Report 14 妖誅(6)
〈交戦状況〉
イソマツ&桐野 VS 丙 → 賢治を背負った丙を、イソマツと桐野が追跡中
リチェ&ソクハ VS 庚&辛 → リチェとソクハを振り切って、庚と辛は日輪山方面へ逃走
陰陽保安局東部支局 VS 壬 → 壬が太七川方面を遡行して逃走中
徳長&現世&真 VS 甲 → 甲がフィールダーで走行中の徳長に奇襲
〈残存敵対勢力〉
甲 丙 戊 庚 辛 壬 干
【Side - 徳長】
「ぐあっ……!」
徳長は右肩から血を流し、助手席へ滑り込んだ。
数瞬前、殺気を感じ取った徳長はシートベルトを〔真空烈断〕で切り取り、助手席へ逃れた。だが間に合わず、滑り込む際に右肩の鎖骨を刻まれてしまった。
(マガツの襲撃か!? なんて蛮勇な手段に訴えるんだ!!)
「涼ちゃ――ぬおおおっ!」
現世が悲鳴をあげた。
ギャキイィィィィ!!
コントロールを失ったフィールダーは、急激に減速してスピンしようとした。四方八方からクラクションが鳴り響く。
「〔風縛〕!!」
徳長はフィールダーの屋根を何度も突き刺さる刀身を避けながら、左手で二つ、両足から一つずつ小さな風のリングを生成する。左手から生成した二つのリングはハンドルに、両足から一つずつ生成したリングはアクセルとブレーキに装着させる。それらを遠隔操作で操って、何とかフィールダーを制御した。
「《我、以金気生水気欲!》」
真が、懐から黒い札を出して唱える。それからルーフに投げて貼りつけた。
するとフィールダーのルーフ部分が光り始め、逆さに無数の氷柱が生えた氷の天井に変成された。
伝統魔術である現代陰陽道の魔道具、霊符である。
霊符は、五行の各行における気の相生と相克を操る術が仕組まれており、いま真が放ったのは水気を司る札、水気符である。五行において水気は金気より生まれる、相生関係にある。真は、金属でできているルーフの金気を利用して水気を生み出し、そこから氷柱を生成したのだ。
しかし、であった
ドスッ!!
後部座席の右サイドドアの窓を刀身が貫き、真の目と鼻の先を通り過ぎた。
真は「うおっ!!」とうめき声をあげて、座席にのけぞる。
現世はとっさにゲーティアに変身した。
刺客はルーフが光り始めた瞬間に、後部座席の窓へと移動したのだ。
その血走った目が、徳長と合った。
(……!)
刺客の容貌を見た徳長の脳裏に、ある光景がフラッシュバックした。
――雪の中。
自分の右手には……血脂のついた刀が握られていた。
目の前には、血だまりに沈む壮年の侍。
両脚の腱は切られ、袈裟斬りにされて、うつぶせに斃れている。
その傍らに爬虫類のような顔つきをした青年が、憎悪に満ちた目でこっちを見ていて――
「……おい!! 聞いてるのかッ!!」
真の怒声で、徳長はハッと気がついた。
フィールダーはトンネルを抜けようとしていた。カーブが目の前に見える。
「このままじゃなぶり殺しだ!! 僕に考えがある!」
「何です!?」
「次のカーブで思いっきり左にハンドルを切りながら、減速するんだ!」
「振り落とす気ですか!? そんな上手くいくとは――うわっ!!」
運転席側へ斜めに傾き、右回りに車体が曲がる。右前輪のタイヤを切られたのだ。
徳長は左にハンドルを回して、スリップを回避する。
(駄目だ、迷っているヒマはない!!)
徳長は「南無三!!」と唱えながら、ハンドルを左へ全力で切る。それと同時に、最大威力の〔烈風衝〕を守宮侍目がけて放った。〔烈風衝〕の力場は、トンネルに吹き入る強風と混ざり合って複雑に旋回し続けた。
「《オン・バサラ・サトバ・アク》!」
真が金剛薩埵の真言を唱え、現世を抱きかかえた。
黄金の光に守られた真は、後部座席の左サイドドアを開けた。
予想外の行動に目を見開く徳長とは対照的に、にやりと不敵な笑みを浮かべて真は、
「あとは頼んだよ、カマイタチの坊ちゃん旦那」
と言い残し、現世を抱えて道路へ転がり落ちた。
「ちょっと待っ――」
ドスッ!!
徳長は、フロントガラスから突き刺さった刀身をとっさに避ける。
先の瞬間、守宮男は正面へ回り込んで〔烈風衝〕を逃れたのだ。
「徳長涼二ィィィイイイッ!!!」
これほどにないまでに目を血走らせた守宮男が、そう叫んだ。
「ぐっ……!」
とてもではないが、徳長まで外に出る余裕をこの男は与えてくれそうにない。
それにこの男は、徳長に固執している。
現世と引き離すという点においても、このままフィールダーを走らせた方がいい。
そう瞬時に割り切った徳長は、アクセルを思いっ切り入れ直した。
だが――
「……あんのキツネ目親父ッ!!」
自分を囮に使った、真への憤懣やるかたない気持ちだけは割り切れず、そのまま口に出てしまった。
★
【Side - 現世】
フィールダーから自ら道路に放り出された真と現世は、何度か転がって止まった。
しかし[金剛薩埵の真言]による力場に守られて、二人は擦り傷一つ負わないどころか、服も全く汚れずに済んだ。
真は現世の手を取りながらスッと立ち上がる。
「無事かい?」
だが現世は、その手を振り払った。
「おぬし、涼ちゃんを謀って囮にしたな!」
現世は怒っていた。
徳長と事前に何の相談もせずに、自分と徳長を引き離した行為に対して。
だが真は、それがどうしたというような開き直った態度で、現世の言い分を一蹴する。
「人聞きが悪い。僕は最善の手を考え抜いた結果、身体を張って君を護ったんだぞ。感謝されるこそすれ、非難される謂れはないね。
――さあ、言い合っている暇はないぞ。賢治くんと彼を連れ去ったテロリストのところへ行こうじゃないか」
現世は納得いかない表情を一切崩さず、バッジに意識を集中させた。
★
【Side - イソマツ】
月輪山の森の中を、二機の飛行箒が駆っていく。
一つは赤マントの姿に身を包んだマガツの幹部・丙、もう一つはイソマツが操作して桐野がその後ろにしがみついている。
「《オーバーグロウン・グレイトヴァイン》!!」
桐野が唱えた。
桐野の前方10メートルくらいの地面に円陣が浮かび、そこから蔓が伸びる。
「くっ! うっとうしいッ!!」
だが丙は、上昇して蔓を逃れた。
「ダメだ……。射程が短すぎる!」
蔓は《オーバーグロウン・グレイトヴァイン》の射程内から出て生成することはできないのだ。桐野の得意とする地面を使った具現化呪文で、飛行中の丙を捕らえることは、ほぼ不可能というわけだ。
その時、視界が開けた
川だ。
ここは九品川の上流である。
イソマツは、この丙の判断を訝った。
(何故、わざわざ視界が開けた場所に逃げ込む?)
九品川の源流は十六夜川と呼ばれる月輪山の奥深くにある短い川で、上流で太七川と別れている。
目の前が三叉に別れる。三つの川の分岐点だった。
ざわっ。
全身を貫く異様な気配。
この感覚を、イソマツは知っていた。
妖力だ。
妖術 を使える超能力者が、太七川の方からこちらへ向かって遡行してきている。
グンッ――
丙が突如、急上昇した
イソマツも操縦桿を思い切り上に引っ張ろうとした、その時――
バシャ――ザザザ、ザザザ。
イソマツと桐野の進行方向を、水で作られた鳥の大群が遮った。
「《プロテクティブ・シールド:ハイドロキネシス》!!」
桐野がイソマツの脇から杖を出して、唱えた。
杖先にできた薄い空色の霊力の盾に、水の鳥が次々と衝突していく。
衝撃を逃がしきることができず、飛行箒の機体がガタガタと揺れた。
このチャンスを丙は逃さなかった。
「助かったぜ、壬!」
そう言って丙は、放物線を描きながら森の中へとまた潜っていった。
イソマツが下を向くと、水面を滑る黒い影があった。
それは考えるまでもなく、今しがたイソマツたちを攻撃した術を行使した術師であろう。
二人は、黒いパーカーのフードから術師の顔が窺った。
「……ッ! 灯!!」
桐野が、悲痛な声でうめいた。
顕わになったその顔貌は透き通るようなサファイアの瞳をした中性的な少女――河辺灯であったからだ。
★
【Side - 池田】
「図画トンネルの続報は来たか!?」
池田がそう怒鳴った。
すると大楠が「まだです!」と返す。
「陰陽保安局は出ねえのか!? マガツについては何て言ってる!!」
「かけましたが『答える必要がない』と、安定の塩対応です!!」
清丸町一丁目に所在している円島自治区魔導警察署の二階、刑事課機動捜査隊のオフィスでは入ってくる大量の報告に、機能不全寸前の状態に陥っていた。
一つは図画トンネルで、和装をした亜人が汎人界側から進入した銀色のカローラに飛び降りて、外から滅多刺しにしたというものだ。
もう一つは界境警備隊から、二機の飛行箒が界境を不法侵入したと報告だ。汎人界の中学生と思われる少年を抱えた赤いマントを羽織った術師を、少年と同じ制服を着た赤毛の少年が追っているとのことだ。
さらに汎人界の円島警察署の術師界担当課から、陰陽保安局東海道支部の庁舎が爆発し、敷地内から黒いパーカーの術師が術で太七川を術師界方面へ遡っていったという連絡があった。
同じく術師界担当課からは、マルティン教会から二人組の怪しい男が術を行使しながら逃げ出した、という目撃証言も伝えられてた。
そして、最も魔導警察署を騒がせているのが――ネットで公開されたマガツの犯行声明である。
これらの連絡がほぼ同じのタイミングで刑事課に届いたため、オフィスはてんてこ舞いの状況になっていた。
(黒パーカーと和服の男はともかく、赤いマントは間違いなくマガツの術師。カローラは徳長涼二の自家用車で、赤マントが抱えているガキとそれを追っている赤毛のガキってのは、間違いなく青梅賢治と小田イソマツだろう……)
「お、おい、こっちに向かって来るぞ!!」
刑事の一人が、窓の外に向かって叫んだ。
池田が窓の方を向く。
すると霊動鎧が一機、目の前の坂道を滑り落ちるように疾走して警察署目がけて走ってきているではないか。
池田は思わず窓を開け、霊動鎧に向かって叫んだ。
「おい止まれ!! おいッ!!」
だが霊動鎧がその声に応えることはなく、入口の自動ドアに突っ込んだ。




