帰ってきた魔法少女
魔法少女は帰ってくる。
『マナ粒子、活性状態に入りました!』
「こっちでも観測しているわ…。」
『濃度急激上昇!危険域を軽く超えてます!?』
「いつクラスⅣの魔獣が出現してもおかしくないわ!船ごと退避しなさい!!」
『しかしそれでは…っ!』
「いいから早く!!」
『……わかり、ました。どうかご武運を!』
正午、太陽が照りつける海上。
そこに1人の少女が立っていた。
もちろんただの少女ではない。
マナ粒子濃度が急上昇したこの場所は、もはや人間にとって有害な空間と化している。
その影響を受けずにいられるのは彼女が魔法少女であるからだ。
魔法少女、殆どの人間が持たないマナ粒子を制御するための臓器を備え、心象風景を具現化して闘う少女たちの総称である。
その身体能力はいかなる生物をも凌駕し、マナ粒子を用いて様々な現象を呼び起こすことができる。
その力を持ってすれば波の上に立つなんて芸当も容易である。
彼女たちは言わば人智を越えた存在なのだ。
だというのに、海上の魔法少女の額には脂汗が浮かんでいた。
そこに一切の余裕は見受けられない。
「報告、クラスⅣの出現兆候を確認!魔法少女アンヴァライト、これより戦闘態勢に入ります!」
トランシーバーからの応答はない。
「本部!至急応答願う!!」
魔法少女用に調整されたトランシーバーは海上に出た程度では使用不能になることはない。
そのはずなのだ。
「くっ…マナ粒子が電波を阻害するなんて聞いた事もないわよ!?」
電源は付く、機能に異常は見られない。
だとすれば考えうることは一つしかない。
アンヴァライトと名乗った魔法少女の顔が青褪めていく。
「まさか、クラスⅤだっていうの…!?」
魔獣は五段階に分類されており、その中でもクラスⅤは最上級。
今までに六体しか確認されておらず、多大な犠牲を払ってかつての魔法少女たちが討伐したと聞く。
正に規格外の一体が自分の目の前に出現するかもしれないのだ。
事ここに至って彼女は死すら覚悟していた。
そもそも彼女は戦闘を想定して海上にいたわけではない。
魔法少女見習い、つまりは彼女の後輩達の訓練の為に休日すら返上してここまでやってきたのだ。
海上は地上と比べマナ粒子の濃度が薄く魔獣の発生が起こりにくい。
よしんば発生したとしても、とある事情からそこまでの脅威にはならないはずだったのだ。
だからもちろん戦闘用の装備など必要最低限しか用意していない。
クラスⅤの魔獣と相対したなら、彼女は一瞬でこの世から消え去っていただろう。
──相対したなら、の話だが。
一際マナ粒子の濃度が上昇し、一瞬にして霧散した。
魔獣の具現化と同様の反応だ。
しかし、彼女の前に魔獣は存在していなかった。
そこに居たのはひとりの…
「ねぇ、ここどこ?」
◆
私は困っていた。
弱った魔獣を倒すために、奴のいた亜空間…現実とは位相のズレた空間まで飛び込み、そしてトドメを刺した。
決して無事とは言い難いが時間をかければ修復が可能な程度の怪我。
後は魔石を回収して帰還すればいいだけだった。
でも、背後を振り返ると帰り道が消えてしまっていた。
理由はなんとなく考えられる。
亜空間と現実には当然ながら様々な差異がある。
例えばそう、時間の流れが違うとか。
この亜空間に適応できるのは私だけだった。
もうひとり魔法少女が居れば亜空間の固定でもなんでもできただろうが居ないものはしょうがない。
私はひとりでここまで来て、闘い、勝利した。
したはいいがここに長く居すぎたのだろう。
帰り道の維持ができる制限時間が過ぎてしまった。
元より抜けている私だけど、ここまで初歩的なミスを犯してしまったのは初めてだった。
どれだけ私があのふたりに頼り切っていたのかを痛感させられるようだった。
弱気になっちゃダメだ。
私は頑張るって決めたんだ。
瞼の裏に浮かぶふたりへの想いを堪えて、ゆっくりと深呼吸をした。
「そろそろ港に着きますけど……。」
「ん、ごめん。もう少しで話し終わる。」
このままじっとしていても救けが来る確率は低いだろう。
何せこの亜空間に適応できたのは私だけなのだから。
だったら自分で帰り道を作るしかない。
私の知っている限り前例のないことだ。
でもやるしかない。
私は覚悟を決めた。
亜空間と現実の通り道を作るには、とにかく膨大なマナ粒子が必要だ。
ただそれに関しては心配する必要がなかった。
幸いにして、と言っていいかはわからないけど、私が倒した魔獣はそこそこ強力な個体で当然魔石も大きかった。
それを使えば何とかなりそうだったし、最悪の場合はこの亜空間を維持するマナ粒子をそのまま使えばいい。
問題はそう、ここがどこかわからないということだった。
亜空間とは言っても現実との接点が全く無いわけじゃない。
それを辿って行けば現実に帰ることができる。
でも戦闘中に魔獣が何回か逃げようとした事で亜空間の座標が変わってしまったようなのだ。
素直に帰り道を開いたとしても、地面の中に居ましたーとか全然洒落にならない。
「地表に辿り着くのが面倒。」
「問題はそこなんですね。」
なので私はある程度安全な座標に帰り道を開くことにした。
方法は単純。
近くの魔法少女の反応を感知してその座標を特定、そこに帰り道を開く。
元々私は感知系がそこまで得意ではなかったから、現実世界に干渉するのに割と時間がかかってしまった。
やっとコツを掴んだのがさっきで、運良く魔法少女の反応を感知して帰り道を開くことができた。
「それが私というわけですか…。」
「うん、そう。」
マナ粒子の暴走が怖かったから、こっちの世界に来たのと同時にマナ粒子を全部体内に取り込んで押さえつけたから、多分魔獣の発生とかは無いはず。
私がそう伝えると、目の前の魔法少女…アンヴァライトはどこか諦めたような顔でため息をついた。
魔法少女っていいよね!ってなって書きました。
設定とか語句に関しては、極力解説を入れます。
が、分かりづらいところがあったらどしどしご質問下さい。
答えられる限りでお答えさせていただきます。