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声を取り戻した金糸雀は空の青を知る  作者: ちくわぶ(まるどらむぎ)
7/9

7 変化


進言した後も同じようなやりとりが何度かありました。


ですが、それでも国王陛下がリュエンシーナ様へ王太子妃にしたいのだと告げられることはありませんでした。


そして2年が過ぎ、リュエンシーナ様は17歳。

成人されるまであと1年となりました。


国王陛下は私の進言を聞き入れくださり、あと1年待ってくださる。

すっかりそう、安心しておりましたが


恐れていたことが起こってしまったのです―――




「エスファニア様、長い間お世話になりました。

私、リュエンシーナはこれにてお暇させていただきます」



はしたなくも口があいてしまいました。


すぐ目の前に立っているリュエンシーナ様を見つめます。



「……は?」


「お・い・と・ま・させていただきます」



……いえ、あの。聞こえなかったわけではなくて、ですね。


戸惑う私などほっといてリュエンシーナ様は続けます。



「今しがた王命をお断りしましたの。国王陛下に罵詈雑言を吐いて」



口が。ぱくぱくと動くだけで声が出てきません。


え? 


お待ちください。今、なんて言われました?

王命を断った? 陛下に罵詈雑言? 何ですって?? 何故?!


いえ、それよりも―――


「リュ、リュエンシーナ?まさか……それは。人が大勢いるところでですか?」



リュエンシーナ様は心外だと言わんばかりに声を上げられました。



「まあ、まさか!人払いがされており、部屋には国王陛下と近衛隊長と、

そして私だけしかいませんでしたわ。

皆様の前で国王陛下を貶めるような真似は致しません。私は淑女ですもの」


いや、国王陛下に罵詈雑言を吐いて淑女って貴女………。


それに罵詈雑言って一体、どんな言葉を国王陛下に………

――いえ、聞きたくありません。知らぬが仏でしょう。


くらくらと眩暈がしました。


し……しかし。一旦、落ち着いて。ひとまず胸を撫で下ろします。

その暴言は他の者には聞かれていないのです。それは……それだけは良かった。



――ああ、でもそれで………



リュエンシーナ様が国王陛下の呼び出しに応じて行かれ、帰ってきたと思ったら私を攫うようにしてここまで――人気のない裏庭まで連れてきた理由がわかりました。


既に涙を流されたのでしょう。

よく見れば、リュエンシーナ様の目は赤くなっておりました。


それでもリュエンシーナ様はにっこり笑って……いえ。笑おうとされましたが


「……王太子妃に、と。言われました」


そう言って、くしゃりと笑い泣きの顔になりました。



―――国王陛下。ああ………告げてしまわれたのか。



何故、私の進言通りあと1年待ってくださらなかったのか。


仕方がなかったのかもしれません。

リュエンシーナ様が来られて既に2年。

国王陛下はもう我慢の限界だったのでしょう。


とうとうリュエンシーナ様にお話しされたのです。気付かないまま。そう。

それが最悪の手だとも思わずに。


……どうしましょう。リュエンシーナ様になんと声をお掛けしましょうか………


ひとまず。彼女の細い肩に手を置こうとしていた時です。



「《貴方の息子に嫁ぐくらいなら、死んだ方がましです》と、申し上げました」



―――聞きたくなかった………



「王太子殿下に大変失礼なことを言ってしまいました」



―――そっち? いえ……それも……そうですね。



「――好きにされたらいいんだわ」


「は?」


「私は王命を断った上、罵詈雑言を吐くなどという不敬をはたらいたのです。

いかに人払いされていたとはいえ、極刑か追放が妥当でしょう。

いいですわ。

極刑にでも追放にでもなさるといい。それなら断りません。お受けしますわ」


「……」



強く吐き捨てるような声。ですが震えていました。細い肩も……。


まだ成人前。私の、半分ほどの年齢の少女です。

涙をこらえているのだと思うといたたまれません。


しかしリュエンシーナ様はすっと顔をあげられました。



「ですが父と母には詫びないと。

父と母に会って詫びるまで、捕縛されるわけにはいきません。

――と、言うわけで私は今から逃走いたします。

ではご機嫌よう。エスファニア様」


すちゃっと片手を上げてそう言い、くるりと向きを変えたリュエンシーナ様。


それは凛々しく見えました。


―――はっ!

って、いや、ちょっと待て!――いえ、お待ちください!


ずんずんと歩いていかれるリュエンシーナ様。

当然ですが、私は後を追います。逃すわけにはいかないのです。


「お待ち下さ……なさい!逃走とは。

王宮を出るのもそうですが、ご実家までどうやって行くおつもりですか?

か弱い貴女が。無謀にも程がありますよ?」


正論で引き止めようとしましたが―――

リュエンシーナ様はけろりとお返事されました。


「あら、大丈夫ですわ。

今までのお給金と持ってきたドレスを売って平民服と馬を買います。

こう見えて乗馬は得意です。剣も少しは使えますし、なんなら木にも登れます。

幼い頃、まだ王太子殿下でいらした国王陛下に教えていただきました」


また眩暈がしてきました。

国王陛下……幼いご令嬢になに教えてるんですか……。


ああ、いけない。今は倒れている場合ではありません。

しっかりしなくては。


私は深呼吸し、努めて静かに言いました。


「……わかりました。ですが、今はひとまず落ち着きなさい。いいですね?」


リュエンシーナ様はぴたりと歩みを止めて。

唇を噛んで俯いていましたが、きちんとこちらに向き直って下さいました。


話を聞く気になって下さったようです。


私は説得を試みます。


「いいですか?まず私は貴女の味方です。貴女の想いはわかっていますので」


リュエンシーナ様は驚いたように顔を上げ私を見ました。

知られていないと思っていたのでしょうか。そんなはずもないのに。


「エスファニア様……」


ええ。わかっておりますとも。そう。多分、貴女以上に。

私は微笑み、そして頭を下げました。


「酷く傷付かれたでしょう。お察しします。ですが。

辛いとは思いますが、どうか国王陛下を許して差し上げてくださいませんか。

……お忙しい方ですから。貴女の想いに気付くことが出来なかったのでしょう」


リュエンシーナ様は……小さく笑われました。


「……嬉しかったのです。王宮に呼んでいただけて」


「リュエンシーナ様……」


「何年もお会いしてなくて。私を覚えていてくださっただけで嬉しかった。

嬉しくて。出発の前の日は眠れませんでした。

………馬鹿ですよね。何故、王宮に呼ばれたのかなんて……考えもしなかった」


風が吹き、リュエンシーナ様の黄金色の髪を揺らします。

私はそっと髪を撫で、その肩に触れました。細い肩です。


「……貴女のことを考えてされたことだと思いますよ。

王太子殿下の妃は将来の王妃様です。

国王陛下は貴女を、この国一番の女性にして差し上げようと――」


「――いりません。そんな気遣い」



―――ですよね。



「幼い頃からずっと本当の娘のように接してくださいましたけど。

《このため》だったんですね……」


「いえ、それは違う……と、思いますよ?」


私が告げていい言葉ではないかもしれません。

ですが、言わずにはいられませんでした。


「リュエンシーナ様。

国王陛下が、今よりはまだ気楽な王太子殿下の立場だったからかもしれません。

貴女が大親友の娘だったからなのかもしれません。

ですが国王陛下が直々に、誰かに《何か》を教えることなど普通はないのです。

国王陛下はきっと、昔も今も貴女のことを大切に思って――」


「――もういいのです」


リュエンシーナ様はふるふると首を振ると、とうとう涙をこぼされました。

ぼろぼろと。溢れる涙は止まることなく彼女の頬を、手を、服を濡らします。


「ただお側にいたかったのです。18歳になるまで。この恋の期限まで。

あの方に《女性》として見てもらえるとは思っていません。

《娘のような者》でいいと、そう思ってきました。

……けれどあの方にとって私は――。ただの《駒》、だったのですね」


「―――」


違います!と叫ぶつもりでした。

しかしリュエンシーナ様が続けられた言葉に、私の息が止まってしまいました。



――― あの方は。私の気持ちなど、どうでも良かったんだわ ―――


読んでいただきありがとうございます。

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