2 リュエンシーナ様1
当然といえば当然ですが
リュエンシーナ様と私は王太子殿下の宮を担当することになりました。
王太子殿下の近くに控え、ご要望をお聞きし、お茶の用意やお部屋の管理など。
侍女の仕事の中でも、特に王太子殿下と接する機会の多い仕事をリュエンシーナ様と私が担当します。
「リュエンシーナ。こちらの本の整理は私がします。
貴女は筆記具の確認をお願いしますね」
「はい、エスファニア様」
王太子殿下が用事で出られている間には部屋を整えます。
私は先輩侍女として指示をし、リュエンシーナ様はそれに従われます。
自分よりはるかに身分の高い高位貴族のご令嬢に指示を出す。
何日たっても慣れませんが、今の私は先輩侍女です。顔には出しません。
冷静沈着を装います。
そう。
例え王宮にあるまじき大声が聞こえても。
「エスファニア!」
「……侍女長。そんな大きな声で呼ばれなくとも聞こえています」
侍女長は肩をすくめました。
気をつける気はなさそうです。
「ごめんごめん。今や気安く喋ることができる人間は貴重なのよ。許して」
「《侍女長》になられたのですからね」
侍女長と私は昔、一緒に王宮で働いていた仲です。
昔馴染みが《上司》なのは私にとって幸いだったと言えるでしょう。
リュエンシーナ様は私たちの様子に少し驚いた顔をしましたが、
侍女長に挨拶をし、少し離れた位置で仕事を再開しました。
私と侍女長の話を聞かないように、気を遣われたようです。
侍女長がリュエンシーナ様をちらりと見てから今度は小声で言いました。
「国王陛下も良いご令嬢を連れて来られたわね。さすがだわ。
彼女、評判もいいのよ。偉ぶったところは全くないし、誰にでも気さくだし」
「他のご令嬢達が妬んで、彼女への嫌がらせを画策していたりは?」
「ないわね。親から《釘》を刺されたんでしょ。それも《特大》のやつ。
全員、大人しくしてるわ」
侍女長はニヤリと笑います。
「家柄云々じゃない。呼んだのは国王陛下。そして傍らには《貴女》。
そんな彼女に手を出したらどうなるか。
わからないような貴族はさすがにいなかったようよ。安心なさいな」
「そう。ありがとう」
「それにしても驚いたわ。
まさか彼女の為に、亡き王妃様付きの護衛だった貴女を呼び戻されるなんてね。
国王陛下は本気で彼女を王太子妃になさりたいのね」
「そのようね」
「だけど……。貴女も苦労するわね。その……大丈夫なの?」
私は曖昧に微笑みました。
侍女長と別れ、リュエンシーナ様を見れば………彼女は壁にかけられた絵をじっと見ていました。
7年前まで私が護衛として仕えていた方。今は亡き王妃様の肖像画です。
私が近付くと、リュエンシーナ様は呟かれました。
「亡き王妃様、ですね」
「はい」
「優しそうな方ですね」
「……ええ……」
お子様である王太子殿下がご覧になる肖像画です。
画家は手心を加えたのでしょう。
国王陛下がまだ王太子殿下でいらした頃。
政略で結ばれた王妃様は、この国一番の高位貴族のご令嬢でした。
それはもう気が強く我儘で――いえ………気位の高いお方だったのです。
王宮唯一の女性騎士だった私は当然のように王妃様付き護衛となりましたが
………忍耐を学びました。まあ、今となっては感謝しておりますけれど。
国王陛下が多忙な身でありながらリュエンシーナ様のお父様とよく会われていた理由も察せます。
誰にでも癒しは必要ですから。
そのようなわけで私は、亡き王妃様の肖像画から目を背けておりましたが。
リュエンシーナ様は肖像画を黙ってしばらく見つめ――そして、小さく鎮魂の祈りを捧げられました。
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