」
「頑張って、王立学院を早く卒業できたら、冒険の旅に出てもいいの?」僕は思わず聞き返しました。
「ああ、お前の父親や母親、あとフライ家には俺から話をしてやろう。頑張れよ」おじい様は笑って言いました。
頑張れば、冒険の旅に出れるんだ、そう思うと憂鬱な気分はどこかへ行ってしまい、やる気と希望が湧いてきました。
おじい様は約束を守ってくれました。父上も母上も半分あきらめたような顔で認めてくれました。
フライ家のベンジャミン様も血は争えないなと笑ってフライ家として了承すると言ってくれました。婚約者のキャサリン姉さんは不満そうでしたが、しぶしぶ認めてくれました。
ただ、キャサリン姉さんは怖い顔で言いました。「浮気は許さないからね。でもバースは人がいいうえ、抜けているところがあるから、バースの魅力に気づいて迫ってくる女が出るかもしれない。万が一、旅の間、彼女ができたら必ず私に会わせなさい。私が面接して納得出来たら側室として認めてあげてもいいけど、その時にはたっぷり説教するからバースは覚悟しておいてね」
キャサリン姉さんは優しいけれど、とても怖いです。
しばらくしてブルネット姉さんとフット兄さんの結婚式が行われました。
フット兄さんは僕にこっそり言いました。「バースはいいな。旅に出るのだろう。ブルネットのことは好きだし、不満はないが、男として少しあこがれるな。まあ、何か力になれることがあったら言ってくれ」
男同士、わかってくれました。ほんと頼りになる義兄です。
ちなみにブルネット姉さんは「あんたもアント家の男ね。まあ、旅で男を磨いてきなさい。キャサリンちゃんにふさわしい男になるのよ。あと、キャサリンちゃんを泣かしたら、あんた只じゃ置かないからね」
ブルネット姉さんはとても怖いです。
さて、王立学院に入学し、とにかく僕は頑張りました。とれる単位はどんどん取っていきました。学院では単位認定試験が年に数回あり、それにパスすると単位が認めてもらえる制度があり、それを活用しました。3年生にいたキャサリン姉さんも僕の勉強を手伝ってくれました。
その甲斐もあり、僕は1年で王立学院を卒業できることになりました。
僕はキャサリン姉さんと一緒に学院を卒業しました。
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