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北の砦に花は咲かない  作者: 渡守うた
一章 ルカ・ワイアットと贈り物の魔法
5/38

5、赤髪の女騎士

 

 王都キルクスバーク第2区。石畳の大通りには商店が並び、行き交う人で賑わっている。

 目に入るもの全てが新しいルカは、紅い顔をますます赤らめて興奮していた。手を繋いだ二人を、道行く人が微笑ましそうに見ている。


「もし、そこの坊ちゃん」


 声を掛けられて二人は立ち止まった。見回すと、黒いベールを被った路上占いの男がこちらを見ている。


「なに、あの人」


 ルカが小声で尋ねる。道端で占いをして生計を立てる人だよ、と耳打ちする。占い師はルカを見て続けた。


「坊ちゃんから不思議な星を感じます。運命を大きく変える輝きの星です」

「えっ、それってすごい!?」

「是非、詳しく占わせてください。非常に珍しい運命なのです」


 占い師がルカの手を取ろうとする。セスはルカを引っ張って阻止した。占い師はそこでセスを見上げ、動きを止める。


「よろしければお兄さんも一緒に……」

「失礼、時間がないので。行くよ、ルカ」

「ちぇっ」


 ルカは口を尖らせたが、引かれるままに歩みを進めた。




 ◆

 宝石商は大通りに面している、装飾具を扱う店だ。魔石も扱っており、ピアス等への加工も行っているので、セスはここで魔石を購入している。

 魔石を買い終え、セスは時計を確認した。


「ちょっと早いけど、昼ご飯食べて帰ろうか」

「えっ良いの!? やったー!」


 ルカは文字通り飛び上がった。初めての外食である。


 きゃあーッ!


 その勢いは、鋭い女性の悲鳴で消されることとなった。





 宝石商店のすぐ近くの路地に、人だかりができている。女性の悲鳴を聞きつけて集まったのだろう。


「また例の事件か……!?」「なんてひどいの!」


 口々に囁く声が聞こえる。


「何かあったのかな」


 物々しい雰囲気に、ルカは好奇心がくすぐられたようだった。セスの手を握ったまま人だかりに近付く。異様さに引き留めようと路地へ視線を向け、セスは見えてしまった。

 人だかりの中心で、悲鳴を上げた女性の視線の先、──路地に転がっている血濡れの子どもを。

 セスの脳裏に回帰前の光景がよぎった。

 雪原を赤く染め、無残に転がる仲間たちの姿だ。


「兄ちゃん?」


 手を繋いだままセスが立ち止まり、ルカはたたらを踏んだ。兄を振り返って目を見開く。

 仰ぎ見た兄の顔が紙のように真っ白だったからだ。


「兄ちゃん! 大丈夫!?」


 セスは弟の言葉に自分の不調を理解し、どっと心臓が脈打った。力が入らず、ずるずるとその場にしゃがみ込む。顔を伏せたままなんとか言葉を絞り出した。


「大丈夫……」

「大丈夫じゃないよ! 真っ青じゃん! どうしよう、お医者さんとかどこで呼べば……っ」


 ああ、ルカが泣きそうだ。立ち上がらなくては、と力を込めようとするセスの前に、誰かが立ち止まった。



「きみ、どうしたの?」



 息が止まる。それはセスが絶対に聞き間違えることのない声だった。

 セスは声の人物を仰ぎ見る。

 燃えるような赤毛を高く揺らして、白い隊服に身を包んだ女性騎士がそこに居た。太陽のような瞳がセスの顔をじっと見つめている。


「怪しい者じゃない。私は王都騎士団のスカーレット・シエンナ。私に何か、助けることはできるか?」


 スカーレット・シエンナ。

 回帰前、セスが愛した女性であり、【厄災】との戦いで彼を庇って死んだ人だった。







 スカーレットとは北の砦で同じ騎士として出会った。

 そして【厄災】との戦いでセスを庇って命を落とした。彼女が回帰前の記憶を持っていないと分かってから、セスはある決意をする。

 スカーレットと関わってはいけない。

 自己満足だと分かっている。しかし、記憶を持っていない彼女と接してどうなってしまうのか、整理がついていないのである。そう思っていたのに──


「きみ、真っ青じゃないか! 騎士団の詰所に救護用のベッドがある! 連れて行こう!」

「いや、僕は大丈夫……」

「騎士のお姉さん! お願いします!」


 ルカがスカーレットに縋る。スカーレットは大きく頷くと、しゃがみ込んでいるセスの膝裏に腕を差し込んだ。そのまま抱え上げられ、頼りになりすぎる腕の中に納められる。


「えっ」


 周囲がざわついた。女性の叫び声で集まっていた野次馬たちが、女性騎士に横抱き……所謂お姫様だっこされる長身の男に注目する。黄色い歓声が聞こえた。

 セスは思わず弟に助けを求めて手を伸ばした。なんとかスカーレットを止めてほしい。


「る、ルカ」

「大丈夫だよ、兄ちゃん。オレがついてるからね」


 頼もしい。そうじゃない。

 そう言いたかったが、セスを抱えたスカーレットが走り出したため叶わなかった。こうして彼は、病人を扱うには随分荒いスピードで、騎士団の詰所まで運ばれたのだった。





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