3 リュエンシーナ様2
リュエンシーナ様は侍女として王宮に上がられましたが、主なお仕事は礼儀作法を身につけること。
王宮の暮らしを。そして、この国の中枢を知ることです。
はっきり言えば行儀見習いということにして行われる王太子妃教育です。
素直なたちなのでしょう。
リュエンシーナ様は求められるままにそれらを学ばれていきました。
一方で、空いている時間には王宮中を見て回ることを望まれました。
王宮内、庭園、厨房、倉庫………果ては洗濯場まで。
構造だけでなく、担当する使用人の仕事ぶりまでじっくりと見てまわりました。
その上
「子どもがいても働けるように託児所があれば良いですね」
と呟かれた時は驚きました。
「子どもを預けていた母が亡くなったから、ここを辞めなくちゃならないの」
と、一人の下女が涙ながらに同僚に話していたのが聞こえたようです。
リュエンシーナ様は高位貴族のご令嬢です。
王宮の構造や使用人のことをそこまで気にされる必要もないと助言したのですが
「知っておきたいのです。私が《女主人》となった時、役立つでしょう?」
と言われ、ドキリとしました。
「父は何も言いませんけれど。きっと私が成人を迎えたら……すぐでしょうね」
……言葉が出ませんでした。
リュエンシーナ様の琥珀色の瞳に黄金色のまつ毛が影を落とします。
この国では18歳で成人を迎えます。
それまでは。
国を統治し婚姻に重要な意味を持つ王家は別として、国民では。
特に貴族では成人前の婚約、婚姻は認められておりません。
王家が優先して婚姻相手を選べるようにという一面もありますが、
何より一生涯を共にする伴侶です。
自覚もない幼いうちに、誰かに非情な相手を押し付けられることがないように。
子どもの権利を最低限守る為でもあります。
他にも、長い婚約期間の間に相手が病気に罹ったり亡くなってしまったり、
当人同士、家同士が仲違いしたり、
どちらかの家が大きく繁栄したり没落したり。
状況の変化で何度も婚約相手を変える……という混乱を避ける為でもあります。
―――ですので、貴族の子女は成人して初めて、生涯の伴侶を探すのです。
家同士の繋がりのため。親のすすめ。あるいは当人同士の恋愛。
理由も過程も様々ですが、
貴族の娘であれば貴族に嫁ぎ、屋敷の《女主人》となるのが普通です。
《女主人》は屋敷で働く使用人を束ねる立場。
リュエンシーナ様の言われた通り、確かに使用人の仕事を理解していなければ
いけません。
彼女は15歳で既に《女主人》になる覚悟をしているのです。
立派だと言えるでしょう。
ですが………
私は胸が痛みました。
リュエンシーナ様は知らないのです。
ご自分に、《女主人》となる未来は来ないことを………。
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